第2話 五人で入り、二人で帰った
砕けた岩が通路を埋め、出口が消えた。
「全員、俺のそばへ!」
叫びながら、俺は帰還紋を刻んだ左手を掲げた。
淡い青光が指先に集まる。《撤収》が使える証だ。入口の帰還点はまだ生きている。
「ガレス、誰を帰す!」
「必要ない! ボスを倒せば迷宮の揺れは収まる!」
「これはボスのせいじゃない!」
ガレスは聞かなかった。
ケルベロスの中央首が炎を吐く。セシルの結界が受け止めたが、床の裂け目から噴き上がった熱風に足を取られた。
ロルフの槍が弾かれ、その胸を獣の爪がかすめる。
「まだだ!」
「帰還に同意しろ、ロルフ!」
「俺を臆病者にする気か!」
青い光がロルフの体へ伸び、触れる前に霧散した。
本人が拒んでいる。
セシルにも届かない。ガレスにも届かない。
この世界では、迷宮から逃げる者は腰抜けと呼ばれる。撤退歴は冒険者証へ刻まれ、昇級の妨げになる。死んでも戦った者は英雄になり、生きて逃げた者は後ろ指をさされる。
前世の俺なら、馬鹿げていると笑っただろう。
今は笑えない。
頭上で石が割れた。
「きゃっ――!」
エマの声がした。
落石が彼女の右脚を直撃していた。杖が床を転がり、細い脚が岩の下で不自然に曲がっている。
俺は炎の余波を避け、エマのもとへ滑り込んだ。
「動くな。今どける」
「無理、よ……ユアン。私を置いて、自分だけ……」
「置いていかない」
岩の隙間へ短剣を差し、梃子にする。刃が軋んだ。ロルフが何か叫んでいる。床が傾き、ケルベロスも立っていられなくなった。
ガレスが初めて振り返った。
「ユアン! エマを帰せ!」
「お前たちも来い!」
「首を一つ落とした! あと少しだ!」
あと少し。
救助現場で、最も信用してはいけない言葉だ。
岩が動いた。エマの体を引き抜き、肩を抱く。
「エマ。俺と帰りたいか」
問いかけなければならない。
スキルが求めているのは命令への服従ではなく、本人の意思だ。
エマは涙で濡れた顔を上げた。
ガレスたちを見る。名声を分け合い、何度も死線を越えた仲間たちだ。
「帰り、たい……」
消えそうな声だった。
今度は青い光が、エマの胸へ届いた。
《帰還意思を確認》
《対象一名を登録》
「ガレス!」
最後に手を伸ばす。
「生きて戻れ! それが命令だ!」
ガレスは大剣を構えたまま、笑った。
「階層主を倒して凱旋する。先に酒場を押さえておけ」
青い光が俺とエマを包む。
視界が白く染まる寸前、天井全体が落ちるのが見えた。
次に背中へ当たったのは、冷たい地面だった。
迷宮入口。帰還点に使った古い石碑の前だ。
エマの呼吸を確かめる。生きている。すぐに止血帯を巻き、入口の衛兵へ叫んだ。
「治癒師を呼べ! それから救助隊を!」
衛兵は俺の後ろを見た。
「他の三人は?」
石碑の光が消えた。
帰還点とのつながりが、完全に断たれたのだ。
五人で入った。
帰ったのは、二人だった。
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