二人の今昔 1/2
『……っと、せっかくだから大袈裟に言ってはみたけどね。実際はそこまで大層なモノでもないよ』
「えぇ……」
まるで壮大な物語の始まりを告げるような口上から一転。
佐久間輪は、いつもの飄々とした調子でそう言った。
おいコラ。おいコラ不審者おい。
「こちとらシリアスな話が始まるんじゃないかって気を張ってたんですけど。なんでそんな無駄なパフォーマンスを……」
『求められたうえで自分語りをする機会って中々ないからね。ちょっとカッコつけたくなっちゃった』
「『なっちゃった』、じゃないんですよ。拗らせた中高生かアンタは」
『いや、天才さ』
「そういうコトじゃねぇんだよ」
真面目な話をしようとすれば、すぐコレだ。
心に余裕が出てきた証拠と思えば、悪いことではないのかもしれない。
が、時と場合を考えてほしい。
この調子では、この後どれだけ横道に逸れるか分かったもんじゃない。
なので俺は、さっさと佐久間輪に続きを促す。
「とにかく本題に戻ってくれませんか。俺を助けてくれた動機について」
『おっと、そうだった。……とはいえ長話をするつもりもないので、先に結論だけ言わせてもらうが──』
そう言って、ワザとらしく溜めを作る佐久間輪。
だが俺はツッコまない。だって時間のムダだから。
すると彼女は、ちょっとだけ悲しそうに肩を竦めててから口を開いた。
『……私がキミを助けようと思った動機は、謂わば純然たる”お節介”というやつだよ』
「お節介?」
『その通り。ま、コレに関しては説明するより実物を見せた方が分かりやすいだろう。ちょっと待ってくれ』
「え、なに、実物?」
お節介に実物? どういうことだ。
俺は、彼女の言ってる意味が分からず首を傾げる。
そんな俺を余所に佐久間輪は、両手を後頭部に持っていく。
どうやらガスマスクを外そうとしているらしい。
そして十数秒ほど、ガスマスクを締めるベルトを弄くった後。
『すまない少年、ちょっと手を貸してくれ。外せない』
「いちいち段取り悪いなぁ……」
佐久間輪からのSOS。
やはりというか、ガスマスクを外せない模様。
彼女は、正座して俺に背中を向けると自身の後頭部を指差す。
……俺、段々この人のことが心配になってきた。
いつか目の前の蝶々を追いかけて、崖から落っこちるようなことにならないだろうか。
俺は、溜め息をつくと共にベルトに触れる。
「なぁーんで自力で外せないようなもの着けちゃったですか。今までどうしてたんですか」
『いやぁ、少しばかり気合いが入り過ぎてしまってね。それと普段使いしている訳じゃないから、そこは勘違いしないでくれたまえよ』
「え、そうなんですか? じゃあ何で今回に限って」
『それも含めて説明するよ。作業したまま聴いていてくれ』
そう言って佐久間輪は、俺に作業を任せて語り始めた。
『私がガスマスクを着ける理由は二つある。一つは、メチャモテール症候群の防疫フィルターとしてだ』
「防疫フィルター?」
『その通り。実はこのガスマスク、私が開発した特別性でね。まだキミに魅了されていない者がこれを装着すると、その間メチャモテール症候群の影響を受けなくなる。つまりどんな女性もニュートラルな気持ちでキミと接することが出来るようになるのさ』
「なにそれ凄く便利! ……って、あれ? それじゃあコレ外したらマズイんじゃ」
『それについても心配無用だ。治療薬は私も服用済みだからね。これは、あくまで保険。インフルエンザの予防接種を終えた後でも、手洗いやマスクは基本欠かさないだろう? それと同じようなものさ』
「なら大丈夫……なのか? ていうか、その言い方だとまるでウイルス扱いだな、俺」
『あはは、面白いことを言うね。確かにキミは、現状似たようなものだ。中々のセンスをしているじゃないか』
「……」
ケラケラと笑う佐久間輪。なんかムカつく俺。
一瞬、このまま彼女の頭を引っ叩いてやろうかと思った。
けど、耐える。
ここで暴力に訴えるのは、なんだか負けた気がするから。
俺は、数秒だけ目を閉じ深呼吸。
……よし。平常心を取り戻せた。
そして同時に、ベルトを外すことに成功する。
「外せましたよ」
『ありがとう。さて、二つ目の理由だが』
佐久間輪は、俺の報告に礼を告げると背中を向けたまま下を向いてガスマスクを外す。
そういえば、ずっと気になっていた。
彼女のガスマスクの下は、一体どうなっているんだろう、と。
最初に言っておくが、俺は別に女性の顔で態度や扱いを変えたりはしない。
どれだけ素朴な顔立ちだろうが、或いはどれだけ絶世の美女だろうが。
皆、等しく警戒するだけだ。
ただ隠されていると中身を知りたくなってしまうのは、やはり人の業というもので。
無理やり覗き込もうとはしないけど、やっぱりそれなりの好奇心はあった。
すると、
「一先ず少年、私の顔を見てくれるかい」
佐久間輪は、そう言って唐突に振り返った。
ガスマスクを外したことで、くぐもった声がクリアになっている。
不審者らしからぬ、綺麗で透き通るような柔らかな声だ。
声だけの印象なら、これまでの奇行をするような人とは到底思えないだろう。
……っと、それはそれ。
今重要なのは、声じゃない。
果たして、露わとなった彼女のご尊顔は──。
「……綺麗、っすね」
「ふむ、ありがとう」
『綺麗な人』という他無い、そんな顔立ちをしていた。
形の良い輪郭の小顔。
高い鼻に、潤みのある桃色の小さな唇。
大人っぽい雰囲気を醸し出す二重瞼。
どこか怪しさを感じさせる紫色の瞳。
左右対称の整った目鼻立ち。
うん、間違いなく美人さんだ。
しっかりオシャレして姿勢に気を遣うだけでも、道行く男たちは思わず振り返ってしまうだろう。
俺ですら視線を持っていかれるかもしれない。
だけど、
「……、……?」
「おや、なにか気になるところでもあったかい?」
「えっと、はい」
なんとなく違和感があった。
それが気になって、不躾とは理解しつつも彼女の顔を凝視してしまう。
そして、気付いた。
「なんか左目の周りだけ、肌の色が違うような……」
佐久間輪の左目の周り。
具体的には、前髪の付け根から左耳の中心にかけて左目を巻き込む形で不自然に肌の色が白くなっていたのだ。
とはいえ、かなり近くに寄って凝視しなければ気付かないレベルである。
佐久間輪が『私の顔を見てくれ』と言っていたのは、ひょっとしてコレのことだろうか。
確かめるように、そう呟くと。
「ふふっ、正解だ。……やはり間近だと気付かれてしまうか」
「へ?」
佐久間輪は、そう言って俺から顔を離すと再びガスマスクを被った。
……気のせいだろうか。ガスマスクを被る直前の彼女の表情が、どこか落胆しているように見えたのは。
だけど彼女は、これまでと同じテンションで再び口を開く。
『お察しの通り、これが”動機”だ。……昔語りになるが、私は幼い頃から高校中期までの間、原因不明のとある症状に悩まされていてね』
佐久間輪の声色は、普段通り飄々としていた。
だけど、ほんの僅かに震えている。
……そんな気がする。
『私が産まれて暫く経った頃、左の瞼に小さなゴマ粒のようなものを見つけたのが始まりだったそうだ。当初のソレは本当に小さくて、黒子だと思われていたらしい』
「……」
佐久間輪は、ハハハと笑う。
俺は、黙って聞き役に徹する。
『だけどその黒子は、私の成長に合わせて大きくなっていった。”広がる”じゃないよ、”大きくなる”だ。そして幼稚園生の頃には、そりゃあ凄いコトになっちゃってね』
「凄いコト?」
『ああ。コブとり爺さんの昔話は知っているだろう? あのコブを黒くして、左瞼にくっつけた状態をイメージしてほしい。視野は狭まるし、ぶら下がって痛いし、見た目もサイアク。もう散々だったよ』
「っ……」
『ははっ。そういう反応になるよね』
想像してしまい、思わず眉を顰めてしまった。
そんな俺の反応に、佐久間輪は受け流すように笑う。
今度の彼女の声に震えはない。
ただ、諦めるような息遣いだけが感じられた。
『当時の私は、それが凄まじくコンプレックスでね。おまけに同年代の子どもの情操教育なんて到底期待できたものじゃない。直接的な言葉を何度も浴びたさ』
「病院とか、行かなかったんですか?」
『もちろん行ったし、手術だってしたさ。だけど切除する度に新しく発生してね。しかも以前より成長速度が早くなるときたモンだ』
「っ!?」
『不幸中の幸いなのは、見た目が悪いだけで人体には無害だった点だ。だから無理に治療はせず、自然治癒を待つ運びになった。……というか原因不明と言った通り、それ以外に方法が無かった。辛くはあったが、当時の私も仕方ないと割り切っていたよ』
「……」
『ただ、そんなものを拵えたまま突入した思春期は中々に地獄でね。ただでさえ精神が不安定になる時期なうえ、その見た目から絶え間なく、しかも面白半分に幾度も悪意をぶつけられたものさ。自死を考えた数なんて両手足の指じゃ到底足りないよ』
佐久間輪は、努めて明るく笑いながら話す。
俺は、少しも笑えない。
だって、そんなの余りに辛すぎる。
もし俺が同じ経験をしたとして、こんな風に笑って話せるだろうか。
答えは簡単、『無理』だ。
それどころか、きっとどこかで折れていただろう。
……でも、だからこそ疑問が残る。
単純に、この話からどうやって俺を助ける動機に繋がるというのか。
すると、
『だけどある日、私の人生に転機が訪れた。私の症状が、とある研究者の目に留まったんだ』
ここで、佐久間輪の声色が明らかに変化した。
これまでが暗いジメジメした日陰だったとすれば、こっちは雲が晴れて陽射しが差し込んできたような明るさだ。
彼女は続ける。
『この辺りのアレコレについては、語り始めると本ッ当に長くなるので端折らせてもらう。とにかく、その研究者が導き出した研究データと、それを元にした医療技術。そのお陰で高校二年の秋頃、私の左瞼の症状は無事完治したんだ』
「すごい急展開!?」
『ははっ、だろう! 私も長らく抱えていた悩みが思いの外あっさり解消されて、しばらく現実味を持てなかったよ。ちなみにキミが気付いた左目周りの白い部分、これはその手術の名残だ』
そう言って佐久間輪は、ガスマスクの上から自身の左目をコツコツと叩く。
そして続ける。
『それからは、文字通り世界が見違えたよ。何をするにも自信を持てて、それなりに楽しく過ごしていた。だけどある時、ふと思ったんだ。「私、将来どうしよう」って。これまでは症状のことに頭がいっぱいで、先のことなんて少しも考える余裕がなかったからね。そこで、私は閃いた』
直後、佐久間輪の瞳の奥が(たぶん)輝いた。
『そうだ、天才研究者になろう。って』
「漠然としているのに、軽いノリで一気に五段階くらいギア上げましたね」
『ハッハッハ、違いない!』
高らかに笑う佐久間輪。
その声に、もう震えはない。
諦めも感じない。
『キミが言った通り、すごく漠然としている。だけど一つだけ明確な目的……というか目標はあったんだ』
ガスマスク越しに、彼女の視線と俺の視線がぶつかる。
『それはね──原因不明の症状に苦しむ人たちを救いたい、というものさ。そして目標を決めてからの私は、まさに学びの化身だった。ひたすらに知識を深め、がむしゃらに見聞を広げ、あらゆる未開に手を伸ばしたものさ』
「へぇー……あれ、じゃあアンタは今何歳なんですか。高校二年に治って、そこから研究者を目指し始めたんですよね? 成長速度ヤバいなんてレベルじゃないでしょこれ」
単純に気になった。
完全にルックスからの判断だが、彼女はまだまだ若者の部類だろう。
なのに対メチャモテール症候群用のガスマスクを開発したり、恋愛バーサーカーの治療薬まで作ったり。
あとヤバい煙玉だったりと、そういった方面に詳しくない俺でも凄いと分かるようなモノを発明をしている。
『実は薬で若返ってます』と真顔で言われたら、普通に信じてしまうかもしれない。
『女性に年齢を訊ねるのはマナー違反だと親に教わらなかったかい? まあ隠すようなものじゃないから答えるが。今年で二十三になる』
「二十三!? じゃあ研究者を目指してから、まだ五〜六年くらいなのか……」
『何度も言ってきたが、私は天才だからね。余計なことに苛まれず脳のリソースをフル活用できれば、この程度はお茶の子さいさいさ』
佐久間輪は、フフンと胸を張る。
きっとガスマスクの下では、小鼻を膨らませてドヤ顔を浮かべているんだろうな。
それにしても『原因不明の症状に苦しむ人を救いたい』、か。
じゃあつまり、俺の前に現れた理由は。
「なら俺のメチャモテール症候群も、どこかで耳に入ってたってことですか?」
『あくまで噂程度だったけどね。見つけられたのは、本当に偶然だった』
「と、いうと……?」
『噂の出所──つまりはここら近辺を適当にブラついていた時にね、ただすれ違っただけの少年に矢鱈とトキメイたことがあったんだ。今まで恋なんてしたこと無かったし、これはオカシイぞと思って色々調べてみた。そしたら』
「俺と、メチャモテール症候群にたどり着いた」
『正解。で、そこからコッソリ普段のキミを観察したり、DNAデータを集めたりして治療薬を用意した訳さ』
「なるほどなぁ…………ん? ちょいちょいちょい待って。え、なに、DNAデータ?」
どうして佐久間輪が俺を助けてくれたのか、その動機は大体わかった。
今なら彼女が語り始める直前、『エゴの話』と言っていたのかも理解できる。
要するに、助けられた自分も他の誰かを助けたいという自己満足のため、ということだろう。
その考えは、とても崇高で素敵なことだと思う。
わざわざ卑下するような言い方なんてしなくていいと思うし、人として素直に尊敬できる理由だ。
が、そこで一旦急ブレーキ。
いまDNAデータとか言ってなかった?
「俺、そんなの提供した覚え無いんですけど。どういうことなの……」
『あぁ、大変だったよ。治療薬作りには、当然だがキミの身体情報が欠かせない。だからキミの足跡を辿り、時には抜け落ちた毛から、時には捨てられたゴミを漁りながら毎晩こっそりDNAを採取していたんだ』
「あれアンタの仕業だったのか!?」
俺は、思わず大声を出してしまった。
一時期、出したゴミが漁られていることが度々あったからだ。
当時は、好意的に考えてカラスや野良猫。
妥当な線として、学校のヤバい女子の仕業だと思っていた。
が、まさかのコイツが犯人だったとは。
「怖っ、普通そこまでします? せめて一声掛けるなりしてくれれば」
『逆に訊くけど、見ず知らずのお姉さんに「DNAデータを採らせて欲しい」と言われてキミは頷くかい? もしくは同内容の手紙が郵便受けに投函されていたとして受け入れられる?』
「……ノータイムで通報ですね」
『だろう? 結果が分かりきった許可取りほど非効率的なコトもない。それにこうして結果も出たんだから、それでいいじゃないか』
「クソっ、頭では理解できるのに心が納得できねぇ……」
佐久間輪の言い分は、いってしまば『終わりよければ全て良し』の結果論だ。
とはいえ、それに助けられた身としてはこれ以上の文句は言いづらい。
結局、俺に出来るのはバツの悪い表情で彼女にそっぽを向くことだけだった。
『さて。私のことは、これで大体語り終えたわけだが』
と、ここで佐久間輪は、何かを思いついたように口を開く。
そして俺を指差して言った。
『次は、キミの番だ』
「え、俺?」
『私だけ生い立ちを話すのも不公平だろう! ザックリでいいから、せめて一人暮らしの理由くらいは説明してくれないかな』
「なんでそんなことを」
『100パーセント私の好奇心だ』
「さっきまでの論理的な会話はどこいった!? 理由が子どもの言い分過ぎるだろ……」
理屈なんて無かった。
佐久間輪は、勢い任せにそう宣う。
……まぁでも、ここまで直球で言われると勘繰る気も起きない。
それに、どの道これから協力するにあたって自ずと知られることだ。
グイグイと顔を近づけてくる佐久間輪を押し戻しながら、俺は溜め息と共に呟く。
「アンタと比べたら、全然大した理由なんてありませんよ。本当に」
『ただの興味本位だからね、それならそれで構わないさ。終わったら今後の話し合いをして、今日はお開きとしよう』
「はぁ……。あんまり期待しないで下さいね」
そして俺は、ちょっとした昔話を始めることにした。




