第8話 「帰りたい」と言ってくれ
三層の広間で、十一人の子どもたちは円陣を組んでいた。
中央には教官が横たわり、右肩から血を流している。子どもたちは短剣と木盾を外へ向け、周囲を飛び回る毒羽コウモリを必死に追い払っていた。
「救助だ! 盾を下げるな、そのまま待て!」
俺の声に、何人かが泣き出した。
リゼが円陣の前へ滑り込み、大盾を床へ突き立てる。
「《城壁姿勢》!」
淡い銀光が盾から左右へ広がった。飛び込んできたコウモリが光壁へぶつかり、次々と弾かれる。
俺は円陣の中へ入り、教官の傷を確認した。
牙は抜けている。出血は多いが、脈はある。解毒薬を口へ流し込み、肩を圧迫した。
「ミミはいるか!」
小柄な少女が手を上げた。
「トトが入口で待ってる」
「お兄ちゃんが?」
「全員で帰るぞ」
その言葉に、教官が薄く目を開けた。
「駄目、だ……実習は、三層の魔石を持ち帰るまで……」
「実習より命です」
「逃げた記録がつけば、この子たちは……冒険者に、なれない」
子どもたちの表情が固まった。
銅級の初回実習で撤退すれば、不合格。孤児院に戻っても、働き口はほとんどない。だから教官は、動けなくなっても救難鐘を一度しか鳴らさなかったのだ。
「魔石なら、また取りに来ればいい」
「次なんて、ない!」
背の高い少年――ハンスが叫んだ。
「俺たちは貴族じゃない。装備を買ってもらえるのも今回だけだ。ここで帰ったら、ずっと役立たずだ!」
外でリゼの盾が大きく揺れる。
コウモリの群れが増えていた。
俺は左手を掲げた。
「俺の《撤収》なら全員を地上へ戻せる。ただし、君たち自身が帰りたいと言わなければ発動しない」
「そんなこと言えるかよ……」
「なぜだ」
「怖くて逃げたって、みんなに知られる!」
ハンスの膝は震えていた。
怖くないふりをするために、声だけを大きくしている。
俺は彼の前へしゃがんだ。
「俺は仲間三人を帰せなかった」
全員が俺を見た。告示で名を知っている子もいたのだろう。
「あの時、帰りたいと言ってくれたのは一人だけだった。残った三人は勇敢だと呼ばれ、帰った俺たちは臆病者と呼ばれた」
「じゃあ、やっぱり……」
「でも、生きているエマには明日がある。歩けるようになれば、もう一度魔法を使える。臆病者と呼ぶ声より、その明日の方が大事だ」
俺は一人ずつ顔を見た。
「生きたいなら、言葉にしてくれ。恥じるな。君の命を、他人の評判に渡すな」
最初に声を出したのはミミだった。
「帰りたい」
隣の双子が続く。
「僕も」「私も帰りたい」
泣き虫のペルが声を上げ、次々に手が挙がった。
最後に残ったハンスは、唇を噛んでいた。
壁の向こうで、リゼが叫ぶ。
「ユアン、長くはもちません!」
ハンスの目から涙が落ちた。
「俺も……帰りたい。死にたくない!」
青い光が、十二人を結んだ。
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