I am Berserker
「すぅ……はぁ」
2年1組の教室前。
俺は、左手を胸に置いて大きく深呼吸する。
ここから一歩踏み出せば、いよいよ卯ノ花さんと再会だ。
相手は、恋愛バーサーカー。
言わずもがな、規格外の存在である。
下手な対応をすれば、文字通り命すら危ういだろう。
決して、油断はできない。
「よしっ!」
俺は、静かに意気込み前へ向き直る。
そして引き戸に手を掛けると、ゆっくり横へ動かした。
……ところで俺、昨日と今日だけで過去何年分の覚悟を決めたんだろう。
そして、あと何回これを繰り返すのだろう。
こんなのが常態化するのは、ちょっと嫌だなぁ。
なんてことを考えながら、教室に入ると。
「あ、おはよう愛沢くん!」
誰よりも早く。何もより早く。
笑顔で迎え入れてくれたのは、やはり卯ノ花さんだった。
俺の席の隣で、昨日と変わらず花が咲いたような笑顔を浮かべている。
「おはよう、卯ノ花さん」
俺は、そんな彼女にコピペみたいなキメ顔で挨拶を返す。
大丈夫、声は震えていない。
相対した瞬間パニックを起こすかもと思ったが、心も意外と余裕がある。
この調子なら、落ち着いて話が出来そうだ。
ニコニコしている卯ノ花さんを視界に収めつつ、俺は椅子を引いて自分の席に座った。
と、次の瞬間。
「えっ!?」
不意に、そんな声が教室に響いた。
それは卯ノ花さんでも、当然俺の声でもない。
教室の左半分、窓側から発せられたものだ。
「えーっと……? あっ」
俺は、反射的に声のした方へ視線を向ける。
そして、すぐに状況を把握した。
クラスメイトの女子たちが、戸惑いの表情で席に着いた俺を見ていたのだ。
一瞬、困惑する俺。
だけどすぐ、理由に思い至る。
メチャモテール症候群の効果を抑制する、香水だ。
それにより恋愛バーサーカー(推定)である卯ノ花さん以外は、誰も俺に気付かなかったのだろう。
きっと女子たちからすれば、いきなり俺が現れたように見えたに違いない。
おまけに雰囲気も、普段の俺と違って見えている。
そりゃあ驚くよね。
それにしても、メチャモテール症候群が無い俺ってこんなにも存在感が薄かったのか。
それとも一般的な男子は、これくらい当たり前なんだろうか。
……そうであって欲しいな。いや、そう信じてる。
じゃないと俺は、とても悲しい思いをすることになるから。
一方、
「ど、どうしたんだろう……?」
卯ノ花さんは、突如ザワついた教室にキョロキョロと首を動かしていた。
まあ事情を知らない彼女からすれば、そういう反応にもなるだろう。
うん。知ってもらうには、丁度いいタイミングかもしれない。
「卯ノ花さん、昨日少しだけ話したこと覚えてる? メチャモテール症候群が云々ってやつ」
俺は、ここぞとばかりに話題を切り込んでいく。
これは好機だ。
女子たちは皆、『愛沢恋矢』の見え方の変化に戸惑い続けている。
だが逆を言えば今の状況は、卯ノ花さん以外の女子が恋愛バーサーカーでないことを証明していることと同義。
だって恋愛バーサーカーに、香水は通用しないのだから。
なら、少なくとも騒いでる彼女たちへの警戒に意識を割く必要はない。
つまり俺は、卯ノ花さんの対処にだけ意識を向けられるというわけだ。
「……? う、うん。あんなことがあったんだし、それは覚えてるけど……。え、もしかして」
卯ノ花さんは、俺の言葉に首を傾げている。
だけど、この状況に対してこの質問だ。
すぐに察しがついたらしい。
彼女の反応に、俺は頷く。
「キミの想像通りだよ。ザックリ言うとこの状況は、それ関連」
流石に、一から十まで全て話すつもりはない。
本人に向かって『キミは恋愛バーサーカーだよ』なんて言えるほど、俺の肝は座っていないから。
なので説明は、そういった部分を暈しつつ端的にまとめる。
「佐久間輪……えっと、ガスマスクの不審者が用意してくれた秘密道具があってね。それのお陰で今、俺は一時的に女子から認識され辛くなっているんだ」
「そ、そうなの? なんだか透明人間みたい……。あれ? それじゃあ私、どうして愛沢くんに気付けたんだろう……?」
うん、一番重要な部分を省いているんだ。
彼女がその疑問を抱くのも当然だろう。
口先頼りで適当に喋っていたら、ここで詰んでいたかもしれない。
だが、侮るなかれ。
自慢じゃないが、こういう時の誤魔化し力には一家言あると自負している。
俺は、コピペみたいな決め顔のまま前髪を掻き上げた。
「別に、本当に姿が消える訳じゃないからね。常に意識し続けていたら、そりゃあすぐに気付くさ。つまり卯ノ花さんは、ずっと俺のことを考えてたってコ・ト」
「えっ!? いや、そ、そそそそんなことは……ない……こともない、けど……」
コ・トの言い方には、特に気合いを入れた。
ネットリと絡みつくような、耳に吐息を吹きかけるイメージで。
途端、顔を真っ赤にしてシドロモドロに視線を泳がせる卯ノ花さん。
フッ、どうよ。この綺麗に決まったカウンター。
名付けるなら、『俺様系ナルシストの心理掌握の吐息』といったところか。
ははっ、バカみたい。
昨日も似たようなことをしたけど、やっぱり普通に恥ずかしいや。
しかも今回は、男子どころか女子からの視線も結構痛い。
しばらく傷になりそう。
とはいえ、流れを掴んだ手応えはある。
本題に移るなら、今が間違いなくベストタイミングだ。
「そういえば卯ノ花さん。実は俺、昨日のアレコレについて話したいことがあってさ」
卯ノ花さんは、今のところ理性的だ。
加えて、周囲の目もある状況。
あくまでこの場限りだろうけど、これなら犬養さんみたいに暴走することも無いだろう。
放課後には、佐久間輪とも合流する予定だ。
手っ取り早く治療薬を打ち込むためにも、今のうちに言い包めておきたい。
ひとまず、ここらで話術による恋愛バーサーカー戦といこう!
……と、思った刹那。
「あ、その前に愛沢くん。実は私も、話したいことがあるの」
俺は、このまま勢いに乗って話を始めようとした。
が、卯ノ花さんに遮られる。
「えっ?」
まさか、ここでブレーキを踏むことになるとは思わなかった。
俺は、無意識に戸惑いをこぼす。
そんな俺に、彼女は続けた。
「急にごめんね? でも、すごく大事なことだから先に話しておきたいの」
「いや、でも……ううん」
最初は、適当に相槌を打って強引にでも続けようと思った。
だけど、こちらを見る卯ノ花さんの表情がすごく真剣で。
この時、直感した。
多分これは、蔑ろにして良い話じゃない。
正直、ここで会話の主導権を譲るのは結構な痛手だ。
だけど今は、それ以上に。
彼女に不信感を抱かれたり、機嫌を損ねられる方がもっと怖い。
俺は、無理に食い下がろうとせず続きを促す。
「いいよ、お先にどうぞ」
「ありがとう、愛沢くん。でも私がしたい話と愛沢くんの話って、たぶん一緒のことだと思うんだ」
「一緒、っていうと?」
「メチャモテール症候群? と、恋愛バーサーカー? のことだよ」
「……っ」
俺は、息を呑む。
卯ノ花さんからその単語が出てくることに、今さら驚きは無い。
だけど口振りから察するに、恐らくこれが話の主題だ。
……参ったな。
こちらから話題を切り出すのと、相手から振ってくるのでは訳が違ってくる。
いったい彼女は、どこまで理解しているのだろう。
内容次第じゃ、口先八丁でどうにかなるレベルを越えてくる。
はてさて、どうやって誤魔化したものか。
そうやって俺が、脳をフル回転させていると。
「だから、”お昼休み”に改めてお話できないかな? 体育館の裏で、その……二人きりで」
「……お昼休み? 今すぐ此処で、じゃなく?」
「うん。ちょっと人前じゃ恥ずかしい内容だから、ね?」
「……!」
耐えた! 耐えきった!
猶予を獲得した俺は、心の中でガッツポーズ。
でも、
「二人きりで、か」
俺は、ポツリと呟く。
可愛い女子から誘われる、お昼休みの逢引。
きっと男子なら、誰もが夢見るシチュエーションなんだろうな。
人によっては、『罠でもいい! 罠でもいいんだッ!』なんて言いながら突撃する者だっているだろう。
だが生憎と、こちらは恋愛バーサーカーの恐ろしさが身に染みている。
そうでなくとも、女子に対してデカいトラウマを幾つも抱えているんだ。
無邪気な気持ちが湧く余地なんて一切ない。
「……他に誰か呼んじゃだめ? 実は俺、スーパー純情シャイボーイなんだよね。あと今朝の占いで女の子と二人きりになるのは注意なんて言われててさ。それにほら、体育館裏への呼び出しって怖……恥ずかしいというか」
俺は、どうにか言い訳を並べてみる。
ちなみに全部デマカセだ。
とにかく譲歩を引き出せるよう、交渉を試みる。
だけど、
「ダメ」
「そっかぁ」
ハエたたきに撃墜される羽虫のように、俺の要望はあっさりと却下された。
「お願い、愛沢くん」
「……っ」
改めて、真剣な眼差しでこちらを見つめ直してくる卯ノ花さん。
その瞳に見つめられ、俺は──。
※ ※ ※ ※ ※
「──や、来たよ。卯ノ花さん」
そうして訪れた昼休み。
俺は、戦々恐々とした思いを必至に隠しながら体育館裏に立っていた。
結局、卯ノ花さんのお願いを断ることは出来なかった。
でも仕方ない、あんなに真剣な顔で頼まれたんだ。
あと、単純に怖かったし。
とはいえ、昼休みまで時間はそれなりにあった。
なら当然、無策なわけじゃない。
頭の中で、何度も会話をシミュレートした。
今なら何を訊かれても、完璧に回答してみせる……!
なんて、意気込んでいたのに。
「愛沢くん。たぶん私ね──恋愛バーサーカーだと思うんだ」
「……」
開口一番、彼女が放った言葉に。
俺は、あんぐりと口を開きながら黙ることしか出来なかった。




