黒幕
学園での防衛結界が強化されてから数日後、全校生徒が大ホールへと集められた。
壇上に立った教官が、淡々とした声で告知を行う。
「来週より、高位魔術とガイディングの親和性を深めるため、古代結界遺跡への校外学習、そして合宿を実施する。今回の合宿はペアでの行動が原則だ」
教官の言葉に、生徒たちがにわかにざわつき始める。
「すでに『専属ガイド』が決定している者は、そのままそのパートナーとペアを組むように。そして——まだパートナーが定まっていない特殊科の生徒については、本日事前に行った【相性診断】の結果に基づき、最も適性が高いガイド科と特殊科同士で仮のペアを決定した」
周囲の生徒たちが掲示板のペア表に視線を送る中、シリス様は静かに私の隣へと歩み寄ってくれた。
「フィオナ。俺の専属ガイド。よろしくね。」
「はい……! よろしくお願いします、シリス様」
力強いシリス様の言葉に、胸の奥がキュッと温かくなる。
もし私がシリス様の専属ガイドになれていなかったら、相性診断で弾き出された誰か別の生徒とペアになっていたのかもしれない。
そう思うと、いまこうしてシリス様の隣にいられることが、奇跡のようだ。
ーーーちく
(ん?なんだろう?胸がちくって。痛い…)
フィオナは自分ではない誰かがシリスの横に並んでるのを想像して胸がざわついた。
***
合宿当日。私たちが足を踏み入れたのは、鬱蒼とした森の奥深くに佇む『聖霊の古代遺跡』だった。
各ペアに割り当てられたルートを進む中、シリス様の足が不意に止まった。
その青い瞳が鋭く引き締まり、視線が一転を見つめている。
「……シリス様?」
「……焦げくさい魔力の匂いだ。あのとき、お前の部屋に残されていたものと同じ……」
シリス様の手が微かに震えていた。
それは恐れからではない。胸を切り裂くような【深い悲しみ】と、抑えきれない【激しい怒り】が渦巻いているからだ。
「ジュリアン……お前なのか……?」
シリス様は低く呟くと、迷いのない足取りで魔力の匂いが漂う古代の祭壇へと向かった。
私も息を呑みながら、シリス様の背中を必死に追いかける。
薄暗い祭壇の広場。古代の石柱にもたれかかるようにして立っていたのは——紛れもなく、ジュリアン様だった。
彼は私たちに気づくと、どこか疲れたような、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。
「やあ、二人とも。見つけるのが早いね」
「……ジュリアン」
シリス様の一歩が、重く地面を踏みしめる。
かつて誰よりも信頼し、背中を預け合ってきた親友。その相手に向けられるシリス様の声は、絞り出すように苦しげだった。
「…ジュリアン…レイノだよね?フィオナがよばれたって言ってたシカ科の生徒。」
「!?」
ジュリアンの言葉にフィオナは驚く。私をあの時おびき寄せたのはジュリアン様の側近である、狐の獣人のレイノ様。ということは、ジュリアン様があの出来事を引き起こした者ということ。
「ふふふっ。」
ーーージュリアン様が笑った。
「…やっぱり、さすがだな。シリスは。ちゃんと魔力の匂いも消せたと思ったんだけどな…」
「なぜ……なぜフィオナを? なぜあんなことをしたんだ?フィオナは人間だ。あの魔力量の魔方陣には耐えられないなんて分かっていたはずた。 ジュリアン……っ!」
問いただすシリス様の瞳には、裏切られた悲痛なの色が滲んでいた。
どうして一番の親友が、自分の大切な人を傷つけようとしたのか。理由が欲しかった。納得できる答えが欲しかった。
だが——ジュリアン様は、困ったように首を少し傾けただけだった。
「どうしてって……そんなの」
ジュリアン様は静かに目を細め、まるで今日のお天気の交換でもするかのような軽さで、あざ笑うように言い放った。
「理由なんてないよ。……ただのイタズラさ」
「……っ! 」
シリス様の息が止まる。
目の前の親友が吐き捨てた言葉があまりにも不誠実で、あまりにも残酷で、シリス様の顔が怒りで苛烈に歪んだ。
「イタズラ……? フィオナのことを脅かしておいて……わたしの、大切な人だとわかっていて…?」
シリス様の身体から、青い炎が爆発的に燃え上がる。
だが——冷たく言い放ったジュリアン様の瞳の奥には、狂気でも悪意でもない、果てしない『絶望』と『孤独』の影が、ゆらりと揺らめいていた。




