第14話 撤退訓練から始めます
「敵を倒す訓練じゃないのか?」
ハンスが不満そうに木剣を肩へ担いだ。
《帰還灯》の裏庭。加入を希望する子ども十一人と、ティナ、フィンが並んでいる。
リゼは地面に白線を引き、俺は古着を詰めた人形を置いた。
「今日やるのは、負傷者一名を連れてこの線まで下がる訓練だ」
「俺たち、剣を習いに来たんだけど」
「剣は抜く。ただし、勝つためじゃなく道を開けるために使う」
合図は三種類。
短笛一回で警戒、二回で隊列を縮める。長く一回で撤退開始。聞き逃した者のため、手信号も決める。
負傷者は二人で運ぶ。腕を引っ張らない。首を固定する。重い荷物は決めた順に捨てる。
それを何度も繰り返した。
通りすがりの冒険者が、柵の外で笑う。
「見ろよ。臆病者学校だ」
「剣より逃げ足を鍛えてるぞ」
ハンスの顔が赤くなる。
俺は人形を指した。
「笑い返すのは、この人を安全圏へ運んでからだ」
五回目、ハンスの班は人形の頭を壁にぶつけた。
八回目、装備を拾おうとして隊列が崩れた。
十二回目。笛が鳴った瞬間、リゼが盾を後方へ向け、フィンが退路を確認し、ティナが人形の首を固定した。ハンスたちは余計な荷物を切り離し、全員が白線を越えた。
「二十七秒」
俺が告げると、子どもたちから歓声が上がった。
フィンだけが、白線の手前を見ている。
「どうした?」
「一人、いません」
数えると、双子の弟が荷物置き場に残っていた。靴紐が木箱に絡んでいる。
歓声が止まった。
「やり直しだ」
ハンスは悔しそうにうなずいた。
速さより、人数。
最後の一人が線を越えなければ、撤退は終わらない。
日暮れまでに、全員が二十五秒で帰れるようになった。
訓練後、ティナは一人ずつ小さな木札を配った。
名前、血液型に相当する魔力型、薬の禁忌、意識を失った際の救助同意。その木札を首へ下げる。
「これは何ですか?」
「帰るという意思を、元気なうちに預ける札だ」
俺の《撤収》は、気絶した人間からその場で同意を取れない。事前登録があれば救える。
ハンスが札を握った。
「もう、帰りたいって叫ばなくてもいい?」
「叫べる時は叫べ。でも、声が出ない時はこれが君の代わりになる」
柵の外で笑っていた冒険者たちは、いつの間にかいなくなっていた。
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