二回目の危険
お昼休みの終わりにクロウと別れた後も、私の胸には小さな決意が芽生えていた。
(いつもシリス様に助けてもらってばかり……。私はシリス様の『専属ガイド』なんだから、守られるだけじゃなくて、もっとシリス様のお役に立てるようにならなきゃ!)
そう思った私は放課後、シリス様と合流する前に一人で学園の大図書室へと足を運んでいた。
専門書が並ぶ棚から『種族とガイディングの相関性』という分厚い本を取り出し、ページをめくる。
(えーと、……ガイディングとは単に魔力を循環させるだけではなく、パートナーの過剰な魔力の発散や、精神の平穏を保つための『魂の調律』のようなもの……。特に専属ガイドの場合、互いの波長が完璧に合致しているため、通常のガイディングよりも遥かに深く相手の精神領域に干渉できる……)
本を読むほどに、自分の役割の重要性が身に染みてわかる。
シリス様のように強大な魔力を持つお方は、それだけ暴走や精神への負担のリスクも高いのだ。私がもっとしっかりしなくては。
「——あの、フィオナ・クロツェ様でしょうか?」
本に没頭していた私に、控えめな声がかけられた。
振り返ると、頭に立派なシカの角が生えた獣
人の生徒が立っていた。
「はい、そうですが……?」
「ヴェルハイト様がお呼びです。別棟の応接室でお待ちですので、ご案内いたします」
「シリス様が……? 分かりましたわ、ありがとうございます」
シリス様が私を探して呼んでくれたのだと思い込み、私は何の疑いもなくそのシカの獣人の生徒の後をついて行った。
***
案内されたのは、校舎の奥深くにある使われていない古い資料室の前だった。
「こちらでお待ちください」
「ありがとうございます——きゃっ!?」
言われるがまま部屋に一歩足を踏み入れた瞬間、背後でガチャン! と重い扉が閉まり、鍵がかけられる音がした。
「えっ……!? ちょっと、開けてください!」
慌ててドアノブを回そうとしたが、びくともしない。
それどころか、部屋の四隅に設置された謎の魔導具が妖しく発光し始めた。
——ギィィィン……ッ!!
「くっ……ああっ……!?」
途端に、全身を潰されるような凄まじい『重力と重圧』が部屋全体を襲った。
同時に声も外部に通じなくなる強固な『封印結界』が部屋を包み込む。
魔力を持たないただの人間である私にとって、高位の重圧魔術は骨が軋み、息をすることすら困難になる絶望的な威圧だった。
(だれが……どうして……っ! 息が、できない……っ!)
視界が急速に狭まり、膝から崩れ落ちる。
誰が仕掛けたのかも分からない殺意の籠もった罠。このままでは命が保たないと、意識が遠のきかけた——その時だった。
——ドゴォォォォンッ!!!!
頑丈な金属製の扉が、爆発音とともに一瞬で破砕された。
「——フィオナっ!?」
煙が立ち込める中、飛び込んできたのはシリス様だった。
床に倒れ伏す私の姿を目にした瞬間、シリス様の青い瞳から温度が完全に消え去る。
「……何をしている?」
静かな、けれど地獄の底から響くような地鳴りのような声。
叫び声などではない。怒りが頂点に達しすぎたゆえの、恐ろしいほどの低音。その一言だけで、部屋全体の空気がピキピキと凍りつくような圧倒的な威圧感が放たれた。
ドオンッ……と、静かに解き放たれた【青い炎】が、部屋中の魔導具を一瞬で灰へと変えていく。
あまりの激怒にシリス様の魔力が爆発的に跳ね上がり、制御を失って暴走を始めていた。全身から立ち上る青い炎が部屋全体を包み込み、このままでは校舎ごと焼き尽くしかねないほどの異常な熱量が渦巻いていく。
(ダメ……シリス様の心が、暴走に呑まれちゃう……っ!)
重圧から解放された私は、弱った身体に鞭打って立ち上がると、猛烈な熱風を突いてシリス様のもとへ飛びついた。
そして、彼の大きくて熱い手を、両手でぎゅっと強く握りしめた。
「……っ、」
「シリス様……ッ! 私なら大丈夫です! だから、落ち着いてください……っ!!」
全身の力を込め、無我夢中で彼の手を握る。
私が無事であるという温もりと強い意思が伝わった瞬間、シリス様の体内に澄んだ魔力が巡り、全身を覆っていた狂暴な青い炎がすーっと消えていった。
「……ハァ、……ハァ……。っ、フィオナ……っ!」
暴走が収まったシリス様はその場に膝をつくと、繋いだままの手を強く握り返し、私の身体を壊れ物を扱うように抱きしめた。
「よかった……無事で…。 」
恐怖と安堵で身体を震わせるシリス様。
「もう少し、このままでいさせてくれ…」
私を必死に抱きしめるその胸の温もりと激しい鼓動を感じながら、私は「この人をもう二度と不安にさせないために、もっと強くならなきゃ」と深く心に誓うのだった。




