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お隣さん

「私、愛沢くんのことが好きだよ」


 それは、紛れもなく告白だった。

 卯ノ花さんが、真剣な表情で俺を見つめている。


 その瞳に宿るのは、若干の恥じらいと覚悟。

 きっと精一杯の勇気を出して、想いを伝えてくれたんだろう。

 だけど、


(いやまぁ、存じ上げておりますけれども……)


 俺の心は、『でしょうね』という気持ちでいっぱいだった。

 勘違いしないで欲しいが、別にバカにしてる訳じゃない。

 ただ、あまりに直球過ぎて反応に困ってるんだ。


 そもそも、俺に関わろうとする時点で”そういうこと”だし。

 おまけに自分から恋愛バーサーカーの可能性を疑ったり、あまつさえ一目惚れを自白している。

 ここまでのお膳立てがあって(なお)、気が付かないなら。それこそバカというものだろう。


 とはいえ彼女も、それは充分に把握しているようで。

 数秒、互いに無言で見つめ合った後。


「……っぷ、あははっ! 愛沢くん、すごい困り顔になってるよ」

「あ、いや、これは……その」


 卯ノ花さんは、突如吹き出すようにして笑った。

 そして、しどろもどろな俺に言う。


「大丈夫、全部わかってるから。これは、ただ私が言いたかっただけ。告白もしてないのに話を進めるのはモヤモヤするから、どうしても伝えたくなっちゃって」


 にこやかに笑う卯ノ花さん。

 だけどすぐ、俺から視線を外してどこか遠くを眺めるように目を細める。


「だから返事はしなくても……ううん。今は、してほしくないかな」


 彼女も、わかっているんだろう。

 俺からの返事が、望んでいるものとは違うであろうことに。

 だから、俺からの言葉は一つだけ。


「……そういうことなら、分かったよ」


 普通なら、中々に最低な返事だ。

『男なら』という言葉はあまり好きじゃないが、それでも告白してくれた相手にハッキリと答えるのが男らしさであり、礼儀だろう。

 向こうから保留を申し出たとはいえ、それに甘えるのは如何(いかが)なものか──と、思わなくもない。


 でもね、こっちも命が懸かってるんだ。

 もし断われば、今度こそ暴走する可能性がある。

 かといって受け入れたら、好きになる人探しなんてやっていられない。


 だったら、今は漢気(おとこぎ)なんてクソくらえ!

 卯ノ花さんには悪いが、ここはお言葉に甘えて助け舟に乗っからせて(いただ)こう。

 悩みの張本人から垂らされた蜘蛛の糸に、俺は全力で(すが)り付く。


 そして、その判断は正しかった。


「うん……ありがとね、愛沢くん」


 そう言って、安堵の微笑みを浮かべる卯ノ花さん。

 その反応に、同じく安堵する俺。

 良かった、どうやら正解を引けたみたいだ。


「それじゃあ気を取り直して、話の続きをしていこっか」


 そして卯ノ花さんは、仕切り直すように言う。

 話の続きとは、言わずもがな。

 どうして自分が恋愛バーサーカーだと思ったのかについて。


 だけど、ここで俺に疑問符が浮かぶ。

 さっきの一目惚れ云々(うんぬん)が、自覚する理由じゃなかったのか?

 そう訊いてみると。


「その、ね。それだけだと本当に一目惚れかもしれないから。根拠が多いほうが、お互いのためにも良いかと思って」

「まぁ、それもそっか」


 卯ノ花さんは、確かに自分が恋愛バーサーカーだと自覚している。

 けど同時に、今の気持ちこそが本心であることを望んでいるようにも見えた。

 だから自分を納得させるために、こうして根拠を(あげつら)いたいのだろう。


 理性で、本心を否定するために。

 自分が異常であることを、改めて認識するために。

 そして、愛沢恋矢を守るために。


「私ね、少し前まで力が弱かったんだ」


 卯ノ花さんは語る。


「朝ごはんに、ジャムを塗ったパンを食べるのが大好きで。だけど入れ物の蓋が固くって、いつも挑戦しては失敗して、パパに開けてもらってた」

「……」

「でも春休みの前のある日、”初めて”愛沢くんと会った日の翌朝」

「……っ!?」


 待て、待て待て待て。

 卯ノ花さんは今、なんと言った?

 俺と初めて会った日、と言ってなかったか。


 あまりに自然に言うもんだからスルーしそうになったけど、これって俺が知りたかったことじゃないか。

 くっ、なんてタイミングの悪い。

 話の途中でなければ、即座に追求できたのに。


 ……いや、切り替えろ。

 そっちは後から改めて聞けばいい。

 今は、彼女の話に集中だ。


「愛沢くん?」

「ううん、なんでもない。続けて」

「う、うん。……いつもみたいに、頑張ってジャムの蓋を開けようとしたの。そしたらね」

「そしたら?」

「なんと、自分の力で開けることができたの! 蓋や容器に、おっきなヒビ割れを作っちゃったんだけど……」

「おっきなヒビ割れ、作っちゃったかぁ……」


 脳のリミッターが外れたことによる、常軌を逸した超パワー。

 うん、確定だ。

 卯ノ花さんは、恋愛バーサーカーで間違いない。


「で、でもね。そのジャムの入れ物って、私が産まれる前から使ってたらしくて。だから、たまたま寿命が噛み合っただけかもしれなくて……!」

「お、粘るねぇ」

「愛沢くん?」

「なんでもないです」


 卯ノ花さんのなかで、理性と本心がせめぎ合っているのがよく分かる。

 恋心を否定するべきなのに、どうしても可能性を見出そうとしてしまう二律背反。

 気の利いた言葉を掛けてあげられたらいいんだけど、こればっかりはどうすることもできない。


 それにしても、この話はいつまで続くんだろう。

 昼休みの時間も残り少なくなってきた。

 お弁当もまだ残ってるし、できればキリよく終わって欲しいんだけど。


 そう思っていると。


「だからね、愛沢くんにお願いがあるの」

「ん?」


 俺は、鳩が豆鉄砲を食らった顔で固まった。


 愛沢恋矢は、とても臆病でか弱い生き物なんだ。

 自分より遥かに強い存在にお願いなんてされたら、ストレスで死んじゃうかもしれない。

 俺怖いよ。


 そう内心ビクビクしていると、


「今度の土曜日、一緒にデートしてほしいの」

「……」


 ピシッと、俺のなかで何かがヒビ割れる音がした。

 脳内で『でぇと』という言葉が『デート』に変換されるまで、数秒の()が空く。

 その間に、すかさず卯ノ花さんが滑り込む。


「今の私は、間違いなく愛沢くんのことが好き。だけど愛沢くんにしてみれば、そんなの酔っ払いが『自分は酔ってない!』って言ってるようなものでしょ?」

「……」

「沈黙は肯定と一緒だよ、愛沢くん」

「っ!? いや、ちがくて」

「うそ。ちがくないでしょ?」

「はい。ちがくないです」


 なんて、なんて(したた)かなんだ卯ノ花さん……!

 凄まれたわけでもないのに、俺は素直に頷いてしまう。

 ここが畳の上なら、正座しながら項垂(うなだ)れていただろう。


 ……それにしても、どうしてデートなんだ?

 彼女は恋愛バーサーカーを自覚していて、それを治すべきものと認識している。

 なのにデートのお誘いだなんて、これまでの話といまいち繋がらない。


 そんな俺の疑問に、


「一言でいうと、思い出づくり……かな」


 卯ノ花さんは、どこか寂しげな表情で答えた。


「思い出づくり?」

「うん。……もし本当に私が恋愛バーサーカーなら、治ったときに今の気持ちも消えちゃうと思うんだ。そして、それが本来あるべき状態なのも分かってる」

「……」

「でも愛沢くんを好きな気持ちは確かで、簡単に手放したくない。たとえ偽物だったとしても、諦めたくない。だから──」


 卯ノ花さんの瞳が、まっすぐに俺を捉えた。


「最初で最後で構いません。私とデート、してくれませんか?」



※ ※ ※ ※ ※



 気付くと、放課後だった。

 空の色はまだ蒼いものの、太陽は大きく傾いている。

 もう数十分もすれば、たちまちカラスの鳴き声が聞こえてくるだろう。


「まったく俺ってやつは……」


 そんな空の下で、俺は頭を抱えながら帰路についていた。

 理由は一つ。

 昼休みに、卯ノ花さんに頼まれた『デート』。


 俺は、そのお誘いを──。


「でも仕方ないじゃんか、あんな言い方されたら!」


 断ることが出来なかった。

 つくづく思う。 

 一生のお願いっていうのは、あれくらいの覚悟で使うものなんだなって。


 小さい頃、欲しかったオモチャを買ってもらえず店でジタバタしてた俺に見せてやりたい。

 ……いや、それはそれで変な影響を受けそうだからやっぱりいいや。

 ともかく、


X(エックス)デーは、今度の土曜日……か」


 どこに行くかは、聞かされてない。

 ひとまず約束だけ取り付けられた形だ。

 それにしても、デート。デートかぁ……。


 これを言うと、よく意外そうな顔をされるのだが。

 実は俺、今までデートというものをしたことがない。

 出かけた先に何故か知り合いの女子がいて、何故か一緒に行動することは多々あったけど。


 これをデートとは呼べないだろう。

 ともすれば、ちょっぴり(おぞ)ましい別のナニカだ。

 うん、怖いね。


「今のうちに、対策立てておかないとな」 


 対策とは無論、恋愛バーサーカーに対して。

 今は理性的な卯ノ花さんだが、どこに地雷が埋まっているのか分かったもんじゃない。

 下手な振る舞いをして爆発なんてさせたら大変だ。


「うーん……」


 とりあえず、再優先事項はご機嫌取り。

 きちんと卯ノ花さんの満足度を高められるよう、今から思考を巡らせる。

 と、そのとき。


「おや、愛沢少年? 放課後になったら連絡するよう伝えたじゃないか」


 ふと、眼前からした声。

 佐久間輪が、俺が済むアパートの前に立っていた。

 ガスマスクじゃない。今朝会った時と同じ、金縁のサングラスに鍔広帽子という格好だ。


 彼女は、少し驚いた表情でこちらを見ている。

 そして、それは俺も同じだ。


「あれ、佐久間さん? どうしたんです、ウチの前で」


 何か用があったんだろうか?

 でも、それなら連絡を寄越してくる筈だ。

 そう疑問に思った俺の視界の隅に、ふと一台の車両が映り込む。


 それは、荷台に『アリクイマークの引越社』と書かれた大型トラック。

 おい、これってもしかして……。


「うーん、サプライズのつもりだったんだが。こうなると隠しても仕方ないね」


 サプライズ? おいおい、言葉は正しく使って欲しい。

 こういうのはドッキリって言うんだよ。

 そう辟易(へきえき)する俺に、佐久間輪はニヤリと笑って右手を差し出した。


「キミのお隣に越してきた佐久間輪だ。お隣さんとして、仲良くしてほしいな」

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