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魔王の器  作者: 北崎世道
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えっちいと安心で一安心

 憲兵所にてジャントルの実家であるグランス家の場所(方角)を聞いたので、僕はいつものように飛行魔法で向かった。


 リオーツさんに教えてもらった茶色い屋根の館を空から探し、すぐにそれらしき建物を発見する。


 大きいのでとても判りやすい。周囲に比べても、建物がふた回り以上ある。庭だけで周囲の建築物を複数囲めそうだ。その中央にやたらとデカい石像がある。全裸の男の石像だ。腰に手を当て、仁王立ちしている。角度的に性器が見えないが、そこまで精巧に彫ってあるのだろうか、と疑問を覚えた。だが、興味までは持たなかった。


 そのまま石像も庭も無視して、直接、館の扉前に降り立ち、扉をノックをしようとした。だが、その時いきなり後ろから声を掛けられた。


「おいおい、あんた、いきなり何しようとしてんだ」


 振り返ると、庭に居たおじさんが慌てたように近付いてきた。一件、農作業っぽい服装だが、やや違和感がある。カレーライスとハヤシライスを見比べたような違和感。その原因はなんだろうと思い、僕は周囲の景色を見て、彼が庭師だと察する。庭師なんて一般家庭にはいないから、すぐには思い至らなかった。


「どうもこんにちは」と僕はおじさんに挨拶する。「実は、グランス氏にお話を聞きたくて来たんです」


「だとしても、門を無視していきなり館の入り口に来るのは非常識と思わねぇか?」


 と、おじさんが言う。全く持ってその通り。


「すいません。庭があまりに広いので、つい」僕は素直に謝罪する。「いやぁ、それにしてもお洒落な庭ですね。とても素敵です」それから僕の非礼を誤魔化す為に庭を賞賛する。


「無視して飛んだくせに何を言っておるんだ」


 バレた。


 簡単にこちらの薄っぺらい意図がバレてしまった。


「だがまぁ、広いのは認めるがね」


 しかしながら、僕の見え見えのお世辞でも庭師のおじさんは悪い気はしなかったのか、やや照れくさそうに頬をかいた。


「一応訊くが、御主人と面会の約束はしておるのかね?」


「いいえ」


「なら出直してくれ」


「約束はどうやって取るんですか? 取ったらどれくらいで会えますか?」


 念の為に訊ねると、おじさんは肩を竦めて、こう答えた。


「さあ、知らんね。そもそもここの御主人は知らない人間と会うような人ではないと思うぞ」


「なら、無理やりお伺いするしかないじゃないですか」


 そう言って、僕は回れ右して、再び扉をノックしようとした。


 と、今度は声だけじゃなくて、腕を掴まれ、物理的に止められた。


「なにするんですか」若干声を荒らげ、抗議する。場所が扉の前なので、やや壁ドンとかに近い構図になってしまった。相手が鼻毛ボーボーのおじさんでなければ、少女漫画とかでありそうな構図だが、実際は鼻毛ボーのおじさんなので、我ながら悲劇だと思った。


 僕が声を荒げたので、負けじとおじさんも声を荒らげた。


「なにするんだは、こちらの台詞だ。無視して、ノックをしようとするでない。無理やり通ろうとするなら、それこそこちらも力尽くで止めないといけなくなるだろう。ここの御主人のボディガード兼守衛を呼び出す事になるよ」


「構いませんよ」と僕は即座に答える。「話が聞けないなら、力尽くで押し通るしかないでしょう。こう見えても力尽くは得意なんで。ほら、どうぞ早く呼んでください」


 僕がやけに自信満々に言うのに疑問を覚えたか、おじさんは不満げにこちらを睨みつけるが、僕に動く気配がないのを察して、急いでそのボディガード兼守衛の人が居るであろうところに駆け出した。と思ったら、角を曲がったところで、顔を出して本当に動いてないか確認もしてきた。逃げも隠れもしないからさっさと行かんかい、と僕は心の中で行って、しっしっと手で追い払うような仕草をしてみせた。


 そうして僕は素直にこの場でその人が来るのを待った。


 庭師のおじさんがボディガード兼守衛の人を連れて来るまで、そこまで時間は掛からなかった。五分弱くらい待って、やたらガタイの良いおじさんが小走りでやって来た。


 ガタイの良いおじさんは身長一八〇くらいで浅黒い肌をしていて、どことなく戦場帰りみたいな雰囲気があった。眼光が鋭く、額のところには傷痕があった。呪術系の主人公みたいな傷痕だ。ゲーム好きのおじさんなら、豪雨系主人公みたいだと言うかもしれない。だったら壁にでも話してろよ。


 ところで、ガタイの良いおじさんが来たせいで、庭師のおじさんがただのおっさんに格下げとなってしまった。極端な体格差はどうしても、本人の資質を抜きに、格差を生んでしまうみたいだ。庭師のおじさんは今やちびデブのおっさんとしか思えない。悲しい現実。


「彼が不法侵入者という事ですか?」


 ガタイの良いボディガードらしいおじさんが、僕を指さし、確認する。それにちびデブのおっさんが首肯する。


「どうも力尽くが得意だから、力尽くで押し通るつもりらしいです」


「成程」ガタイの良いおじさんが僕を見つめる。余程強さに自信があるのか、僕を見ても余裕は崩れない。勿論、僕も崩さない。


 僕は斜め前に足を出し、庭の中でもやや広めな空間の方に進む。


 ガタイの良いおじさんも僕の意図を察して、そっちの方に歩みを進める。


 一応、不意打ちで襲い掛かってくるかもと警戒はしたが、おじさんの堂々とした足取りに、その気配がないとすぐに察した。不意打ちで倒したら、今度はこっそり不意打ちで忍び込むと思われたのかもしれない。


 庭の広い場所に出た。


 広いと言っても、精々プロレスリングくらいの広さ。勿論、周囲にリングはなく、あるのは丁寧に刈られた木々とちびデブのおっさんだけだ。灰色の石畳が戦闘範囲を区切ってる。


「準備はいいか?」とおじさんが言う。「いつでもどうぞ」と僕が返す。


 僕とおじさんの間で、一陣の風が吹く。


 ちびデブのおっさんが雰囲気に圧倒され、一歩後退して離れると同時に、戦闘が始まった。


 おじさんがまっすぐ飛び出して、僕の腹に拳を入れる。


 丸太を突き出されたような感覚。僕の身体が五センチほど宙に浮く。と同時に、上から叩きつけられる。巨大ハンマーを降り降ろされたような感覚。


 吃驚した。目にも止まらぬ連続攻撃。岩のような拳でこんなコンボを決められたら、普通は一瞬でKOだろう。人によってはお陀仏になってもおかしくない。


 けれども、当たり前ながら僕には大したダメージは入らない。精々、幼児のぐるぐるパンチ程度だ。


 僕は、特に態勢も表情も変えずに、そのままじっとおじさんを見つめた。


 僕の全くの無反応に、おじさんは少なからず動揺をみせた。しかしそれでも、すぐに冷静になり、慌てずに攻撃を続けた。


 今度はキックを混ぜた三連コンボ。三発目のストレートパンチのタイミングで、僕はおじさんの懐に潜って、舞い落ちる桜の花びらをつかみ取るようなジャブを決める。


 それだけでおじさんは膝を付き、その場で蹲ってしまった。


「あ、やり過ぎた? ごめん」思わず謝罪。


 僕の心配の声に、おじさんが怒気の籠った視線を送る。意識は失ってないものの、もう、テンカウント以内に立ち上がる事は無理そうだ。


「勝負着いたみたいだね」と僕はちびデブの審判を見る。審判役を押し付けられたおっさんは口をパクパクさせながらも、「ま、まだもう一人ボディガード役の人が────、」


「なら、今すぐ呼んできて」


 遮るように言うと、おっさんは再び慌てて、走り出した。



 ◆



 十分後。


 さっきと同じような流れで、僕は二人目のボディガードさんを倒した。


 正直、一人目と同様、二人目も僕の敵ではなかった。異世界チート様様だ。こういう時にイキるのが異世界ものの宿命かつ見せ場だと思うので、イキって見せようと思ったら、失敗して湿り気のある屁が放出してしまった。


「イキるのと力むのは違うぞ」とアウルアラからツッコミが入った。悔しいがその通りだ。


 なのでここは、出たのが屁だけでよかったと思う事にする。実が出たら、きっと僕は取り返しのつかない傷を負っていただろう。


 そんな訳で二人目の門番だかボディガードを倒したので、今度こそ館に突撃訪問しようとする。


 が。


 今度はボディガードじゃない人が僕の突撃お宅訪問を止めた。


「随分と騒がしいな」


 偉そうな声。二階から声を掛けられたようだ。


 誰だよと見上げると、そこにはなにやら偉そうな態度の人がこちらを見下ろしていた。いや、あの視線は見下してたって言った方が正しいな。見下してた。


 そいつもまたおじさんだった。


 おじさんが現れると、ちびデブのおっさんとボディガードのおっさんが慌てた反応を見せた。


 ……どうやらあいつがこの館の主らしい。そういえば顔つきもどことなくジャントルに似ている。


 えっと名前はゼンボル・グランスといったか。


「こんちゃー」と僕はゼンボル氏に声を掛ける。「実はお伺いしたい事があって来ましたー。中、入ってもいいですかー」


「駄目だ」と一蹴された。


 ならばと、僕は反射的にその場から二階に直接飛び込んだ。飛行魔法万々歳。


 僕が飛び込むと、さすがに偉そうだったゼンボル氏も慌てて、


「な、なんだ貴様はっ? 勝手に入るな! 今すぐ降りろ! さもなくばウチの護衛が────、」


「あ、そいつらは今、倒しましたよ」


 僕が言うと、ゼンボル氏が口をあんぐり開けて、絶句した。


 …………ふと、思ったんだけど、これって意識的にイキらずとも、もう充分イキってるよね。クソみたいにイキり散らかしてるよね?


 自覚してしまった。


 という訳で、僕は二階から出て、飛行魔法でぷかぷか宙に浮いたまま、低姿勢でお願いする。


「すいません。ちょっと自由にし過ぎました。えっと、その、実はジャントル氏についてお伺いしたくて来たんですけど、少しだけお話よろしいでしょうか? お願い致します」


 駄目だ、と今度は一蹴されなかった。


 めちゃくちゃ脂汗掻いていた。


 断ったらまずいと思われたかもしれない。


 だとすると、意図せずイキった甲斐があったというものだ。見た感じ、ペコペコしたところで効果が出るタイプではなさそうだし。駆け引きというのは、いかに冷静でイカレてるか相手に理解させるのかがコツらしいが、それを素でやってしまったのだろうか。


「こやつ…………完全にいかれておる」   


 どうやらやってしまったらしい、と思ったが、今のを言ったのは実はアウルアラだった。これだから僕の記憶と知識を持ってる奴は困る。元ネタあるとすぐに食いつくんだから。


「…………分かった。ひとまず飛ぶのはやめて、下から入れ。今に使いを出す」


 ゼンボル氏は苦々しい顔をしながらも、威厳を保ち、僕に指示を出した。僕は素直にそれに従い、下に降りて、館の扉をノックする。だが、十秒待っても返事がないので、中に入る。


 館内は広く、豪華だった。僕は歩いた。二十歩進んでも、まだどこにも届かなかった。家の中で二十歩も進めば、普通はどこかしら何かしらに届くだろう。僕の家だったら壁にめり込み、ぶち破ってた筈だけど、この館ではどこにも届かなかった。もう三歩進んでようやく階段に届いた。シンデレラがガラスの靴を落としそうな階段だ。赤い絨毯が綺麗に敷かれている。階段用の絨毯である。


 階段の上にはまたしても石像だ。庭よりいくらか小さいが、同じデザインだと一目で判る。腰に手を当て、まるで性器を見せつけるかのような仁王立ち。でも、ぼかしてあるので一安心。


「…………んぉおっ?」とアウルアラが声を上げる。同時に、僕もある事に気付く。


 一安心。これを少しばらすと、Hいと安心(h itoanshin)になる。これをエッチぃと安心、と捉えるかそれとも、H、いと安心と捉えるかで趣が異なるのではないか。


 ……………………どうでもいいな。


 僕が階段を上ろうとしたところで、またしても声を掛けられた。今度は誰を倒せばいいのか。僕が振り向くとそこにはメイドさんが困惑した面持ちで立っていた。エロス目的なジャパンメイドの姿ではなく、昔からあるようなクラシックスタイルのメイド服だった。着ている人が若い女性ではなく、白髪交じりのおばさんだったからそう感じるのかもしれない。四〇代で生足見せられても、困惑するだけだから、スカートが長いのは当然か。と思ったらアウルアラが「生足は種族関係なく素晴らしいものじゃろう」と主張する。別に種族については言及していない筈だが。


「勝手に入られては困ります」とメイドのおばさんが言った。いくらおばさんとはいえ、僕は女性に弱い。暴力で全てを解決するのはやめて、素直に謝った。「ごめんなさい」


 僕の対応を見て、メイドのおばさんはほっと息を吐いた。「案内しますので、どうぞこちらに」


 これがRPGだったら、そのおばさんを無視して二階に上がって探索を続行するのだが、ここはゲームの世界じゃないのでイベント無視は敢行できない。素直に従う。


 おばさんの後をついていって、やたら壺などが置かれた廊下を通って、応接室的な場所に案内される。綺麗な部屋だ。校長室とかで見た。中央にテーブルがあり、それを黒いソファが挟んで置かれている。ガリオス組の事務所でも見た。ただ、あそことは違って下座のソファがショボいという訳ではない。周囲に置かれたインテリア品も違う。やたら高そうだ。同じ棚でも高級感が漂ってる。中身は書類じゃなくて本だ。装丁が豪華な本だ。たぶん中身は難しさだけが取り柄の本だ。


「ふむ」とアウルアラが言った。「すまんが身体を貸してくれぬか? もしくはそこの本棚を調べてくれるだけでもよい」


「どうぞ、お掛けしてお待ちください」とメイドのおばさんが着席を促してくるので、一旦着席。それから直ぐに立ち上がり、本棚を物色する。


 メイドのおばさんから、落ち着きのねぇ奴だなという視線を一瞬だけ送られる。僕じゃなければ気付かなかったくらいの短さ。僕の持つ戦闘技術、警戒心、それから被害妄想がなければ絶対気付かなかっただろう。


「落ち着きねぇ奴じゃな、って目で見られとったの」とアウルアラが言う。


 どうやらそうでもなかったようだ。


 気恥ずかしくなったので、気持ちを切り替え、本棚の方に意識を向ける。


 本棚は綺麗だった。高級感もそうだが、掃除も丁寧に行われていた。指の腹で擦るが、埃もつかない。だが、本を手に取り読んでみると、パリパリとノリが剥がれるような音と感触がした。


「やはり掃除は表面だけじゃったか。中身までは手を付けておらん。ますます童の推測通りじゃ」


 推測通り? 何を推測したというのだろう?


「さっき二階に飛び込んだじゃろう。あそこで童は部屋の中を見た。そこで気付いたんじゃ」


 何に?


「それはすぐに判る。お主が身体を譲ってくれたらな」


 ……何が目的?


 僕の問いにアウルアラが答える。


「別に大した目的などない。単に、隣でテレビゲームしておったら、自分もやりたくなった。それぐらいの理由じゃ。じゃから今、わざわざ思わせぶりな言い方をしたんじゃ。お主の好奇心を誘うような言い方をじゃな」


 納得がいったので、僕はアウルアラに身体を譲った。


 そもそもアウルアラが本気を出したら、僕の意思など無視できる。現時点では。成長したらやがて、それもできなくなるみたいだが、今のところはまだアウルアラの方が強い。だからわざわざ許可など取る必要はない。


「感謝するぞい」そう言ってアウルアラが僕の身体に乗り移る。


 僕はぽっと自分の身体から追い出された。幽体離脱みたいな状態だ。


 それと同時に、館の主であるゼンボル氏が部屋に入って来る。


 こうして、アウルアラによるリアルアドベンチャーゲームが始まった。



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