クロウ・ウィード
緊張の糸が切れた私は、そのまま意識を失ってしまった。
目を覚ますと、そこは学園の医務室のベッドの上だった。
どうやら私を抱きかかえ、高級な転移魔法を使って一瞬でここまで運んでくれたのはシリス様だったらしい。
「……フィオナ! 気づいた……!?」
ベッドのすぐ横の椅子に腰掛け、ずっと私の手を握りしめていてくれたシリス様が、顔を上げた。その青い瞳には、隠しきれない深い焦燥と安堵が入り交じっている。
「シリス様……。あの、私……」
「無事で良かった……痛いとこはない?体調は?」
「あ、あのっ、大丈夫です!助けていただいて本当にありがとうございました! 私のようなもののために、シリス様の手を煩わせてしまって……申し訳ございません……っ!」
深々とお辞儀をして感謝を伝える私に、シリス様はどこか悲しそうな、困ったような表情を浮かべた。
「謝らないで。……俺は、フィオナのことが心配だったんだ」
「……あの、どうして出会って間もない私に、そこまで良くしてくださるのですか……?」
ふと浮かんだ疑問を口にすると、シリス様は少し頬を染め、真剣な眼差しで私を見つめ返してきた。
「それは……俺の専属ガイドという大切なパートナー、俺はフィオナのことが気になるんだ。もっと仲良くなりたいと思ってる。」
あまりにもストレートで甘いお言葉。けれど、勘違いしてはいけない——。
「あっ……! なるほど、 専属ガイドの私に万が一のことがあったら、シリス様がガイディングを受けられなくなって困ってしまいますものね! だからそんなに気にかけてくださったのですね!」
「……ん? いや、待ってくれ、フィオナ」
納得がいったとばかりにポンと手を打つ私に、シリス様は目を丸くした。
(待て……『仲良くなりたい』と言ったのは本当だけど、専属ガイドだからという理由だけじゃなくてっ!……)
全く男として意識されていない事実に、シリス様はガーンとショックを受け、珍しく少し肩を落として落ち込んでしまった。
「あ、あのな、フィオナ。俺が言いたいのはそういう意味だけではなくて——」
「おや、もう意識が戻ったんだね。体調はもう大丈夫そうかな?」
シリス様が焦って声をかけ直そうとしたまさにその時、タイミング悪く医務室の先生がカーテンを開けて入ってきてしまったのだった。
***
その後、体調に問題がないことを確認された私は、ちょうどお昼休みになったこともあり、お礼を言うためにもあの男の子を探すことにした。
中庭の静かな木陰へと向かうと、期待通り、あの大木の下でカラスの男の子が一人でぽつんとお弁当を食べているのを見つけた。
「あの……! 先ほどは助けてくださって、ありがとうございました!」
駆け寄って声をかけると、彼は前髪の隙間からちらりと私を見上げ、ぶっきらぼうに呟いた。
「……別に。守れなかったし」
「そんなことありません! あなたが来てくれなかったら、私、今頃どうなっていたか……。あ、申し遅れました、私は——」
「知ってる。……君、有名だし」
自己紹介を遮ってそう言った彼は、お弁当のパンを一口かじり、ボソッと付け加えた。
「……座らないの?」
「えっ? 一緒に食べてもいいんですか……?」
「別に。お好きにどうぞ」
素気ない返事だったけれど、お言葉に甘えて隣に座らせてもらった。
それからたわいもない話をしてみると、彼は返事こそ「ふん」「別に」と素っ気ないものの、私の話を一切嫌がらず、最後までちゃんと聞いてくれた。
(ふふ……ぶっきらぼうだけど、本当はすごく優しい子なのね)
「私、あなたとお話しできて嬉しいです! お友達になれて良かったわ」
「……別に、友達になったつもりはないけど」
照れくさそうに顔を背ける彼を見て、私は思わずクスッと笑ってしまった。
「ふふ、改めて、私の名前はフィオナ・クロツェです。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」
「……クロウ。クロウ・ウィード」
「クロウさんね! これからよろしくね!」
こうして、新しいお友達(?)ができたことに心を弾ませる私だったけれど——。
同じ頃、生徒会室。
重厚な執務机に向かうシリスの全身からは、冷ややかな怒りのオーラが静かに漂っていた。




