訓練
私がシリス様の『専属ガイド』になったという発表は、学園中に一瞬で広まった。
ガイド科の教室に入ると、周囲の視線が一斉に刺さる。……当たり前だ。ガイド科にいるのは人間以外の種族ばかり。ただの人間で、しかも没落寸前の貧乏貴族でしかない私を選んだシリス様に、周りが納得いかないのも無理はなかった。
(仕方ないわよね)
そう思い、気を引き締め直して自分の席に座ろうとした、その時だった。
「……あら?」
机の上に置いていた教科書を開くと、中のページがくしゃくしゃに丸められ、角が細かく破かれていた。
あからさまな嫌がらせだった。
(うーん……地味! 地味だけど地味に嫌な嫌がらせだわ……! でも、買い直すお金だって勿体ないんだから、伸ばしてセロハンテープで補修すればまだまだ使えるわよね?)
溜め息をつきつつも、前向きに教科書を整えようとしていた時——。
「……フィオナちゃん? どうしたの、その教科書」
柔らかい声とともに、ジュリアン様が私の席の横にすっと立ち止まった。
美しい黄金の髪を揺らし、彼は心配そうに眉をひそめている。
「あ、ジュリアン様! いえ、ちょっとページが折れてしまっていて……大丈夫です!」
「……大丈夫には見えないけれどな」
ジュリアン様はそっと手を伸ばすと、破れたページに優しく指先を触れさせた。
「ひどいことをする人がいるものだね。……僕でよければ、生徒会の方から犯人を探して注意しようか? 君がこんな目に遭うなんて、見ていて心が痛むよ」
ジュリアン様はどこまでも穏やかに、慈愛に満ちた表情で語りかけてくれる。
ジュリアン様にとって、シリス様は昔からの大切な幼馴染だ。だからこそ、そのシリス様の専属ガイドになった私のことも、こうして優しく心配してくれているのだと思う。
(ジュリアン様って、本当にお優しい方……!)
そう感謝しかけた、次の瞬間。
「……っ」
ジュリアン様とふっと目が合った。
唇は優しく微笑んでいるのに、その琥珀色の瞳の奥だけは——ぞっとするほど冷たく、何の感情も宿っていなかった。
(え……?)
背筋に冷たいものが走り、思わず息を呑む。
けれど、ジュリアン様はすぐさま完璧な笑顔を浮かべ直し、柔らかく首を傾げた。
「フィオナちゃん? どうかした?」
「あ……い、いえっ! なんでもありませんわ!」
(気のせい……よね? ジュリアン様は忙しくてお疲れなだけだわ……)
そう自分に言い聞かせた。
***
そして今日は校外学習の日。
特殊科とガイド科がこの許可が出ている森で合同で訓練をするものだ。といっても、魔法訓練を主にするのは特殊科で、ガイド科は自分自身の身を守る訓練をするようなものだ。
でも問題がある。私は人間なので魔法が使えない。そのため、魔法道具というものを使う。これは、人間のために開発されたものでだ。魔法が込められたマナ石を使った道具で、少しの魔法なら扱うことが出来るという道具を支給された。
将来、大人になってガイドとして働くときに、一般的には専属ガイドでない限り、戦闘や護衛として雇われた方々のガイドをするということで雇われることが多い。その時危険な場所に行くことも多いため、自分で身を守ることも必要だということらしい。
専属ガイドはパートナーが許さない限り、他の人にガイディングすることはダメという決まりはないが、あまりしないのが暗黙のルールだ。
相性がとてつもなく良いから専属ガイドなので、専属ガイドになったら他の方々をガイディングする機会はとても少なくなる。
私の場合、専属ガイドもいるし、パートナーは強い魔力をもつシリス様なので危険な目にあう場合は少ないが、授業なので、身を守る訓練をみんなとしなければならない。だから魔法道具に頼るしかないのだ。
でも私が心配なのは、この授業がガイド科内で、くじ引きをした四人チームでこの森の中の決められたルートを進まなければならないということ!
ガイド科の中でも男女問わずくじ引きで組むらしい。そして、この学科に人間なんてもちろん私一人。
そして私のチームの人たち、私とチームになってみんな嫌がってる!!
予想はしていたけれど、こんなお荷物の人間と一緒に行動するのは普通嫌だものね。
私のチームは、ネコ科獣人の女の子二人と、鳥人カラスの男の子。
でも問題は、私に地味な嫌がらせをしているネコ科の獣人令嬢二人が、私と同じチームになってしまったこと。
「よろしくね」
と声をかけてみるが、案の定二人は無視。
そして、もう一人私と同じチームになったカラスの男の子は…とみてみる。
二の腕から胴体にかけて、黒い羽が繋がっており、長い前髪によって目は隠れていて見えない。
そんな彼の表情をみることもできなくて、首だけおじぎしてどこかへ行ってしまった。
(……まだ無視されないだけ良かったけれど、この授業、本当に大丈夫かしら……)
と不安が募るばかりである。




