第15話 一度目は戦わない
《帰還灯》最初の討伐依頼は、郊外の古い排水迷宮にできたゴブリンの巣だった。
畑の水路を塞がれ、農家が困っている。通常なら銅級十名で討伐する案件だが、俺たちは四名しかいない。
「だから今日は倒さない」
入口で告げると、依頼人の農夫が目をむいた。
「討伐を頼んだんだぞ?」
「一度目は巣の位置、数、逃げ道を調べます。攻略は二度目以降です」
「逃げ帰るだけで金を取る気か!」
「調査費は成功報酬から引きます。危険すぎれば討伐そのものを断る。その場合は無料です」
農夫は納得していなかったが、他のギルドより安いことを理由にしぶしぶ契約した。
フィンにとっては、加入後初めての迷宮だ。
入口が見える十歩の位置で、もう呼吸が速くなっている。
「ここで待ってもいい」
「行きます」
「無理はするな」
「怖くなったら言っていいんですよね。なら、今は怖いです。でも足は動きます」
フィンは震える手で炭筆を握った。
先頭はリゼ。中央にフィンと俺、後方をティナが担当する。
戦闘を避けるため、灯りは絞った。フィンが壁の傷、糞、足跡を地図へ書き込む。
「成体が少なくとも二十。子どももいます。右の通路は頻繁に使われている」
「空気は?」
「左から流れています。排気口があるかも」
百歩進んだところで、フィンが急に止まった。
「駄目です」
リゼが即座に盾を構える。
「敵?」
「分かりません。でも、この先だけ音が吸われる。怖いです」
俺は小石を投げた。
床へ落ちたはずなのに、音がしない。
細い糸が通路を横切っている。触れれば防音結界が閉じ、奥から奇襲される罠だ。
「よく見つけた」
印だけつけ、引き返す。
帰路でゴブリン一匹と遭遇したが、リゼが盾で押しのけ、追ってこられないよう扉を塞いだ。剣は一度も振らなかった。
地上へ戻ると、農夫が呆れた。
「本当に何も倒してないじゃないか」
「代わりに、二十体以上、子どもあり、音消しの罠、左側に排気口。明日、準備して戻ります」
フィンが地図を広げる。
暗闇の中で震えていた線は、地上へ出る頃には一本の道になっていた。
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