第61話 撤退は反逆である
三都市災害から十日後。
迷宮都市ラクトの全鐘楼が、同時に鳴った。
祝いの鐘ではない。教会が異端を告げる、低く重い音だった。
大通りの掲示板へ、白い法衣の司祭が布告を張り出す。
『魔物を前にして退く者は、人類の勝利を損なう反逆者である』
『撤退を勧め、これを助けた者も同罪とする』
署名は大司祭オルデン。
対象は《帰還灯》だけではなかった。
教会の聖印を授かった騎士と冒険者は、撤退命令に従えば聖印を剥奪される。治癒院の利用、蘇生祈祷、教会墓地への埋葬も認めない。
死んだ後まで脅す、よくできた命令だった。
「王国公認組織への命令権は、教会にはないはずです」
リゼが布告をにらむ。
「法律上はな。だが、聖印を持つ冒険者は多い」
聖印は身体能力を底上げし、高位の治癒を受けやすくする。上位を目指す者ほど、教会と縁を切れない。
昼には、中央本部から使者が来た。
救助登録者の名簿と、全帰還灯の設置場所を提出しろという。
「断る」
俺は封書を返した。
「名簿は救うためのものだ。罰するために渡す気はない」
「拒絶すれば、異端を認めたことになるぞ」
「命を守ることが異端なら、呼び方は好きにしろ」
使者は怒鳴らなかった。ただ、気の毒そうに俺を見た。
「明日から、この建物へ近づく者も反逆者だ」
扉が閉まる。
受付には、依頼票が四十七枚あった。
翌朝、残っていたのは十一枚だった。
《帰還灯》を潰すのに、兵はいらない。
助けを求めることを罪にすればいい。
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