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ランチタイムは体育館裏で

「たぶん私ね──恋愛バーサーカーだと思うんだ」

「……っ」


 卯ノ花さんのその言葉に、心臓が凍りつくような錯覚が起こる。

 だって俺が脳内で組んでいた会話のシミュレートは、あくまで彼女が恋愛バーサーカーを自覚していない前提のものだったから。

 イヤイヤ期の子どもをあの手この手であやす親のように、気取らせてなるものかと必死に画策していたというのに。


 それが、まさか初手で破綻(はたん)するなんて。

 いや、そんなことよりも。


「……よし、わかった。じゃあ、どうしてそう思ったか聞かせて貰っていい?」


 ここまで結論が出ているなら、下手に誤魔化そうとするのも悪手だろう。

 むしろ躍起(やっき)になって否定しようものなら不信感を生みかねない。 

 ならば、いったん理由を訊いてみるのが最も無難な対応だ。


 そして、どうにか佐久間輪へ導線を繋げる。

 ……うん。ひとまず、この方向性で行ってみよう。

 と、思った矢先。


「その前に愛沢くん、お腹空かない?」

「えっ?」


 卯ノ花さんは、笑顔で俺にそう訊ねてきた。

 そして後ろに組んていた手を前に突き出す。

 その手に持っているのは、無地の白い大判ハンカチで(くる)まれた立方体。


 大きさは、彼女の両手から両端がはみ出るくらい。

 間違いない、これは。


「実はね、お弁当作ってきたんだ」

「お弁当、作ってきたんだ」


 前者は、照れ顔の卯ノ花さんの声。

 後者は、感情をグッと押し殺した俺の声。

 俺は、コピペみたいな決め顔のまま差し出されたお(くる)みを凝視(ぎょうし)する。


 うん、とても困った。

 だって食べ物だもの。胃の中に入れるものだもの。

 それを恋愛バーサーカーから受け取る? 正気の沙汰(さた)じゃない。


 そもそも、女子から贈り物には苦い思い出が多いんだ。

 特に印象深いのは、中三のバレンタインこと。

 二年の頃の件もあり、贈り物は受け取らないと明言していたんだけど。


 それでも家に帰れば、そこそこの数のチョコレートがポストに投函(とうかん)されていて。

 頭を抱えつつ、ちょっとした興味本位で一部を開封してみれば。


 髪の毛がギッシリと詰まっていたり。

 爪が練り込まれていたり。

 包装紙の内側が赤黒くなっていた、なんてモノもあった。

 チョコレートの形をした地獄かと思ったね。


 そういう訳だから人からの贈り物、とりわけ食べ物に関しては絶対に受け取らないようにしている。

 せっかく作ってくれた卯ノ花さんには申しわけないが、ここはお断りさせてもらおう。


「ごめんね、卯ノ花さん。俺、いま全然お腹空いてな」


 だけど、そう言いかけて。


──ぐぅ。


「あれ? お腹鳴ってるよ、愛沢くん」


 そうだよね。お昼休みの時間帯だもんね。

 バカじゃねえのか生理現象。

 このタイミングで鳴ったら、もう『お腹空いてない』なんて言い訳できないじゃないか。


「あ、その、これは(ちが)くて。えーっと……」


 どうにか次の言い訳を考える。

 だけど残念なことに、ビックリするほど何も浮かばない。

 せめて宗教上の理由だったり、お祖父ちゃんの遺言とかにしておけばよかったと後悔。


 そして無情にも時は進む。

 黙り込んだ俺に、卯ノ花さんは不安げな表情を浮かべる。


「もしかして遠慮してる? それとも私が作ったお弁当は嫌……かな?」

「ハハッ、そんなワケないじゃないか」


 卯ノ花さんの言葉を、俺は反射的に否定。

 コピペみたいな決め顔で、弁当を受け取る。

 ごめんね生理現象、俺もバカだった。


 でも、こればっかりは仕方ないだろう。

 だって相手は、恋愛バーサーカーなんだ。

 もしここで素直に頷いたら、どんな目に遭うか分かったもんじゃない。

 

 今ヒドイことになるか、あとで辛い思いをすることになるか。

 俺は、後者を選んだ。

 全ては、今を生き抜くために。


「本当? 良かったー! ママのお手伝いで料理はするんだけど、お弁当を作ったのは始めてだったんだー」

「へぇー、そうなんだね」


 不安げな表情から一転。

 卯ノ花さんは、ホッとしたように笑う。

 そんな彼女に、俺は曖昧(あいまい)微笑(ほほえ)む。


 断るルートは、完全に潰えた。

 ここまできた以上、もう食べる以外の選択肢はない。

 せめて、お腹が痛くなるくらいで済むといいな……。


「こっちで食べよ、愛沢くん」

「ああ、うん。今行くよ」


 卯ノ花さんは、体育館裏口の階段を指差しながら俺を呼ぶ。

 これをイス代わりにしようということだろう。

 俺は、心の中で念仏を唱えながら彼女の声に従った。



※ ※ ※ ※ ※



 さて。

 俺は、卯ノ花さんが用意してくれたお弁当を膝の上に置く。

 果たして、その中身はというと。


「すごく茶色い!」


 茶色だった。

 もう一面が茶色だった。

 もはや茶色の海と言っても過言じゃない。


 横長の弁当箱は、二段構造になっている。

 なので必然的に上段から確認することになったのだが、とにかく揚げ物でギッシリ。


 唐揚げ。エビフライ。コロッケ。ハンバーグ。

 その四種が、スペースいっぱいに詰め込まれている。

 あと隅っこの方に、申しわけ程度のプチトマトが二つ。


「男の子は、こういうのが好きってママが言ってたから」


 卯ノ花さんは、そう言って照れくさそうに頬を掻く。

 ……正直に白状しよう 育ち盛りの男子的には、こういうの大好きだ。

 卯ノ花さんママ、なかなか良いツボを抑えてくるじゃないか。


 だが、気を抜くなかれ。

 これは、あくまで上段だ。

 もしかすれば、下段にとんでもない爆弾が仕込まれているかもしれない。


「……」


 俺は、ゴクリと唾を飲み込む。

 そして意を決し、上段を持ち上げれば。


「おお……!」


 思わず、感嘆の声が漏れ出た。

 そこに広がっていたのは、見渡す限りを埋め尽くす白銀の大地。

 白米が、上段の揚げ物など()にならない密度で敷き詰められていた。


 ここまでくると、いっそ(いさぎよ)い。

『栄養の(かたよ)りなんて知ったことじゃねぇ! いいから食え! つべこべ言わずに食え!』とでも言わんばかりだ。

 お昼休みのうちに食べ切れるか心配になる。


 ……いや、見た目に騙されるな。

 結局のところ、一番重要な部分は問題は味じゃないのか。

 それと、変な物が混入していないか。


「いただきます」


 俺は、両目を瞑って手を合わせる。

 そして恐る恐る箸を握ると、まずはハンバーグを摘み上げた。

 何かを仕込むなら、恐らくハンバーグが一番やりやすいと思ったから。


 ならば、初手でハッキリさせた方がいい。

 ダメージ覚悟で、俺は口に放り込んだ。

 果たして。


「……美味(おい)しい」

「!」

「美味しい、美味しいよ卯ノ花さん!」


 ハンバーグは、とても美味しかった。

 変な引っ掛かりも感じない。鉄っぽい風味もない。

 咀嚼(そしゃく)すれば簡単に噛み切れるし、異物を飲み込んだ時のような本能的拒絶感もない。


 ただただ、とても美味しいハンバーグだ。

 勢いで他のおかずにも箸を伸ばしたが、どれも真っ当に美味しかった。

 白米ともよく合い、とにかく箸が進みまくる。


「あはっ、良かったぁ」


 そんな俺の姿に、安堵の笑みを浮かべる卯ノ花さん。

 その眼差しは、心なしか我が子を愛情深く見守る母親のように見えなくもない。

 

 世が世なら。或いは、人が人なら。

『聖母』やら『聖女』やらと、まことしやかに持て(はや)されていた可能性もあっただろう。

 なんとなくだけど、そんな気がする。


 だけど、


「それじゃあ、私が恋愛バーサーカーだと思った理由を話していこっか」


 彼女がそう告げた瞬間、空気が一変した。


「……」


 俺は、口いっぱいにごはんを頬張(ほおば)りながらフリーズ。

 一点を見つめて目を見開き、静かな汗を流す。

 テレビの大食い企画でよく見る、出演者が限界ギリギリになった時のアレに近い。


 ……そうだった。

 お弁当が美味しくて普通に食事を楽しんでしまっていたが、そもそも体育館裏に呼び出されたのはそれが理由だったじゃないか。

 まさか気づかない内に、自分からガードを解いていただなんて。

 

 彼女、本当に恋愛バーサーカーなのか?

 狙ってやったんだとしたら、あまりに策士が過ぎるぞ。

 思わず戦慄(せんりつ)する俺に、卯ノ花さんは言う。


「急いで飲み込まくていいよ。食べながら聴いててね」

「……」


 ……そう言って貰えるとありがたい。

 空気が変わってから、急に舌が乾いてごはんが喉を通らないんだ。

 このまま無理やり飲み込んだら窒息しちゃう。


 お言葉に甘えて、黙って咀嚼を再開する俺。

 一方卯ノ花さんは、どうして自分が恋愛バーサーカーだと思うようになったのか。

 その理由を語り始めた。


「私が最初に愛沢くんを知ったのは、入学してすぐの頃。クラスの子が教えてくれたのが切っ掛けだったの」

「……」

「隣のクラスに、イイ感じの男子が居るって噂になっててね。隠し撮りした写真を見せてくれたんだ」


 卯ノ花さんは、「ほらこれ」とスマホの画面を俺に向ける。

 そこには確かに、机に頬杖(ほおづえ)を付いて(ぼう)っと黒板を眺める俺の姿があった。

 ……いつの間に撮られてたんだ、こんな写真。


 いや、というか普通に盗撮だよなコレ。

 なんで当たり前のように流通している上に、ご本人を前にして平然と話せるんだ?

 肖像権とかご存知でない?


 そんな俺の疑問を余所に。

 卯ノ花さんは、遵法精神(じゅんぽうせいしん)に笑顔で中指を突き立てながら話を続ける。


「私もね、その写真を見たとき思ったんだ。『よく分からないけど、なんだか素敵な人だなぁ』って」

「……」

「思えばこれって、一目惚れ……だったのかな」


 素敵な人、一目惚れ……ねぇ。 

 果たして、それは本当に卯ノ花さん自身から生じた感情なのだろうか。

 うん、無いな。


 今朝から香水の効果を実感しているので、よく分かる。

 彼女がそういう気持ちを抱いたのは、一〇〇%メチャモテール症候群の影響だ。

 この奇病が無ければ、そもそも存在すら認知されなかったに違いない。


 所詮は、卯ノ花さんの勘違い。

 そんな俺の視線を察してか、彼女は苦笑いを浮かべた。


「あはは……やっぱり、私が言っても信じて貰えないかな」

「まあ、そりゃあ……い、いやいやいや! そんなことないと思う。 俺の両親も出会いの切っ掛けは一目惚れだったらしいし、理由なんて人それぞれだと思うなぁ!」


 ()っぶない! あまりに自然な流れで普通に肯定しそうになってた。

 ごはんを飲み込んだ俺は、頷きかけて慌てて首を横に振る。


 忘れるなかれ、相手は恋愛バーサーカーだ。

 何が暴走のトリガーになるか分からない以上、刺激したり傷つけるような言動は控えないと。

 俺は、まだ青い空の下で生きていたい。


 だけど、

 

「ううん、もう誤魔化そうとしなくていいよ」

「……っ」

「きっと愛沢くんは、怖いと思ってるんだよね。私のこと」


 卯ノ花さんは、諦めの()もった声でそう言った。

 途端、俺に特大の緊張が走る。

 ダメだ、完全にバレてる。


 マズいマズいマズい!

 二人きりの状況、膝の上にはお弁当。

 運動場や校舎に続く道も、卯ノ花さん側だ。


 全て、最初からこの状況が狙いだったのか?

 だとしたら、お昼の誘いを断われなかった時点で詰みじゃないか。

 聖母とか聖女だと思っていたら、まさかの軍師だったとは。


 コピペみたいな決め顔が崩れる。

 怯えるチワワみたいに身体が震え始める。

 そんな俺に、卯ノ花さんは膝を向けるように座り直して言った。


「大丈夫、怖がらなくていいよ。何もしないから」

「えっ……」


 俺は、目を丸くする。

 だって卯ノ花さんの声は、まるで傷ついた野生動物を(なだ)めるような(いつく)しみに溢れていたから。

 犬養さんのように激昂(げきこう)する訳でも、一方的に気持ちを押し付けようともしてこない。


「言ったでしょ? 私、たぶん恋愛バーサーカーなんだって。その自覚を持ってるから、こうしてコントロール出来てるんだと思う」


 ……そういうものなんだろうか。

 ただ逆に言えば、自覚が無ければ犬養さんみたいに暴走していた可能性もあった訳で。

 そう考えると今の卯ノ花さんは、一体どんな気持ちで俺と向き合っているんだろう。


 案外、ちょっと小腹が空いたくらいの感覚なのか。

 それとも、どうしようもないほどの欲求を死ぬ気で抑えているのか。

 分かってあげられないのが、少しもどかしい。


「うん……この際だから、もう言葉にしちゃおうかな」


 その時だった。

 卯ノ花さんが、急にそんなことを言い出したのは。

 

「え……どうしたのさ、いきなり」

「恋愛バーサーカーなんて問題があったから、大事なことを先送りにしてきたと思って。すごく今さらだけど、ちゃんと伝えるね」


 卯ノ花さんは、俺の顔を真正面から捉える。

 そして言った。


「私、愛沢くんのことが好きだよ」

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