第62話 看板を下ろす日
石が窓を割った。
幸い、受付に人はいなかった。
壁には黒い塗料で『臆病者』と書かれている。
「消してきます」
ハンスたちが雑巾を持とうとしたので、俺は止めた。
「今日は全員、裏の訓練場から出るんだ。子供は表に立つな」
抗議だけではない。
《生還共済》の加入者は半分が解約を申し出た。教会の治癒を受けられなくなるのが怖いのだ。
その判断を責めることはできない。
俺は木製の看板を見上げた。
青い灯を描いた、最初から使っている看板だ。
「一度、下ろそう」
倉庫が静まり返る。
「俺たちへ依頼しただけで、一般人まで罰せられる。表向きの営業を止めて、救助受付を各診療所へ分散する」
「ギルドを閉じるのですか」
リゼの声は平静だったが、手が固く握られていた。
「潰すんじゃない。守るために隠す」
「同じことを、あなたは自分にも言います」
言い返せなかった。
看板を下ろせば、教会が狙うのは俺だけになる。そんな計算があった。
脚立へ上ろうとすると、扉が開いた。
メルドの老人が、青く塗った小さな板を抱えている。その後ろにはベルナの船頭、ハルクの兵士、王都競技会で救った観客までいた。
「看板が大きすぎるから狙われるんだろ」
老人は小さな板を俺へ押しつけた。
「なら、みんなで持てばいい」
板には不格好な帰還灯が描かれていた。
通りの向かいで、商人マルコも同じ印を店先へ掛ける。
「うちも救助受付です。取引を切りたい商会には切らせますよ」
次々に、青い灯が街へ増えていく。
俺は脚立へ上った。
古い看板を外し、割れた窓の内側へ移す。
外からは見えない。だが、中に入った者には一番よく見える場所だ。
「表の看板は下ろす。救助は続ける」
仲間たちがうなずいた。
ギルドは建物の名前ではない。
同じ灯を持ち、誰かを帰そうとする人間の集まりだ。
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