第10話 《帰還灯》開業
翌朝、俺は冒険者本部の留置室で目を覚ました。
「救助の次が牢屋とはな」
向かいの寝台で、リゼが平然と干し肉を食べている。
「無許可で迷宮へ入りましたから。想定内です」
「その干し肉は?」
「衛兵の方から。半分いりますか?」
「想定より待遇がいいな」
鉄格子の外が騒がしい。
やがて扉が開き、昨夜の衛兵が困った顔で立っていた。
「出ろ。処分は保留だ」
「保留?」
「表を見れば分かる」
本部前の広場は、人で埋まっていた。
救出した子どもたち、孤児院の職員、酒場の主人、迷宮街の住民。先頭ではトトとミミが、《二人を罰するな》と書いた布を掲げている。
「救助報酬の銀貨二枚です!」
トトが小さな袋を差し出した。
「少なくてごめんなさい。でも、みんなで集めました」
俺は受け取れなかった。
装備代にも足りない。けれど、この子たちにとっては食費何日分もの金だ。
「半分だけもらう。残りは教官の治療費にしてくれ」
「でも……」
「次の依頼もあるからな」
言った瞬間、周囲から声が上がった。
「うちの採掘班とも契約してくれ!」
「迷宮へ入る息子に、帰還の登録を!」
「護衛隊にも撤収役が必要だ!」
依頼というより、願いだった。
冒険者本部の窓から、バルガスがこちらを睨んでいる。
資格停止は解けていない。既存ギルドに戻れる見込みもない。
なら、自分たちで作ればいい。
俺はリゼを見た。
「救助専門のギルドを作ろうと思う」
「奇遇ですね。私も今、同じことを考えていました」
「金はない」
「知っています」
「事務所も仲間もない」
「これから見つけましょう」
「給料は当分、安い」
「初任給から解毒薬代を引く約束でしたね」
リゼは呆れたように笑い、それから右手を差し出した。
「条件が一つあります」
「何だ?」
「あなた自身も、必ず帰ること」
握手を返す。
「約束する」
三日後、俺たちは迷宮街の外れにある空き倉庫を借りた。
屋根は雨漏りし、扉は傾き、家具は拾った机が一つだけ。看板の代わりに、救出した子どもたちが磨いた古い盾を軒先へ吊るした。
中央には、青い灯石。
暗い迷宮からでも目印になるよう、帰還点と同じ紋を刻んだ。
ギルド名は《帰還灯》。
扉の横に、リゼが一枚の板を打ちつける。
そこには、俺たちの規則が一行だけ書かれていた。
――依頼人も、救助者も、全員で帰る。
こうして、世界で最も臆病な冒険者ギルドが始まった。
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