二人の今昔 2/2
「自分語りとかやったこと無いんで、真似して結論から言わせて貰いますと」
俺は、そう前置きして佐久間輪に一人暮らしの理由を話す。
「”親の勧め”、です」
『へぇ、珍しい。独り立ちの予行練習とか、そんな感じかい?』
他でもない、親からの勧めで一人暮らし。
そんな俺の境遇に、佐久間輪は目を丸くした。
ただ、やはり理由を考えようとすれば前向きなイメージが先行するらしい。
来たるべき独り立ちに備えた早めの予行練習。
家族のありがたみを知る機会。
自己責任のもとに自由を経験、等々。
メジャーな在り方では無いにせよ、探せばそういう家庭もあるだろう。
だが俺の場合、実情は全く異なる。
「いえ、一旦地元から離れた方がいいっていう避難勧告に近いものでした」
『避難勧告とは、また穏やかじゃないね。何があったんだい?』
「どうせ察しはついてるんでしょう? 度を越したモテの影響で起きたイザコザですよ」
『ま、そうだろうね』
『知ってた』と、そう態度で応える佐久間輪。
というよりメチャモテール症候群なんて奇病を患っている以上、それ以外に思いつく理由もないだろう。
「ご存知の通り、俺はモテます。稀代のモテ男です。産まれてから今日まで、モテてモテてモテまくりな人生を送ってきました」
『ああ、知っているとも』
「振り返れば、そのモテエピソードは数知れず。一つづつ数え上げたらキリが無いので時代ごとに絞ってみても──」
幼稚園児の頃は、同じクラスの女の子から毎日チューをせがまれた。
小学生の頃は、ファンクラブなるものが知らぬ間に結成されて複数の女子が日替わりで身の回りを侍っていた。
そして、
「中学二年のバレンタインの日、俺に告白しようとした女子生徒が大怪我を負う刃傷沙汰が起きました」
『小憎たらしい自慢話から、急にサスペンスが始まったんだが?』
ガスマスク越しからでも伝わる、佐久間輪のドン引きする声。
うん、それが普通の反応だよな。
俺も話しててヤバいと思ったもん。
だが、こんなのは始まりに過ぎない。
「これが、俺が一人暮らしを始めるに至った出来事……の元凶です」
『元凶って……まさか、ここからの派生があるのかい?』
「その”まさか”です。理由は分かりませんが、このバレンタイン以降、堰を切ったかのように女子からのアプローチが激化していきました」
思い出せば、今でも身の毛がよだつ。
喋ったことも無い女子たちが、当たり前のように俺の家を訪ねてきたり。
『好き』という文字で埋め尽くされた差し出し人不明の手紙が、郵便受けいっぱいに詰められていたり。
自転車のサドルが盗まれて、代わりに丸めた五千円札が詰められていたなんてことも……いや、これはまだ笑える話か。
だが、極めつけは。
「家の鍵の差し込み口に、覚えのない傷が大量についていました。鍵開けようとしたら妙な引っ掛かりを感じて、なんだろうと思って確認したときの衝撃たるや……」
『……怖っわぁ』
佐久間輪、二度目のドン引き。
まあ、そうなるよな。
俺も気付いた瞬間、実際に『ヒッ』って悲鳴を漏らしたことをよく覚えている。
いや、むしろ漏らしたのが悲鳴だけで済んでよかった。
膀胱の溜まり次第じゃ別のモノまで漏らしていたと思う。
これまでの迷惑行為は、あくまで俺個人に向けられたものだからと気にしないようにしていた。
だけど、ここに来て家族にまで実害を及ぼすレベルのことが起き始めたんだ。
流石に俺も、覚悟を決めなくてはならない。
「もともとバレンタイン以降、卒業後の進路は地元か県外かで両親と話し合っていたんですけどね。この件は、地元を出る決定打になった感じです。で、今に至ります」
以上、説明終わり! と、両手を叩いて締める俺。
勿論、深堀りすればエピソードの数はこんなもんじゃない。
だが、バレンタインの被害者の子と俺の関係然り。
俺がモテまくるせいで妹に起きたこと然り。
どれも、あまり気持ちのいい内容ではない。
そのうえ本筋からもズレるので、ここでは語らないでおく。
そもそも佐久間輪が知りたがっていたのは、俺が一人暮らしを始めた理由についてだ。
なら、話した分で事足りるだろう。
実際、
『学力や家庭の事情ですらない理由でその二択を迫られたキミに、同情を禁じ得ないよ……』
佐久間輪は、『よよよ』と涙を拭う振りをしながら納得したように頷いている。
ただ、他に気になることはあったようで。
『しかしだ、少年。大したことないと前置きしていた割に、思いの外ショッキングな内容じゃなかったかい? お姉さんビックリしちゃったんだけど』
「えっ?」
佐久間輪は、そんな意味不明なことを宣った。
俺は、とても驚く。
まさか彼女が、それを言うとは思わなかった。
まったく、ブーメランを投げるのがお上手なことで。
「それアンタが言います?『大層なモノでもない』なんて言ってこっちのガード下げさせといて、とびっきりの右ストレートぶち込んできたクセに」
『解決した今となっては、笑いながらできる話だからね』
「聴いてる側は一ミリも笑えないンすよ。昔話も、あとDNAデータの方も!」
『あっはっは!』
「笑って誤魔化そうとするんじゃあないよ」
俺は、確信する。
この人、理由があればまた同じようなことをするだろう。
無論、彼女に悪意が無いことは分かっている。
でも、だからこそ質が悪い。
熟、頭の良いバカとは厄介なものである。
そんなこと思いつつ、俺がヤレヤレと肩を竦めると。
『そういえば、これも単純な疑問なんだけどね。キミは恋人を作ろうと思わなかったのかい?』
佐久間輪は、唐突にエライもんぶっ込んできた。
「……えっ、は、なんですかいきなり。セクハラですか」
『単純な疑問だと言っただろう。それに件のバレンタイン以前も、普通にモテてはいたんだろう? その間に恋人でも作っていれば、未然に防げた悲劇もあったんじゃないかと思っただけさ』
「…………」
『なにか言いたまえよ』
佐久間輪の言葉には、確かに一理あった。
俺も時折、昔を振り返ることがある。
その中で彼女と同じコトを考えたことが無いわけじゃない。
ただ真正面から向き合うには、あまりにシンドい部分があるというか、なんというか。
これ、言わなきゃダメだろうか? ……ダメっぽいなぁ。
だって彼女、ガスマスク越しからでも”圧”の視線が凄いんだもの。
話さないと先の会話すら出来そうにないもの。
……仕方ない。ここは、腹を括ろう。
「その……なんというか。バレンタイン以前の俺って、ハチャメチャに調子をコき倒してた時期でございまして……」
『なるほど、読めてきた。つまりは超短スパンで何人もの女子を取っ替え引っ替えしていたんだね』
「あ、いえ。逆なんです」
『んぇ?』
間の抜けた佐久間輪の声。
でもまあ、普通はそう考えるのが妥当だろう。
だけど俺の場合、その辺りがだいぶ捻くれていて。
「そもそも小学生の頃の俺は、恋愛の”れ”の字も興味ないガキンチョでした。そんなことより毎日飽きもせず、鼻水垂らしながらバカみたいに友達と野山を駆け回っていました」
当時は、女の子と付き合うということ自体よく分かっていなかった。
モテることに対しても、『なんか女子がよく声かけてくるなー』くらいに捉えていて自覚すらしていなかったと思う。
バカでアホで勢い任せ。
考えるより先に行動して、やらかすタイプ。
そんな小学生だったから、色恋に関しては一周回ってトラブルらしいトラブルも無かった。
問題は、その先。
「だけど中学に上がってから、周りが段々と色気づいてきました。で、俺も例に漏れず異性を意識するようになりまして。その過程で自分がモテることを自覚した訳なんですが」
『が?』
「……そこでまあ、変な調子の乗り方しちゃいまして」
『普通なら、それを聞けばダラシなく女遊びに興じていたんだろうと考えるが……さっきの話し方からして違うんだね?』
「はい。……一言でいうと、『レア感』に酔ってました」
『レア感?』
首を傾げる佐久間輪。
俺は頷く。
さぁ、黒歴史の開陳だ。
「よく”高嶺の花”とか”お高くとまってる”みたいな表現あるじゃないですか? ……あれをリアルで、思いっきりやってたんですよ」
『ごめん、笑っていい?』
「蹴っ飛ばしますよ」
佐久間輪は、棒読み口調でコチラにそう尋ねてくる。
ただ彼女の言い方は、笑いを堪えようとして意識的に声を抑えている感じに近い。
まったく、人の黒歴史を笑うなんて失礼な人だ。
俺は、ムカついたので詳細を付け加える。
「だけど事実としてモテ続けたもんだから余計に選民意識みたいなの拗らせちゃって、結局誰とも付き合わないままバレンタインに突入したんです。そこからは、さっき話した通り。……要は、強力なカード引いたのに後生大事に抱え過ぎて、そのまま使い所を見喪った感じですね」
『ン゛ッッッ……キミ笑わせにきてるだろう!? そういうのネタにするの良くないと思うなぁ!』
「別にネタのつもりで言ってませんよ」
『嘘つきだ! 絶対ちょっと狙ってた!』
佐久間輪は、笑ってるのか怒ってるのか分からない声を上げながら俺を指差す。
うーん、ガスマスクが無ければ今の彼女の感情が分かるのになぁ。
残念。
いや、別に残念でもないか。
というか俺の昔話は、もう十分だろう。
本来するべきは、こんな話じゃなかった筈だ。
「それより今後について話しましょうよ。メチャモテール症候群とか、恋愛バーサーカーのアレコレとか」
『……そうだね、そうしよう』
佐久間輪は、息を整えて俺へと向き直る。
まだ若干肩が震えているが、気にしない。
そのうち収まるだろ。
なにより本題に入れば、そんなこと思い出すヒマも無くなるのだから。
即ち、
「そもそも、メチャモテール症候群って何なんですか? どうすれば治るんですか」
俺がモテる理由であり、全ての元凶。
それが『メチャモテール症候群』。
説明自体は、今朝に佐久間輪から公園で受けた。
でも、あの時は不審者の戯言として適当に聞き流していこともあり内容をよく覚えていない。。
おさらいの意味も含めて、俺は改めて彼女に問う。
『ふむ。それじゃあ軽く、おさらいからいこうか』
佐久間輪は、コクリと頷いて話し始めた。
『基本的には、今朝話した通りだよ。キミの身体からは常時、異性を虜にする強烈なフェロモンが放出されている。その状態こそがメチャモテール症候群だ』
うん、そこは覚えている。
重要は次だ。
彼女があの時言ってたのは、確か──。
『さて、治し方だが……これも説明した通り。『キミが本気の恋をして、それを成就させること』だ』
「そこなんですよ、分からないのは。どうして俺の恋愛成就がメチャモテール症候群を治すことになるんですか」
最初に聞いた時は、意味不明な与太話だと思っていた。
今となっては、佐久間輪の言葉を疑う気はない。
相変わらず奇妙だとは思うけど。
ただ疑問はある。
単純に、『どういう仕組みでそうなるのか』についてだ。
『実を言うと、フェロモンの放出自体は元から人体に備わっている機能なんだ。意識的に放出したり知覚できるわけじゃないから、迷信扱いされることもあるけどね』
「え、そうなんですか?」
『ああ。そしてフェロモンが放出される状況というのは、得てして心身に何かしらの負荷が掛かっていたり、或いは極限状態に陥っている場合とされている』
「負荷に、危機的状況……。あれ? でも俺、物心ついた時から今まで絶え間なくモテ続けてますよ。その理屈じゃ、俺はずっと極限状態に陥ってなきゃおかしくないですか」
危険な目にあったことは、これまで生きてきた中でも沢山あった。
それこそモテ関連のイザコザから、子ども特有のシンプルなバカ行為まで。
だけど四六時中、身の危険を感じているかと言われれば、そんなことはない。
寝る時はリラックスしているし、遊ぶ時は楽しんでる。
空腹時に食べるゴハンは幸せだし、楽しみにしている映画の公開前日はずっとワクワクしっぱなしだ。
少なくとも、それらの時間を極限状態とは呼ばないだろう。
だのにメチャモテール症候群が収まったり緩和したことは、俺が意識している限り一度もない。
いつでもどこでも、どんな精神状態でも。
そこに異性が居れば視線を浴び、時には声を掛けられ、なんか勝手に運命を感じられたこともあった。
これは一体どういうことなのか。
『さて、それについては私の知る由もない部分だ。ただ一つ、個人的な説を唱えるなら。どういう訳かキミの身体は、キミの意思とは無関係に今を極限状態と認識しているということだろう』
「自分では危険と思っていなくても、肉体はそう思い続けていると。……そんなことあるんですか?」
『無いこともないだろう。ザックリ言えば、「自分ではちょっとした喉の渇きに感じていても、身体は思ったよりヤバめの水分不足に陥ってる」、みたなことだよ。もしくは高齢者の夏場エアコン問題で例えた方が分かりやすいかな』
「あぁ……納得しました」
言ってしまえば、意識と肉体の齟齬。
自分は大丈夫だと考えていても、身体は反応してしまうということか。
猫だましをされたとして、事前に通告されていようと反射的に目を瞑ってしまう感じだろう。
同様に俺の身体は、どういう訳かずっと今を極限状態と勘違いしたままでいる、と。
でも、そうだとして。
それが俺の恋愛成就と、どう繋がるのだろう。
そう思っていると、
『フェロモンの放出とは、謂わば生物が種を残すために自分を魅力的に見せようとする本能のようなものだ。つまり「好きな相手と結ばれた」と、そう本気で思えることで漸く収まるのさ』
「な、なるほど……?」
なんだか、どんどん話がややこしくなってきた気がする。
それでも佐久間輪の言う『恋愛を成就させること』の必要性は、どうにか理解できた。
ただ、そこに一つ気になることがある。
「ところで結ばれた判定っていうのは、具体的にどういう……」
『さあ? その辺のライン引きはキミ次第だ。カップル成立時点だろうが、手繋ぎやキスといった肉体的接触だろうが、あるいは性行為だろうが。キミが心から愛で結ばれたと感じた瞬間が”その時”だよ』
「そこ丸投げなのかよ……」
『こればっかりは気持ちの問題だからね』
他人事のように言う佐久間輪。
いやまあ、それはそうなんだけどさ……。
理屈は分かった。が、とはいえどうしたものか。
だって俺、本気で人を好きになったことなんて一度しかない。
その一回も、幼い頃に観ていた教育番組の歌のお姉さん相手だ。
そしてその想いは、とっくの昔に鎮火している。
果たして、今から本気で誰かを好きになることが出来るのか。
気持ちの問題と彼女は言ったが、まさにその通り。
『人を好きになるのは理屈じゃない』。
今の俺は、まさにそこから躓いている。
「はぁ……自信ないなぁ」
思わず、そう弱音を吐くと。
『愚痴を零してる場合じゃないよ。”デッドライン”は、長く見積もっても残り一年も無いんだから』
佐久間輪は、そんな聞き捨てならない言葉を口にした。
「……へ、デッドライン? なんですかそれ」
『おや、これも話した筈なんだがね。キミのフェロモンは、無から湧き出している訳じゃない。当然、源が存在する。俗に生命力と呼ばれるものだ』
「せい、めい、りょく?」
『そう。源である生命力が尽きれば、どうなるかは言わなくても分かるだろう? そうでなくてもキミの身体は、極限状態というストレスに常時曝されているんだ。このままじゃ、どのみち長生きはできないよ』
「……」
眼の前がチカチカするというのは、こういうことなんだろう。
突然齎された余命宣告に、俺は呆然と黙り込む。
えっ、俺、恋愛成就しないと死ぬの?
『さて、それじゃあ今後の方針について纏めといこう』
一方、佐久間輪は意気揚々と拳を掲げる。
『キミは、本気で好きになれる相手を見つける。私は、そんなキミをサポートしつつ恋愛バーサーカーに立ち向かう。方針としては、一旦これでいいかな?』
「……気軽に言ってくれますね。そもそもメチャモテール症候群そのものを治す薬とかは作れないんですか?」
『それこそ気軽に言ってくれる。作れるか作れないかで言えば「作れる」が、完成するまでの時間の目処が立たない。恋愛バーサーカー用の治療薬だって作るのに結構な時間を要したんだ。その根本の治療薬ともなれば、一年以内の完成をアテにするのは心許ないね』
「……そうですか」
『大丈夫! 容姿、性格、声、所作、なんでもいい。少しでも気になる相手を見つけたら、とにかくガンガン交流を深めていけばいいんだよ。メチャモテール症候群があれば、少なくとも振られる心配はないんだからさ』
「そもそも、その奇病のせいでこんなことになってるんですけどね」
佐久間輪は、俺の肩をバシバシと叩く。
そんな彼女に、俺は溜め息。
とはいえ、これでやるべきことは明白になった。
リミットは一年。
その間、恋愛バーサーカーという危険を乗り切りながら本気で好きになれる人を探す。
うん。気分は、かなり絶望的だ、
それでも、やるしかない。
だったやらないと死んじゃうから。
『それじゃあ少年、早速明日からよろしく頼むよ』
「はぁ……よろしくお願いします。佐久間さん」
佐久間輪が差し出した右手を、俺は握り返す。
そんなこんなで今日、この日。
俺──愛沢恋矢の、「人を好きになること」を知る物語が始まった。
今話にて、所謂序章は一区切りとなります。
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