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魔王の器  作者: 北崎世道
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五十年前の恋心

遅くなってすいません。

言い訳になりますが、投稿したつもりでできてなかったみたいです。

なので今回は二話同時投稿です。

よりによって百話目でミスするのは恥ずかしいですね。


 本題であるジャントルについての情報を聞き忘れていたので、僕は慌てて引き返した。一度出た筈の館に勝手に入り込み、そのままさっきの応接室へと戻ろうとした。


 その道中、通り過ぎる階段の上には庭にもあった例の全裸石像が見えた。館内に入る度にそいつが目に入る構造だ。どうして男なのだろうと僕は思った。折角だから女にすればよかったのに。


 僕の苛立ちを察してアウルアラが、「あれがイラ神だぞ」と言った。「庭で股間殴っとったのもアレじゃな」


 成程。それならチンイラじゃなくて、チンがあるからイライラ神だ。


「ナニ言っとるんじゃ、お主は」


 僕の戯言にアウルアラの呆れた反応を示した。それを無視して、僕は応接室に向かった。


 そこにまだゼンボル氏が居る筈だ。


 ノックもせずに扉を開け、入室する。入った瞬間、もしかしたら交尾をおっぱじめてるんじゃないかという可能性が脳裏を過ぎるが、幸いな事におっぱじめてはいなかった。年だからか。七〇代の励んでる姿を見たら、毎日変態痴女魔王の全裸を眺めてる僕でさえも、きっと正気を保てなかっただろう。僕は勝手に他人の部屋に入る危険性について考え、素直に反省した。けれども学習は僕にとって、二人組を作る事くらい苦手なので、もしかすると再び同じ過ちを繰り返すかもしれないが。


 ともあれ、僕が応接室に入った時、ゼンボル氏と奥さんもといグランス夫妻はまだそこにいた。


 距離は近いが、行為には及んでいない。


 彼等は勝手に入ってきた僕に、驚きこそすれ、憤慨するそぶりは見られなかった。示したその驚きさえ、ごく少量だった。病院食の調味料くらいに。


 特に旦那のゼンボル・グランス氏にいたっては、「やぁ、戻ってきたかい。用件を済ませてないので戻ってくるって思ってたよ」と何やら友好的だった。まるで憑き物が落ちたような雰囲気だ。


「すいません。勝手に入り込んで」


「いや、いいんだ。キミのおかげで長年悩み苦しんでいた事から解放された。そうさ。元々悩み苦しむ必要なんてなかったんだ。それに気付かせてくれて本当に感謝している。さっきまでの失礼な態度は謝罪する。すまなかった」


 誰だこいつ、と思った。いや、ゼンボル氏の筈だ、と思い直した。


 本当に人が変わったようだった。


 目がやたら赤いし、もしかしたら魔物か何かがゼンボル氏に成り代わったんじゃないか…………と思ったが、目が赤いのはさっきまで泣きはらしていたからという事に気付いた。


「ありがとうね。ウチの旦那を救ってくれて」


 グランス夫人が礼を言った。彼女の雰囲気は然程変わっていない。


「いえ。僕は何もしていません」と僕は言った。やったのはアウルアラ…………とはさすがに言えないので、代わりにこういった。「やったのは夫人ですよ。僕は偶々きっかけを与えただけです」


「だとしてもよ。私は旦那の苦悩をきちんと解ってあげられなかった。もう随分と年を取ってしまったけど、今からでも取り戻せるもはきっとある。だからこれから若い者に負けないくらい頑張るわ」


「素晴らしい心掛けです」


 強い人だと思った。これならゼンボル氏が惚れ込むのも判る気がする。僕は話を戻した。


「それで、ですね。今回僕がここに来た用件を────、」


「ああ、そうだった。ジャントル兄さんについてだったな。あの人について知ってる事は話させてもらおうか」


 僕が話を切り出すと同時に、ゼンボル氏が引き継ぎ、さっさと話し始めた。有能な人にありがちな、無駄を省いて、すぐに本題に入る性質。せっかちとは似て非なる要素。


「ジャントル兄さんはとても優しくて、優秀な人だった。彼は私に何かを与える事はあっても、何かを奪うような事は決してなかった。私がこの年まであの人を恨んでいたのは、純然たる私自身の問題であり、あの人の問題ではなかったんだが…………認めきれなかったんだ。レィディが彼の事を好きだと知ってたから」


「ただの初恋よ」とグランス夫人ことレィディさんが口を挟む。「もう五〇年以上前。貴方と付き合い始めた時点でとっくに吹っ切れてんだから」


「悪かったよ」と旦那のゼンボル・グランス氏。彼は軽く咳き込んでから、


「……続けよう」と言った。


 うん。まぁ、はい。お願いします。


「私が子供の頃、我がグランス家は実力至上主義で、とても厳しい家柄だった。子供の頃から後代の当主になれるよう激しい競争世界を生き抜かなければならなかった。


 そういう時代だったんだな。


 そんな過酷な時代の中でジャントル兄さんは驚くべき能力を有していた。まさに神童だった。天才だった。私はジャントル兄さんとは従兄弟の関係になるが、あの人は決して私を競うべき相手として見ておらず、かといって見下したりもしなかった。私を可愛い弟として見ていた。幼い内は私も純粋にあの人の優しさに喜び、そして救われていた。だが成長するにつれ、あの人との距離を知り、それに併せるかのように私の両親が私に厳しく接するようになった。親として、次期当主としての焦りもあったのだろう。あの時点ではまだジャントル兄さんの両親よりも私の両親の方が力が強かったのだが、あのままいくとジャントル兄さんの優秀さに私の立場は勿論、私の両親の立場さえも危ぶまれていくのは目に見えていた。


 次期当主としての権力を駆使しても、それは覆せるものではなかった。


 だが、厳しく接したところで私とジャントル兄さんとの距離が縮まる訳もなかった。こういうのもなんだが、私は決して凡骨ではなかった。それなりに優秀ではあったんだ。だが、あの人と比べるとどうしても凡骨としかいえなかった。それだけあの人が優秀だったという事だな。努力で覆せる差ではなかったのだが、その時点ではまだ私はあの人を兄として慕っていた。


 両親からの厳しい教育で落ち込む私を慰めてくれたし、時には守ってくれたりもした。元々、権力に興味がなかったんだ。だから、自身の功績を私の功績に仕立て上げてくれる事もあった。だから私はジャントル兄さんが好きだった。


 その気持ちが覆ったのが、あの人の婚約者にレィディが選ばれた時だったな。当時、グランス家はレィディの実家であるシーラ家と懇意にしていた。年齢の近い我々は幼馴染の関係だった。レィディはとても優しくて、綺麗で…………あいたっ!」


 話の途中でいきなりゼンボル氏が軽い悲鳴をあげた。


 褒められて恥ずかしくなったレィディさんが、旦那の背中を思い切り叩いたのだ。


 旦那のゼンボル氏は、初めは文句を言おうとしたが、嫁の赤面を見た途端、気持ち悪いにやけ面を浮かべ、そして何事もなかったかのように話を続けた。


「私はそんなレィディに恋心を抱いていた。だが当時、レィディはジャントル兄さんの方に惹かれていた。まぁ、当然と言えば当然だな。優秀で優しいジャントル兄さんに惹かれない筈もない。ただ、当時の私は幼く、私のレィディへの恋心と、レィディのジャントル兄さんへの恋心、そのどちらにも気付いていなかった。気付いたのは、婚約者としてジャントル兄さんが選ばれた時だ。


 ショックだったよ。ただ、何よりもショックは、ジャントル兄さんがレィディを俺に譲ろうとした事だった」


 一人称が俺になってる。


「俺は怒ったし、その事を知ったレィディは泣き崩れた。あれが三人の仲が決定的に崩れた瞬間だったな。正直なところ、それまでの私はジャントル兄さんに負ける事はそれほど屈辱と思わなかった。天才だったからね。負けて当然と心のどこかで思っていた。だけど、その件があってからは、彼に負ける事が屈辱に感じられた。悔しくて悔しくて仕方なかった。それ以来あの人が私に何かを譲ろうとしても、その度に私は頑なに断った。どんなに謝ってきても許さなかった。ほとんど無視し続けた。彼はすごく落ち込んでいたが、やがてこちらに関わろうとする事をやめた。そうして半年ほど経過した頃に家を出た。突然と言えば突然だったが、そうでないと言えばそうでなかった。…………まぁ、そんなところだな」


 そこまで言ってゼンボル氏は、ふっと一息ついた。


 どうやらこれ話すべき分は話したつもりらしい。


 ひとまずここまで聞いて思ったのは、「僕は初対面のじいさんの思い出話を聞きに来たんだっけ?」だった。戦争の話以外にジジババの思い出話を聞く価値なんてあるのだろうか。


 そんな事を考えてたらアウルアラが、


「こちらから訪ねておいて、その感想はあんまりではないか?」と僕を窘める。


 実にその通り。自分でもそう思うので、素直に反省する。


 でも、実際そうなのだ。戦争うんぬんはともかく、今回の思い出話で何か得るモノはあっただろうか。


「何か質問はあるかな?」とゼンボル氏。


「うーん……」と僕は唸る。


「訊く事がないなら、また少し身体替わってくれぬか?」


 してたら、アウルアラがまたしても身体を求めてきたので、僕は了承した。すると、アウルアラはさっと僕の身体を奪った。勿論、貞操ではなく。


「少し訊いてもよろしいでしょうか」と僕ことアウルアラが身を乗り出すように尋ねた。


 わざわざ前置きせずとも、その前に何か質問はあるかな、って訊いてくれてるんだから、確認せずともいいんじゃないかと思った。



 ◆



 だが、違った。


 彼女はそういう意味で言ったのではなかった。


 ここから始まるのはとても恐ろしい話。憑き物が落ちた筈のゼンボル氏を地獄に叩き戻すような蛮行だった。



 ◆



「なにかな?」とゼンボル氏が聞き返す。


 アウルアラは言った。


「今の話で、お二人が仲互いをしてから半年後にジャントル氏が家を出たと理解しました。その半年の間に、誰か亡くなりませんでしたか? 自分はここに来る前に、当時の当主が亡くなったのをきっかけにジャントル氏が家を出たと伺ったのですが、その情報に誤りはありませんか?」


 ゼンボル氏の表情が僅かに引き攣った。


「…………そうだね。厳密には当主ではなく、次期当主だった人だね」とゼンボル氏は言った。「当時の当主は私のお爺様で、次期当主となるのが私の父だったんだ」


「では、亡くなった理由はなんでしょうか? もしかして誰かに殺されたのではないでしょうか?」


 突然なるアウルアラの思慮外の発想。


 僕は思わず彼女を見て、次にゼンボル氏を見た。


 彼の顔は蒼褪めていた。彼を唇を、肩を、全身を震わすようにしてから、


「な、何を根拠に……っ」


 震える声での激昂に、アウルアラはあくまで冷酷な態度を崩さずに告げる。


「根拠らしい根拠はありません。ですが、僕はジャントル氏と闘った事があります。そして彼が人を殺せる人間である事を知っています。彼は、家を出た後に犯罪者の道を歩んだそうですが、そこには何かしら原因があったのではと推測し、今のような発想を得ました。突飛な発想なのは否定しません。頓珍漢な妄想であれば嗤っても構いません。ただ、僕は彼について知る必要がある。ただ、無礼だからという理由だけで引き下がれません」


 一息。


「彼は人を殺せる人間ですが、決して快楽殺人者という訳ではない。それを承知で尋ねます。貴方の御父上はどうして亡くなったのでしょう?」


 ゼンボル氏は答えた。




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