第52話 逃げない町
避難を拒んだのは領主だけではなかった。
「畑を置いて、どこへ行けっていうんだ」
「祖父も父も、この土地を魔物から守った。俺たちも戦う」
住民説明会で、怒りと不安がぶつけられる。
避難先の河原には家も仕事もない。戻れる保証もない。逃げろという言葉だけでは、人は動かない。
「畑を捨てろとは言いません」
俺は地図を壁へ貼った。
「避難は十二日間。家畜は北の共同牧場へ。食料倉は封印し、商人組合が損害を保証する。大氾濫後、帰還班が安全を確認してから全員で戻ります」
マルコが保証書を掲げた。
「三都市の作物は、我々が通常価格で買い取る。避難に応じた家へ前金を出す」
それでも、老人が首を横に振る。
「逃げた家の墓は、誰が守る」
リゼが答えた。
「墓石は守れても、家族を失えば祈る人がいなくなります」
静けさが落ちた。
彼女は騎士団を追われた経緯を話した。土地と功績を守ろうとして、命令に従った者が谷で死にかけたこと。新人を連れて撤退した自分が臆病者と呼ばれたこと。
「私は今も、あの撤退を恥じていません」
全員が納得したわけではない。
だが、避難登録の机へ最初の家族が来た。
夕方までにベルナ住民の三割。メルドは一割。砦都市ハルクはゼロ。
その夜、ハルク迷宮から魔物が一群あふれた。
小規模だったが、門外の牧場が襲われる。
騎士が撃退したあと、教会司祭は勝利を宣言した。
俺は倒れた魔物の向きを調べた。
全て、街へ攻めてきたのではない。
迷宮から逃げていた。
本当の群れは、その後ろにいる。
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