後悔
怒りで青い炎を爆発させるシリスと、どこかあきらめた笑みを浮かべるジュリアン。
張り詰めた空気が爆発寸前となったそのとき
——足音が静かに響き、陰から一人の男が姿を現した。
「そこまでだ、二人とも」
あらわれたのは、イグニスだった。
その表情はいつもの陽気なものではなく、耐えかねたような苦々しい色が広がっている。後ろには知らせを受けた学園の教官たちが控えていた。
「イグニス……なぜここに……」
「……教官たちを連れてきた。ジュリアン、抵抗するなよ」
ジュリアンは炎を纏うシリスと、自分を見つめるイグニスを交互に見やった。
そして——ふっと肩の力を抜くと、静かに頷いた。
「……はは。……おとなしく従うさ」
こうして事件の発覚により、古代遺跡での校外学習は即座に中止が決定した。
生徒たちは困惑と騒然の中、各自宿泊先の部屋へと引き返すこととなった。
ジュリアンの背中を見送ったあと、シリスは一言も発せずにたたずんでいた。その瞳は固く閉ざされ、下を向いた肩は微かに震えている。誰よりも信頼していた親友の裏切りと、彼を追い詰めてしまったショックに、シリスは深く打ちひしがれていた。
***
その後、王族であるジュリアンの立場を考慮し、事態は極秘裏に処理された。
ジュリアンは学園を『退学』扱いとなり、王家の屋敷の一室で厳しい謹慎処分を下されることになったのだ。
重々しい扉に閉ざされた、豪華だが冷たい謹慎部屋。
ポツンとベッドに座り込んでいたジュリアンの耳に、窓の方からコンコン、とノックのような音が響いた。
「……? 誰だ……」
ジュリアンが目を見張る中、鍵がかかっているはずの窓がすっと開き、一人の男が滑り込んできた。
「よっ」
忍び込んできたのは、イグニスだった。
ジュリアンは信じられないものを見る目で、自嘲気味に微笑を浮かべる。
「……こんなところに忍び込むなんて、冷やかしかい?」
「そーとも言う」
軽く冗談を交わし合うふたり。しかし、イグニスの表情から軽快さが消え、低い声が部屋に響いた。
「……なぁ。俺は許せないよ、お前のこと。俺たち獣人にとって、『番』というものがどれだけ特別な存在なのか……お前だってわかるだろ? 俺たちの親友の番であり、専属ガイドに選ばれた存在が現れたんだ。…シリスのあんな笑顔みたことないだろう?……それなのに、そいつを害そうとするなんて」
「……ああ」
ジュリアンは静かに視線を落とし、短く答えた。弁解するつもりもなかった。
しかし、イグニスはふっと表情を緩め、からかうように鼻で笑った。
「……でも、一方でわかるぞ、お前の気持ちも。……ジュリアン、お前……シリスの番に『嫉妬』したんだろ?」
「……はぁ!?」
思いも寄らない言葉に、ジュリアンは素で声を裏返らせた。そんなジュリアンを見て、イグニスは「ははは!」と声を上げて笑う。
「隠さなくていいんだぞ? ……ジュリアンさ、お前が本気で殺ろうと思えば、シリスの番を消すなんて造作もないだろ。でも、しなかった。……シリスのことが大切だからだろ? 親友が大事だからだろ? ……気持ち、わかるぜ。昔は三人で、ずーっと一緒にいたもんなぁ……」
「…………」
イグニスはどこか遠くを見るような目をしたあと、悔しそうに顔を歪めた。
「……なんでだ。なんで、俺たちに相談してくれなかったんだ……?」
「……イグニスは、シリスのことも……シリスの番のことも、最初から大切にできていたじゃないか」
自分にはできなかった。嫉妬に狂い、醜く暴走してしまった自分と違って、イグニスはまっすぐにふたりを祝福していた。そう呟いたジュリアンに、イグニスはぐっと拳を握りしめた。
「お前もだよ!!! ジュリアン!!」
腹の底からの叫びだった。
「シリスも俺も、お前のことが大切なんだ! それはシリスに番ができたって変わらない! なぁ、お前……なんで……なんで、こんなところにいるんだよ……っ!」
いつも明るくて、ムードメーカーだったイグニス。
そんな彼が、ポロポロと大きな涙を溢ぼこぼこと目から零していた。
ジュリアンは息を呑んだ。
出会ってから今まで、イグニスが泣いている姿なんて一度も見たことがなかった。そのイグニスが、自分という愚かな存在のために、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。
「……わりぃ。でもジュリアン、お前のこと許せねぇけど……大切な親友であることは、変わらないからな!!」
叫ぶように吐き捨てると、イグニスは袖で乱暴に涙を拭い、再び窓から飛び出して去っていった。
静まり返る部屋。
ジュリアンは、ポツンと一人取り残された。
(イグニスが……泣いていた……?)
胸の奥が、激痛に絞り上げられる。
生まれてからずっと、家庭に居場所なんてなかった。誰にも頼れず、誰にも甘えられず、自分の気持ちを誰かに『相談する』という選択肢すら、ジュリアンは知らなかったのだ。
(どうして……どうして僕は……)
シリスたちとの時間を奪われたくなくて暴走した。けれど、本当に壊してしまったのは、自分が何より大切にしたかった『親友たちとの絆』だった。
シリスの大切な人を、どうして大切にしてやれなかったのか。
どうして相談しなかったのか。
静かな部屋の中で、ジュリアンは溢れ出す激しい後悔の波に一人呑み込まれていった。




