第68話 勇者、聖印を捨てる
夜明け前、アレクシスは一人で倉庫へ来た。
白銀の鎧の胸に、金色の聖印が輝いている。
俺たちは全てを見せた。
裏帳簿。奉還炉の部品。救出した元記録官と脱走兵の証言。
最後に、死者番号の一覧を渡す。
アレクシスは長い間、何も言わなかった。
「この祝福で、俺は何人も救った」
「それも事実だ」
「だが、誰かの死を使っていた」
「知らなかったお前の罪じゃない。知った後に何を選ぶかだ」
外で軍靴がそろう。
聖堂騎士が倉庫を包囲していた。
遠話の術式で、オルデンの声が響く。
『勇者アレクシス。異端者ユアンを拘束せよ。それが神より授けられた役目だ』
聖印が強く光る。
アレクシスが苦痛に膝をついた。印から金色の鎖が伸び、彼の右腕を剣の柄へ引く。
『勝利せよ。退くことは許されない』
いつもなら、誰より先に抜かれる剣だった。
アレクシスは左手で短剣を抜いた。
その切っ先を、自分の鎖骨にある聖印へ突き立てる。
「俺が勇者なのは、この印があるからじゃない」
血とともに金色の欠片が飛んだ。
光が消え、鎖が砕ける。
外の騎士たちが息をのむ。
アレクシスはふらつきながら立ち、今度こそ長剣を抜いた。
刃先を俺ではなく、包囲隊の足元へ向ける。
「この建物には負傷者がいる。戦うなら、まず彼らを避難させる」
『聖印を捨てた者は、勇者ではない!』
「都合がいい」
彼は初めて、晴れやかに笑った。
「今日からは、自分で退く時を決められる」
元勇者が俺たちの側へ歩いてくる。
教会の兵は動けなかった。
王国最強だった男が力を失ったからではない。
命令を捨ててもなお、剣を持って立っていたからだ。
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