ジュリアン・クロード
ただの、イタズラさ——。
嘲笑うようにそう吐き捨てたジュリアンの視界は、シリスから放たれる怒りの青い炎で揺れていた。
(……怒ってる。そりゃそうか。あんなに大切な『番』を殺されかけたんだから)
ジュリアン・クロードの人生は、生まれた瞬間から泥沼のような暗闇の中にあった。
名門貴族の家系に生まれながら、昔はからだの弱かった僕に待っていたのは苛烈な後継者争い。
冷酷な父親は自分を道具としてしか見ず、腹違いの兄弟たちとは毎日のように足の引っ張り合いと罵り合いが続いた。
『お前など生まれてこなければよかったのだ』
『出来損ないが。クロード家の面汚しめ』
血の繋がった家族から投げつけられる害意と拒絶。誰も自分を見てくれない。誰も愛してくれない。生きているだけで呼吸が浅くなるような家庭環境の中で、ジュリアンの心はとうに擦り減り、壊れかけていた。
そんな彼の絶望的な日常において、唯一の『救い』だったのが、幼少期に出会ったシリスやイグニスたちとの時間だった。
家柄も血筋も関係なく、ただの「ジュリアン」として自分と笑い合ってくれる親友たち。
何でも完璧にこなせて、誰にでも平等に優し
いシリス。強くて眩しくて、自分にはないすべてを持っているシリスの存在は、幼いジュリアンにとって眩しすぎるほどの憧れだった。
(シリスみたいになれたら、どんなによかっただろう)
過酷な家での出来事に押し潰されそうになっても、「あいつらのところへ行けば笑っていられる」と思えた。彼らと過ごしている時間が大好きだった。
——あの日までは。
『二人とも聞いてくれ。……“番”を見つけた』
放課後の生徒会室。
普段は冷静で感情を表に出さないシリスが、少しだけ頬を朱に染めながら、照れくさそうにそう告げてきたとき。
ジュリアンの胸を襲ったのは、冷たい波のような【強烈な喪失感】だった。
(……え?)
さらには、その番は専属ガイドになったという。
頭の中が真っ白になった。
自分は家でも居場所がなく、誰からも認められないのに。
その上、大切だった「親友たちとの時間」さえも奪われてしまうのか。
(ただの人間の、女の子一人に……奪われるの?)
最初は、ほんの小さな『イタズラ』のつもりだった。
ちょっと邪魔をしてやりたかった。二人の間に割り込んで、シリスの気をこちらに向けたかった。また一緒に過ごしたあの時間を取り戻したかった。
けれど——シリスの反応は、ジュリアンの予想を遥かに超えていた。
フィオナが少し体調を崩せば取り乱し、怪我をすれば周りが見えなくなるほど過剰に心配する。かつてジュリアンたちに向けられていたはずの温かな視線も、大切な時間も、すべてがたった一人の人間の少女へと注がれていく。
(いいな。シリスはなんでもできて、優しくて……その上、自分だけを愛してくれる番まで見つけるなんて)
(羨ましいよ。僕だって……僕だって、僕だけを選んで愛してくれる番がほしいのに)
(お願いだから、僕たちの時間を邪魔しないで……っ)
シリスがフィオナを大切にすればするほど、ジュリアンの胸の狂気と羨望、そして歪んだ執着はエスカレートしていった。止めたくても制御が利かない。あの猫科の令嬢たちをそそのかしたのも、レイノを使ってフィオナを危険に晒したのも、シリスの『番』への執着を打ち砕き、以前の「シリスたちと過ごす時間」を取り戻したかったから。
(シリス……僕たちの時間はもういらないのか?)
(僕たちは親友だろう?……)
(おいていかないで——……!)
「…………はは……!」
青い炎を纏うシリスの前で、ジュリアンは乾いた笑いを漏らした。
瞳の奥に溜め込んだ果てしない孤独と絶望の涙を、必死に隠すように。




