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魔王の器  作者: 北崎世道
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直感

 ゼンボル氏が応接室に入ってきた。彼は僕達が席で待ってない事に気付き、煩わしそうな目を向けてきた。「折角、私が応対しに来たというのに、なんとも無礼な奴だな。おとなしく待つこともできんのか」


「まあまあ」と僕こと、アウルアラが言った。僕に乗り移ったアウルアラだ。彼女にはなにやら考えがあるようだが、一体どういうものだろう。二階で何かを見たと言っていたが、それだけで何が分かったというのか、僕にはサッパリ見当もつかない。


 アウルアラが頭を下げた。


「今回は突然の来訪に応対していただき誠にありがとうございます。偉大なるイラ神に誓って決して後悔はさせませんので、ご安心ください」


 そこは、決してお時間は取らせません、ではないのだろうか。そんな風に言うって事は、やはり彼女には何か考えがあるのだ。僕は期待と安堵の気持ちでアウルアラを見た。イラ神?


 ────大丈夫じゃろか?


 おいおま、マジかよ。


 ────やかましい。こっちだって、見切り発車、行き当たりばったり、ぶっつけ本番なんじゃよ。


 泣き言まみれなMIBだ。見切り、行き当たり、ぶっつけ。ここには記憶を消すペン型装置などないんだぞ。どうしてくれる。 


 当然アウルアラは僕の言葉には反応せず、両手を拡げ、悠々と応接室内を歩き始めた。その途中でメイドさんの近くを通り、ぼそりと何かを呟いた。何を呟いたかは僕には分からなかった。ゼンボル氏は呟いた事さえ気づかなかっただろう。そのままアウルアラは何事もなかったかのように歩き続け、色々と喋り始めた。


「さて、今回私がここに来たのは貴方にお尋ねしたい事があるからです。ですが、その前にいくつかご確認したい事があるのですが、よろしいでしょうか。まず、ひとつ。貴方はつい先日、貴方の御親戚であるジャントル・グランス氏がお亡くなりになった事はご存じでしょうか。ああ、結構。その反応を見る限りご承知である事は判りました。でしたら次、彼が亡くなった理由はどうでしょう? ジャントル・グランス氏が亡くなった理由を貴方はご存じでしょうか?」


「…………強盗に襲われ殺されたと聞いている。人道から外れた身なら当然の最期だな。起きるべくして起きた結末だろう」


「という事は、彼が自身の殺害を望んだという事は知らないようですね」


 ゼンボル氏の目がくわっと見開かれた。しかしそれも一瞬で、すぐに平静さを取り戻して、


「…………ふん。だとしても私には関係ない事だ」


「そうですか。実は、私はその理由についてお聞きしたいと思ってきたんですよ。何か心当たりはございませんか? 些細な事でも構いませんので」


「ないな。あの男とはとうの昔に縁を切ったのだ。悪いが、あの男について訊きたいのなら力にはなれんな。帰ってくれ」


「申し訳ありません。だとしても、はいそうですか、と簡単に引き下がる事はできないんですよ」アウルアラは接客業みたいな笑顔で言った。椅子に座るゼンボル氏に顔を近づけて、「実は私、こう見えてもかなり切羽詰まってまして。ここで貴方が力尽くで追い出そうとしても、無理やり居座って、力尽くで話を聞きださないといけないくらいに追い詰められてるんです。なんだったら理由をお聞かせしてもいいんですが、もしかすると貴方が巻き込まれる可能性もあるので、できれば聞かない事をお勧めします」


「……………………」


 ゼンボル氏が口を開きかけたが、すぐに閉じた。アウルアラの言ってる事は完全に反社の脅迫だが、確かに嘘ではない。後先考えない無敵の人状態だ。やっぱり反社だ。こうなると、最初にここの警備員だかボディガードだかを一蹴したのは正解だったように思える。


「一体何を話せばいいのかね」


「彼について知ってること全てを」


「ふん。あいつはまだ私が子供の頃にこの家を出たのだ。知ってる事なんてないな」


「何歳に出て行ったのですか? 貴方と彼との年齢差は?」


「……出て行ったのはあいつが十五歳で、私が十四だったな」


「彼はどんな人間でした? 貴方にはどんな風に接してました?」


「さあな。確かに同じ家に住んではいたが、特に仲良くはなかったんでな」


「嘘ですね」アウルアラが核心を突く様に言った。「仲は良かった…………いや、厳密には向こうは貴方に優しかったが、貴方が彼を嫌っていた。そうじゃないですか?」


「な、何を根拠にそんな事を────、」


 ゼンボル氏が狼狽した。それだけでアウルアラの指摘が的を得ているのだと、僕にも解った。


 アウルアラは言った。


「初めは直感です。ですが、この館の造りを見て、その直感が合ってると確信してました」


 確信というのはおそらくはったりだろう。じゃないと、最初に見切り発車とか言ってないと思うし。


「この館、随分と広いですよね。庭もそうですし、建物内に入っても、随分歩かないとどこにも辿り着けません。ですが、一度奥に入り込んでしまうと、普通の館と変わりません。内装の密度と言いましょうか。入り口の方にはあまり物などはありませんが、階段近くまで来ると、随分とインテリア品が多く置かれてました」


 言われてみればそうだった気はするが、そう特に変でもない気がする。偶々ではないだろうか。


「私のインテリアのセンスが悪いと言いたいのかね?」


 ゼンボル氏が右の眉尻を上げながら言う。 


「いいえ。違います。センスは悪くありません。むしろ良いです。私が言いたいのは、それが貴方の外部への警戒心を表していると言いたいのです」


 やっぱり偶々ではないだろうか?


「警戒心なら当然持ち合わせているさ。一応、それなりに裕福なつもりだからな。もしかしたら無意識のうちに警戒心が出ていたかもしれんな。キミの指摘通りに」


 ここら辺はゼンボル氏も特に否定しなかった。


「この応接室も見てくれは随分と立派です。掃除が綺麗にされてます。さっき棚を調べさせてもらいましたが、ほこり一つありませんでした」


「それはウチのメイドが優秀だからだ」


 と、ここでゼンボル氏が、先程まで控えていたメイドの姿がない事に気付いた。


「……メイドは何処だ?」


「さあ? お手洗いじゃないでしょうか?」


 アウルアラがしれっと嘯く。


「この状況で私の許可なく勝手に出て行くような教育はしてないつもりだがね」


 どうやらゼンボル氏も、アウルアラの仕業と気付いたらしい。


「どういうつもりだ?」


「なあに。大した事じゃありません。二人きりで話した方が都合が良いと思っただけです。貴方にとっても」


 ゼンボル氏がアウルアラを睨む。アウルアラは平然とした様子でわざとらしく肩を竦める。


 ────いや、内心ドッキドキじゃがな。


 マジかよ。


「話を戻しましょう。この部屋は綺麗に掃除されている。だが、実のところあまり使われていない。要は、貴方は世間体を気にするタイプのようですね。警戒心が強く、そして世間体を気にする。それが、私がこの館を見て確信した事です」


「…………だから何だというのだね?」


 ゼンボル氏が不機嫌さを露わにする。いや、最初からそうだがアウルアラの推理を聞いて、特に機嫌の悪さが増していった。


 しかし、アウルアラは引かない。


「いえ、貴方のその性格はおそらくジャントル氏への劣等感から来ているんじゃないかと思ったんですよ。聞いたところによると、当時ジャントル氏はものすごく優秀だったそうですから」


 いよいよゼンボル氏の怒りが臨界点まで達しようとしていた。


 だが、それでもゼンボル氏は冷静さを保とうとする。いくら無敵の人状態とはいえ、ここまで来て、追い出されないのはむしろ変な気がする。


 ────神に誓った甲斐があったもんじゃな。


 神に?


 ────この館にその手の装飾があったんじゃよ。宗教のな。実はさっき語った内装の件についても、少なからず関係があるんじゃ。


 マジかよ。それは全然気づかなかった。


 ────そうじゃろうな。この神はこの時代ではあまり有名ではなさそうじゃし。お主が知らんでも無理はない。


 そうなんだ。えっと、それでそいつは何の神?


 アウルアラは無視して、ゼンボル氏との話を続けた。


「ジャントル氏への劣等感。それから神への信仰心。それが、貴方のその殻に閉じ籠る性格を作った原因じゃないかと思ったんです。それについて何か反論はありますか?」


「知らんな。お前がそう思うなら、そうじゃないのか。私は知らん」


「……………………成程」


 ゼンボル氏の拒絶を見て、アウルアラが納得を深めた。いや、これは確信したといっていい。


 態度からそれが読み取れる。僕でも読み取れる。


「やはりそうでしたか。私の推測通りです。貴方がジャントル氏に抱いているのは単なる劣等感だけじゃない。だけど安心してください。貴方は既にジャントル氏を超えている。正直、能力的なところは私には判りません。もしかすると未だジャントル氏に敵わないのかもしれません。ですが、貴方が望む部分はとうに超えています。でなければ、彼女はとうに貴方から離れていたでしょう」


「…………な、な、何を言っている?」


 アウルアラの言葉に、ゼンボル氏が明らかな狼狽を見せた。先に見せたモノとは明らかに程度が違う。誤魔化す余裕さえない。


 アウルアラはとどめを刺すように言った。


「奥方の心は既に、貴方のモノだと言っているのです」


 そして手を叩いた。


 すると、扉からメイドさんと、別の女性が現れた。話の流れや女性の雰囲気から、おそらくはゼンボル氏の奥さんだと思われる。


「あなた……」「お、お前……」 


 やっぱり奥さんだったようだ。


「話、聞いてたわよ。貴方、私がジャントルさんに惹かれてた事に気付いてたのね」


「そ、それは……」慌てふためくゼンボル氏。今の彼にはこのデカい館の主である風格はない。奥さんにビビり散らかすただの年老いたジジイだ。


 奥さんが言った。


「あんまり私をなめないで」


「!」


「私が妥協して好きではない男と付き合うような女に見えるの? 私が好きでもない男と何十年も一緒に居ると思うの? 違うわ。何十年も積み重ねてきた私の人生といってもいいあなたへの愛を、そんなくだらない嫉妬で否定しないで」


「…………おまえ……っ」


「愛してるわ、あなた。これまでずっと。そしてこれからもずっと」


「…………あぁぁぁっ」


 ゼンボル氏の涙腺が崩壊した。


 彼は泣きじゃくりながら、奥さんに抱きついた。


 奥さんは旦那を優しく抱きしめる。


 それをメイドさんは涙ぐみながら見守っている。


 僕は置いてけぼりな感じで、その光景を見ている。


 アウルアラにいたっては「こいつら、七〇にもなって人前でおっぱじめんじゃろうな?」と僕にしか聞こえない声で呟く。


「一応、避妊魔法でも掛けとくか……いや、とうに閉経しとるか」


 黙ってろ。



 ◆



 館を出て、アウルアラから身体を返してもらった僕は、歩きながら近くの全裸石像の性器を適当に殴っていた。まるで見せつけるかのようなポーズがいつもだったら腹立たしく思う筈だが、今はどうにも呆然としてしまっている。腑抜けた状態からなかなか抜け出せない。全て目の前で起こった事なのに、どこか遠くで起こったように感じてしまう。酷い映画を無理矢理見せつけられた気分だ。これが映画だったら、部屋から抜け出せば済むのに、そうじゃなかったから大変だった。



 僕は気持ちの整理がつかないまま心の中でアウルアラに話し掛ける。


 …………なんか、全然話についていけなかったんだけど?


「そうじゃろうな」とアウルアラは言う。「ぶっちゃけ、童も先に直感で見つけた答えだけあって、どうやってその答えに繋げようかと考えておったわ」


 どゆこと?


「女の直感は理屈を超えるという事じゃ。正直、童はあの男の顔を見て、大体の本質には届いとったんじゃよ。ああいうタイプの男は度を越える一途で、女をかなり大切に扱い、そのくせ当人にはその愛情深さをひた隠しにしようとするひねくれ者じゃとな。少女漫画のヒーローというか、一言で言えばツンデレじゃな。ああいう愛情深いタイプと付き合えば、大抵女は幸せになれる。金も力もあるしの。まぁ、それでも付き合うには男のツンデレに気付かんといかんが、何十年も一緒にいたら大概気付くじゃろうし。後は、女の愛を男に伝えるようすればよかっただけじゃ。メイドが男の妻を連れて来るまでの時間稼ぎをしてな。ああ、ついでにジャントルとの三角関係もありそうじゃったから、それを踏まえての」


 つまり推理要素はゼロだった訳か。


「うむ」堂々とアウルアラ。「アルカが二階に上がった時、汚い部屋を見たんじゃ。汚部屋というやつじゃな。その汚部屋が奴の自室で、そこには決して誰も────それこそ奴の嫁でさえも────入れてないと一目で判ったんじゃ。ジジイでありながら若者部屋のようなこってり特濃スルメ臭が立ち込めておったしな。他の館内が綺麗な事もあって、奴が誰にも自分の本当の姿を晒せない真正の皮被りじゃと判った」


 二階で見たって、その事だったんだ。汚部屋を見てそこまで悟るとか半端ないな。


「気付いてからはメイドに嫁を連れて来るよう頼み、それまであれこれ時間稼ぎをしとっただけじゃ。途中でジャントルとの三角関係もあるかもと思ったから、それを踏まえてな」


 アレもアドリブかよ。マジで徹頭徹尾、勘だったって訳か。


「勘じゃなくて、女の直感じゃよ」


 だとしても女の直感、マジヤバいな。恐るべきは痴女魔王の直感。


「ふふっ、今回はたまたまじゃよ。上手く型に嵌っただけ。いつもいつでもうまくいくとは限らんさ。保障や論理、理性や常識はどこにもないからの」


 それはそうじゃ、じゃなくて理性や常識は最低限あっとけよ。タイタニックモンスターがよ。


「ちくわしかねぇ。あと性欲」


 ネット知識もあるじゃねぇか。


「ついでに宗教知識もな。にわかじゃが。イラ神とかアルカは知らんじゃろ? チンイラ神なら前世で崇めとったかもしれんが」


 それは崇めてたというより、憑りつかれてたというか…………。つうかイラ神ってなんだよ。ゼンボル氏の前でも言ってたし。下ネタって訳じゃないよな?


「それは童の時代からあるというか、童の同僚が創っ…………って、そういえばアルカは外に出とるが、あの男からジャントルについて訊かんでよかったのか」?


「あ」


 しまった。忘れてた。


 なんか終わったような雰囲気だったから、つい。


 僕は慌てて館へと引き返した。


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