次なる攻略対象
俺、愛沢恋矢は類稀なるモテ男だ。
昨日は、朝から晩まで本当に大変なことばかりだった。
寝起き早々、知らない女子が部屋に居て。
登校中、ガスマスクの不審者に絡まれ。
放課後は、ヤバい元クラスメイトに襲撃されて。
最終的には、自分の余命が今のままだと一年を切っていることを知る始末。
こんなの一日で摂取していい情報量じゃない。
まったく、春だからって人も巡り合わせもアグレッシブ過ぎる。
泣きっ面に蜂なんて諺があるが、少しは加減してほしいものだ。
とはいえ、今後やるべきことは見えてきた。
そして一夜開け、今日から通常の時間割りで授業が始まる。
果たして、これからの学校生活はどうなるのか。
俺は無事に、この『恋愛HAZARD』を生き抜くことが出来るのか。
俺が誰かを本気で好きになる、そんな物語が始まった。
※ ※ ※ ※ ※
──PiPiPi。
「……朝、か」
鳴り響くスマホのアラーム音に、俺は寝ボケ眼を擦りながら身体を起こす。
時刻は、午前七時。いつもの起床時間。
窓から差し込む陽の光は、昨日と変わらず朗らかだ。
室温も程よく暖かくて心地いい。
いつもの俺なら、スッキリした目覚めとともに『今日も頑張ろう』なんて息巻いていただろう。
だけど、
「くっっっそダルい……」
今の俺のコンディションは、かつてないほどに絶不調だった。
そりゃあそうだ。
だって昨日は、本当に色々あったのだから。
不法侵入者、不審者、異常者については、今さら説明も必要ないだろう。
地味に大変だったのは、その後。
ただでさえ、上記のイカれたボスラッシュで疲労困憊だったのに。
折れた卓袱台の脚や、その木片を拾い。
割れた窓ガラスの代わりに段ボールを貼り付け。
散らばったガラス片を掃除したりと、後片付けに追われていた。
おかけで晩御飯(コンビニ弁当)の買い出しが遅くなるわ、風呂の時間がズレ込むわと生活リズムが乱れに乱れ。
やることを済ませて布団に寝転がった瞬間、気絶するように眠りに就いていた。
そして今に至る。
「もう、今日は休んじゃおうか……」
正直、今の状態で学校に行く気は欠片も起きない。
だって見てご覧よ、我が家の床。
ほら、部分的にキラキラ光っている。綺麗でしょう?
あれね、全部ガラス片。
昨晩、掃除中に見落としたやつ。
……本当に疲れていると、こういうのが目に入るだけでも気が滅入って仕方ないんだ。
ここは一旦二度寝をカマして、正午くらいに再度起床したいというのが素直な俺の今の気持ち。
だけど、
──Prrrr。
「……ん、誰からだ?」
俺が再び横になろうとした時、スマホに着信が入った。
相手の名は、
「佐久間輪……あぁ、自称天才研究者の」
昨日、登校中の俺に絡んできたガスマスクの不審者。
天才研究者を自称するだけあって、やたらと目に染みる煙玉なんてものを持っていたり、恋愛バーサーカー用の治療薬を作ったりとサポート面で存外頼りになる人だ。
戦闘面はどうなのか?
うん、今のところ案山子の方が有用だと思う。
そういえば、昨晩帰り際に連絡先を交換したんだった。
いったい朝から何の用だろう。
「もしもし。愛沢です」
『やぁやぁ、おはよう愛沢少年! 今朝も素晴らしい陽気だねえ。一夜明けての調子は如何かな?』
「今の声で余計ヒドくなりました。もう切っていいですか?」
朝っぱらから喧しい佐久間輪。
俺とは正反対なテンション高めの大声に、思わずスマホを耳から遠ざける。
まったく、タチの悪いモーニングコールだ。
疲れた頭にガンガン響いて仕方ない。
思わず、このまま通話を切ろうとして。
『まあ待ちたまえ。実は、キミに渡したい物があるんだ』
「渡したい物、ですか?」
待ったを掛ける佐久間輪。
はて、渡したい物とは一体なんだろうか。
『気になるかい? ならば登校準備を済ませ次第、昨日立ち寄った公園で落ち合おう』
彼女のことだ。
わざわざ無意味な物を寄越したりはしないだろう。
だが生憎と、今日の俺は部屋から出る気はない。
彼女の呼び出しに、唇を尖らせて反抗する。
「……それ、後日じゃダメですか? 俺、今日はもう完全に休むつもりでいるんですけど。疲れ残ってるし」
大体、渡したい物があるなら直接俺の家に来ればいいだろう。
その方が手っ取り早いし確実だ。
だけど、
『それは──やめておいた方がいい』
「えっ?」
佐久間輪は、そうやってぶぅ垂れる俺にいつになく真剣な口調で言った。
『昨日あんなことがあったんだ。もし翌日にキミが欠席した場合、卯ノ花さん……だったか? 彼女はどんな行動を取ると思う?』
「それはマズイ!」
考えるより先に、言葉が出ていた。
無意識に背筋が伸び、冷たい汗が伝う。
卯ノ花楓さん。
昨日、犬養さんから俺たちを助けてくれた恩人であり、もう一人の恋愛バーサーカー(推定)だ。
俺との出会いの経緯は不明で、過去に交流した覚えもない。
なのにいきなり住居侵入してくる激ヤバ女子。
おまけにクラスでは、隣の席。
確かに彼女なら、俺が欠席したとなればウチを訪ねて来るであろうことは容易に想像がつく。
なんなら今、この場に居ないことの方が不思議なくらいだ。
そして訪ねて来た卯ノ花さんが何をするのか、想像がつかない。
想像がつかないから尚、恐ろしい。
『理解したかい?』
「えぇ、まぁ……それはそうなんですけど」
佐久間輪からの確認の言葉に、俺は不承不承ながら頷く。
けど、納得はできない。
行けば確実なエンカウント、行かなくても向こうから迫ってくる。
わぁ、悲しみの朝三暮四。
こんなの逃げ場が無さすぎる。
あまりに理不尽じゃないか。
──あれ、でもそう考えたら。
ここで、ふと思う。
休むことで余計な体力消費を抑えられるから、むしろ引き篭もってる方が理に適っていないだろうか。
盤石な迎撃準備を整えて構えておくことが、今できる賢いやり方なのでは?
そんな考えを佐久間輪に伝えてみると。
『いやキミねぇ、そもそも親のお金で学校に通わせてもらっているんだろう? 怪我や病気ならともかく、疲れたってだけで休むのはどうなんだい』
「それ持ってくるのはズルじゃん」
彼女から放たれた、ぐぅの音も出ないド正論。
いやまぁ、うん。至極ごもっともだ。
悔しいが、そこを突かれたら何も言い返せない。
思わず歯軋りしながら、俺はどうにか言い訳を考えてみる。
でも、残念なことに何も思い浮かばなかった。
そうして黙り込んだ俺に。
『ま、そういうことだからさ。さっき言った場所で待っているよ、それじゃっ』
「あっ、ちょ、待っ……あンの不審者め……ッ」
佐久間輪は、言うだけ言うと一方的に通話を切った。
慌てて呼び掛けるも、無情なり。
スマホから聞こえてくるのは通話が終了した後の電子音だけ。
不思議と、肩がズシリと重くなった気がした。
とはいえ、だ。
「まぁでも、あの人がいないと今の俺じゃ対策しようもないしなぁ……」
一瞬、バックレてやろうかとも思った。
だが勘違いしちゃいけない。
恋愛バーサーカーの治療薬だったり、メチャモテール症候群の知識だったり。
命綱を握っているのは佐久間輪の方なんだ。
その結び目を自分から解くなんて、それこそバカの所業というもの。
非常に疲れるが、ここは大人しく言われた通りにするべきだろう。
……悪魔と契約した人は皆、こんな風に後悔するんだろうな。
「はぁ……シンドいけど、頑張るか」
そうして俺は、家を出るための準備を始めた。
※ ※ ※ ※ ※
そんなこんなで諸々の準備を済ませた俺は、佐久間輪が待つ住宅地の公園に到着したのだが。
「おーい! こっちだ、少年」
「あれ、ガスマスクじゃない?」
そこのベンチに腰掛けていたのは、昨日の不審者ガスマスクじゃ無かった。
鍔の広い帽子を目深に被り、丸いレンズの金縁サングラスを掛けた美人さん。
ただし服装は、相変わらずの白衣。
長い脚を優雅に組み、こちらに大きく手を振っている。
佐久間輪……だよな?
間違いない筈なのに、なんだか凄く不安になってくる。
俺は、彼女の元に近付きながら恐る恐る訊いてみた。
「……一応確認ですけど、佐久間輪さんであってます?」
「なんだい改まって。私の素顔は昨日見ただろう?」
よかった、あってた。
相変わらず面と声は良いんだよな、この人。
それだけに、この状態から繰り出される言動やら振る舞いの違和感がハンパじゃないのだが。
というか、どうして今日はガスマスクじゃないんだろう。
気になって訊いてみると。
「そりゃあキミ、あんなものを二日続けて被っていたら秒で通報されかねないだろう。……もしかして被っていて欲しかったのかい?」
「えぇまあ。なんか調子が狂うというか」
「ははっ、綺麗なお姉さんと向かい合って照れているのかい? なかなか可愛いところがあるじゃないかキミィ」
「いや、どっちかと言うと、こう『違うなぁ』みたいな。胴から下だけビショビショに濡れた細っそいポメラニアンを見ている感じというか」
「そういうところ可愛くないねキミ」
どうにか違和感を言語化した俺に、佐久間輪は口を”へ”の字に曲げた。
でも仕方ないだろう。
ガスマスクのインパクトが、あまりに強過ぎたんだ。
ずっとこのままでいてくれたら、そのうち俺も慣れると思う。
……っと、そんなことより。
「それより、渡したい物ってなんなんですか?」
「ああ、そうだった。……コレだよ」
そう言って佐久間輪が白衣のポケットから取り出したのは、掌サイズのガラスの小瓶だった。
小瓶は縦長で、コルクで栓をされている。
中に入っているのは透明の液体だ。
当然、俺にはコレが何なのか分からない。
ただ、なんとなく抱いたイメージとしては。
「香水、ですか?」
「その通り。それもメチャモテール症候群の影響を抑制する特別性の、ね」
「っ!?」
その言葉に、俺は目を見開いた。
メチャモテール症候群の影響を抑制すると、佐久間輪は確かに言ったのだ。
まさか、もう治療薬が用意できたというのか。
「落とさないでくれたまえよ」
「そりゃあもちろん」
彼女から瓶を受け取る俺は、不注意で落としたりしないよう恭しい手つきで香水を制服のポケットに仕舞う。
だけど、ここでふと疑問が浮かんだ。
「……あれ、でもメチャモテール症候群症候群の治療薬って簡単には作れないって話なんじゃ?」
昨日、佐久間輪が自分で言っていた筈だ。
一年以内の完成をアテにするのは心許ない、って。
その言葉を真正面から受け取るなら、これは治療薬とは別物ということになる。
「その通り。こいつは謂わばトイレの消臭剤のようなものでね。メチャモテール症候群はフェロモン、つまりは匂いを通じて他者を魅了するものだ。であれば別の匂いで誤魔化してしまえ! という話さ」
なるほど、そういうことか。
なんとなく理解した。
要約すると、
「メチャモテール症候群っていうウンコそのものは消せないけど、臭いは失くせる。ってことか」
「そうだけど、例えが下品だね、もっと他に無かったのかい?」
「トイレを例に出したのアンタでしょうが。責任は最後まで持ちなさいよ」
ともあれ、これは中々悪くない。
つまり、この香水を付けていれば俺のモテ状態が緩和されるということだろう。
常日頃から感じている女子の視線から解放される。
そう考えたら、なんだか心が軽くなった気がしてきた。
「ともかく、これを付ければ女子たちから変なアプローチを受けることも無くなる。そういう認識でいいんですか?」
「ああ。但し、それはあくまで”症状が深刻化していない者に限られる”という点に深く留意してくれたまえ」
「どういうことですか?」
「すでに恋愛バーサーカーと化している者たちには効果がない、ということだよ。使い方はキミに任せるが、ともすれば恋愛バーサーカーを炙り出すリトマス試験紙として扱うのが正しい利用法かもしれないね」
「……ま、そう都合よくはいかないか。ともあれ、ありがたく使わせてもらいます」
残念。
恋愛バーサーカーにも効果があれば、悩みのタネが一つ解消されたんだけど。
まぁ、それは無いもの強請りか。
なにより、それ以外には効果が見込めるだけでも十分過ぎる。
そして恋愛バーサーカーが判別できるということは、先手が狙える可能性もある。
これも、かなりのアドバンテージだ。
お言葉に甘えて、積極的に使わせて頂こう。
「さて。それじゃあ必要な物は渡し終えたし、ここらで失礼するよ。また午後に会おう」
「ありがとうございました……って、午後?」
「おや、忘れたのかい。少なくとも一人、既に恋愛バーサーカーだと判明している少女が居るだろう? 私抜きで、どうやって彼女に対抗するつもりだい」
「あっ」
そうだった。
犬養さんを一撃で沈めた力を持つ、強大な相手。
卯ノ花さんが、学校で待ち構えている。
少なくとも彼女だけは、香水じゃなく恋愛バーサーカー用の治療薬で対処しなくちゃならない。
その為に、佐久間輪の存在は必要不可欠だ。
「授業が終わったら連絡してくれ。二人で彼女を迎え撃とうじゃないか」
「そうですね──ふぅ……よしっ」
深呼吸して、気合いを入れる。
次なる攻略対象は、卯ノ花さん。
彼女に立ち向かうべく、俺は覚悟を決めて公園を跡にした。




