クロウの憧れ
生徒会室の重厚な扉が開く。
部屋に入ってきたシリスは、執務机に向かっていたジュリアンへとまっすぐ歩み寄った。
「ジュリアン。……訓練用の森に出現した高位魔物の件、調査の進展はあったか?」
シリスは別に幼馴染であるジュリアンを疑っているわけではない。だが、生徒会長であり情報網を持つ彼に、あの異常事態の調査を依頼していたのだ。絶対に誰かが意図的に仕組んだとしか思えない事件だった。
「やあ、シリス。……うん、まだ調査中ではあるけれどね。少し気になる報告が入っているよ。どうやら、ガイド科のネコ科の令嬢たちが怪しいようだ」
ジュリアンが手元の書類をくりながら答える。
「あのネコ科の二人か……。確かに、彼女たちがフィオナに地味な嫌がらせをしていたのは知っている。だが……あの二人にあそこまでの高位魔獣を引き入れるようなツテや魔力はないはずだ」
「僕もそう思うよ。……背景に誰か別の協力者がいる可能性が高いね。もう少し詳しく調べてみるよ」
「……頼む」
シリスが深く頷くと、ジュリアンはペンを置き、どこか楽しそうに目を細めた。
「ところで、シリス。君はあのフィオナちゃんに、自分が『番』だという話はもうしたのかい?」
「……言っていない。フィオナが俺の番だと知っているのは、お前とイグニス、それに校長と担任くらいだ」
「どうして説明しないんだい? 『番』を見つけた者は、本能でその相手を独占したがるものだろう? 公表しないと他の奴に横取りされるかもしれないよ? それに、せめて本人に伝えないと『つがう』ことすらできないじゃないか」
からかうようなジュリアンの問いに、シリスは苦く、けれどどこまでも愛おしそうな表情を浮かべて俯いた。
「……フィオナは、俺の専属ガイドになったということだけで、きっといっぱいいっぱいだ。これ以上、他のことで不安にさせたくない。……それに」
シリスは胸の上にそっと手を当て、噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「一度つがってしまえば、番同士は寿命を分かち合うことになる。人間以外の種族は寿命が長い。元々人間は鳥人よりも遥かに短い寿命なのに、突然俺とつがって寿命が延びてしまったら……彼女の精神に大きな負担がかかってしまう。……だからまずは、俺のことを好きになってもらいたい。近づきたい。……俺は、彼女の『心』を手に入れたいんだ」
種族の壁や寿命の差すらもすべて一人で背負い、ただ純粋にフィオナの意思と心を尊重しようとするシリスの切実な決意。
それを聞いたジュリアンは、しばし沈黙したあと——。
「……本当に、『番』を見つけたんだね。……だったら、大切にしなきゃね」
そう言って、完璧な笑顔を浮かべた。
だが、その琥珀色の瞳の奥には一切の光が宿っていなかった。……それに気づく様子のないシリスは、「ああ」と短く静かに応えるのだった。
***
一方、その頃。
中庭の木陰で、私はクロウと一緒に穏やかなお昼休みを過ごしていた。
「よっ! 二人とも、なにしてんの?」
「あ、イグニス先輩!」
ひょっこり顔を出したのは、派手な赤髪を揺らしたイグニス先輩だった。
すると突然、隣にいたクロウがピクッと身体を強張らせ、今まで見せたこともないほど耳まで真っ赤にした。
「たまたま通りかかったら、なんか美味そうなの食べてるからさ〜」
そう言って、イグニス先輩が私たちの隣に親しげに腰掛ける。
「ん? あれ、君は確か……」
「く、クロウ・ウィードですっ……!!」
イグニス先輩が不思議そうに首を傾げると、クロウは裏返った大声で弾かれたように自己紹介をした。
「あぁ! ウィード家の子か! よろしくな、クロウくん」
「は、はいっ……!」
名前を呼ばれ、さらに頬を真っ赤に染めて恐縮するクロウ。
私はそんな二人を見ながら、膝の上のお弁当箱を差し出した。
「イグニス先輩、もしよろしければ私のサンドウィッチ、召し上がりますか?」
「
おっ、マジで!? 貰おうかな〜……って、あーっ」
嬉しそうに手を伸ばしかけたイグニス先輩だったが、ハッと何かを思い出したようにピタリと手を止めた。
「あー……やっぱり、フィオナちゃんからじゃなくてさ、クロウくんから貰ってもいいか?」
「えっ、も、もちろんですっ!」
クロウが慌てて自分のパンを差し出し、イグニス先輩は「ありがとな〜」とそれを受け取った。私は一人で「???」と首をかしげる。
「いや〜、さ。あいつにバレたら、本気で怒られそうだからさ! じゃ、ありがとな!」
イグニス先輩は片手を振ると、爽やかに去っていった。
あいつ……って? 意味が分からないまま、私の頭の上には大きなハテナマークが浮かんでいた。
「……分かんないの? 鈍いね、君」
呆れたように呟くクロウに、私は尋ねる。
「え? クロウくんは何か分かるの?」
「……くん呼び、やめて」
「あ、ごめんなさい。クロウ?」
名前を呼び直すと、クロウは気まずそうに視線を泳がせた。
「あ!それよりも、……クロウって、もしかしてイグニス先輩のことが好きなの?」
「っ!!? だ、誰がっ……! ていうか、好きっていうより、あこがれっていうか……そのっ……!」
クロウは顔を真っ赤にして、モゴモゴと必死に弁明し始めた。
「ふふっ。まあ確かに、イグニス先輩は格好いいものね」
「はぁ!? カッコいいなんてものじゃないよ!! 知らないの!? 数々のイグニス先輩の伝説を……っ!」
スイッチが入ったように、急に熱っぽくイグニス先輩の凄さを語り出すクロウ。
さっきまでのぶっきらぼうな姿が嘘のように目がキラキラしていて、私はほっこりしながら、耳を傾けるのだった。
そして、語り終わったあと、クロウは静かに言う。
「…それに、僕、昔イグニス先輩に助けて貰ったことがあるんだ。イグニス先輩は覚えてないだろうけど。僕、昔から他の奴と話すの苦手で、周りとうまく馴染めないんだ。でも別にそれをきにしたこともなかった。僕は僕だし。」
「…うん」
「でも、僕が周りにあわせないせいで、虐められたんだ。真っ黒で、前髪もながくて、目も見えなくて、みにくいカラスの子って。僕、虐められても平気だった。あぁ、コイツらは誰かを虐めることでしか周りに溶け込めないんだって見下してた。…でも、本当は大丈夫なんかじゃなかった。誰かと話したかったし、助けて貰いたかった、んだと思う。」
「そしたら、イグニス先輩がヒーローのように現れて、その場をとりもってくれたんだ。…本当に格好良くて、誰よりもすごい人なんだ。フェニックスだからっていうだけじゃない。本当に、先輩は僕のヒーローなんだ。」
と目を輝かせながら話すクロウに、私は
「そっか…。だからクロウにとって、イグニス先輩はヒーローであり、憧れなのね。ふふっ。話してくれてありがとう。」
と言う。クロウは、はっとしたように、
「い、今話したこと忘れろ!…絶対に誰にもいうなよ??」
と焦りだす。私は、クロウが自分の話をしてくれたことがなんだかとても嬉しくなり、笑顔で答える。
「もちろんよ」
クロウは私のことをじとっと睨みながら、食事を再開した。やっぱりこうした!




