第70話 逃げる権利
王国評議会が開かれたのは、ラクトの旧円形闘技場だった。
教会側が議事堂への入場を拒んだため、三都市の代表が場所を変えたのだ。
観客席を、市民が埋めていた。
オルデンは王都から水晶映像を送り、俺たちを指さす。
『彼らは恐怖を広め、戦士を逃亡させた。逃げる自由を認めれば、誰が人類を守るのか!』
最初に立ったのは、脱走兵の隊長だった。
「我々は逃げたのではありません。負傷者を連れ帰り、翌日には別の砦を守りました」
次に、メルドの老人。
「畑を捨てて逃げた。だから今、また種をまける」
アレクシスは聖印のない胸を見せた。
「退く者を守る戦いもある。それを知らないまま、俺は勇者を名乗っていた」
ガレスが、ロルフとセシルの番号が記された帳簿を掲げる。
「俺は退かなかった。その結果、仲間を死なせた。二人の死を勝利と呼ぶな」
証言は途切れなかった。
ベルナ、メルド、ハルク。救助競技会の観客。十一人の元新人冒険者。《生還共済》の加入者。
最後に、俺が壇上へ立つ。
「逃げれば、失うものはあります。土地、金、誇り。逃げた判断が間違うこともある」
オルデンが勝ち誇った顔をする。
「だから検証し、訓練し、次はもっと上手く帰る。けれど、死ねという命令だけはやり直せない」
俺は五項目の宣言を読み上げた。
誰もが危険から退く権利を持つ。
撤退を選んだ者と、それを助けた者を罰してはならない。
指揮官は帰路を用意し、救助者自身の帰還も守る。
退いた者には、再び参加する道を残す。
命を、勝利の材料にしてはならない。
三都市の代表が署名する。ラクト市長、商人組合、騎士団の一部が続いた。
王国法になる前の、小さな《生還権宣言》だった。
だが教会の騎士たちは、市民を押しのけて逮捕することができなかった。
青い灯が、闘技場を囲んでいたからだ。
臨時拠点へ戻ると、リゼが隣にいることを確かめる。
「帰ったな」
「はい。でも、言葉はもう少し待ってください」
「事件が増えたから?」
フィンが、奉還炉の流路を写した地図を机へ広げた。
全ての赤い線は、王都セレストの地下へ集まっている。
そこに記された名は、《始まりの迷宮》。
教会の仕組みを止めるには、世界最古の迷宮へ入る必要があった。
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