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魔王の器  作者: 北崎世道
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ハーバー氏

「…………病気だよ。父は病死だった」


 今にも崩れ落ちそうな声でゼンボル氏は答えた。隣にいる彼の奥さんことレィディさんは、どうすればいいのか分からないといった表情で旦那を見ていた。


「それでは病名はなんでしょう?」


 アウルアラが追及した。平坦で機械的なトーンだったが、これ以上ないくらいに圧があった。


「……さ、さあ? お、覚えてないね……」


 アウルアラの追及にゼンボル氏は辛うじて答えた。だが、それが嘘である事は、僕でも判った。僕でも判ったという事は、僕よりも鋭いアウルアラもそうだし、彼に長年付き添っているレィディさんにも判っただろう。


 しかしそれでも、彼の返答を嘘だと断じる者はいなかった。


 とはいえ、嘘だと断じなくてもアウルアラは手を緩めなかった。


「病気はいつ頃からですか? どのような症状でしたか? 覚えてる限りの事で構いませんので、詳しく教えてください」


「そ、それは…………っ」


 見ていられないくらいに動揺するゼンボル氏を、アウルアラはしっかりと見つめていた。睨みつけるような鋭い圧ではなく、挙動を一切見逃さないといったような重厚な圧だ。


 もうやめて、と奥さんのレィディさんが庇うかと思ったが、彼女はまだ動かなかった。


 という事は、レィディさんは何も知らなかったという事かと思った。


 彼女も真実を知りたがっている。そういう事だろう。


「いいですか、ゼンボル・グランス氏? 僕は別に貴方の罪を咎めたり、誰かに曝そうという意思はありません。ただ、ジャントル・グランス氏について知りたいだけです。こうなったら白状しますが、僕は彼を殺害した容疑者と疑われているんです。ですが、僕は決して殺していない。だから真犯人を探さねばならない。その為に動いているだけです。でないと僕が犯人に仕立て上げられるから。それだけなんです。教えてください。五〇年以上前、ジャントル氏が家を出る時に何があったんですか?」


「貴方……」


 縋るような声でレィディさんがゼンボル氏の腕にしがみ付いた。


 しかしそれでも、彼の口から昔の真実が語られる事はなかった。


「…………分かりました。まぁ、別にいいでしょう。大体の予想は付きますから」


 ゼンボル氏に答える覚悟がないのを見て取ったアウルアラは、意外にもあっさりと退いた。


「それでは失礼します」


 と言って、アウルアラは応接室を出て行こうとした。が、扉の前で一度立ち止まり、振り返って質問した。


「ところでフュリーラって言葉に何か心当たりはありますか?」


「…………フュリーラ? たしか昔、大暴れした魔王の名前じゃなかったか?」


 ゼンボル氏は訝し気な顔で僕ことアウルアラを見つめたが、すぐに気を取り直して答えた。


「そういえば昔、そいつの討伐戦にあの人が参加したと聞いている。そしてたくさんの死者が出た中で、あの人は生き残ったとも」


「成程。ありがとうございます」


 アウルアラは礼を言って、その場を立ち去ろうとする。と、今度はゼンボル氏が彼女を止めた。


「待ってくれ。その……今回の事はどうか誰にも……」


 アウルアラは僅かに目を見開いたが、小さくため息を吐き、


「分かってますよ。誰にも口外しません」と笑顔で答えた。


 けれど、彼女は辛辣だった。


「しっかし、情けないですね。今更、真実を問われたって、証拠もないんですから、罪に問われる事なんてないでしょう。そんなんだからいつまで経ってもジャントル氏を超えられないし、彼を恨む事でしか劣等感を誤魔化せないんですよ。あぁそうか、成程。解りました。貴方は死ぬまで罪から逃れられないんだ。いやぁ折角、奥さんの想いに気付けたというのに残念でしたね。────貴方に安息の時は訪れない」


 そう言って、今度こそアウルアラは退室した。


「容赦ないなぁ」と僕が呟くと同時、部屋の中から断末魔のような叫び声が聞こえてきた。


 それを聞いてアウルアラが楽しそうに笑う。


「うぇへへ、他人の苦しむ姿は愉快じゃのう」


「悪魔だ……」


「魔王じゃよ。それに、それを言うなら人間の方がよっぽど悪魔じゃよ。人間の業の深さはお主の方が分かっとるじゃろ?」


 それは……そうかもしれない。元の世界を知ってると特にそう思う。


 アウルアラは自分のやってる事をきちんと自覚しているが、人間の方は自覚してない奴が多い。自覚している奴もいるだろうけど、自覚してない奴の方が多いように感じる。声が大きいからだろうか。


 たぶん自覚してないどころか、それが正しい事だと思い込んでいるからだろう。


 自分が正しいと思っていると、人はどこまでも残酷になれる。他人を叩いたり、貶したり、批難したりする事も厭わない。なんなら自己正当化の為に他人を否定する事さえある。所謂一つの責任転嫁。


 ゼンボル氏がジャントルを嫌ってたのも、それが理由か。


 まぁでも、彼は自分の罪を自覚していたのかな。だからアウルアラが退室した後、あんな張り裂けんばかりの慟哭の声を上げたのか。


 うーむ。罪の意識……。責任転嫁はうまくいかなかったか。


 応接室を出て、廊下を歩く。途中で赤絨毯の階段前を通り、その際、階段上の石像に目をやる。全裸男の石像。西洋美術にありそうな均整取れた体型。アレがイラ神だっけか。彫りの深さと鼻の高さは完全に西洋だ。


 石像は腕を組んで仁王立ちしていた。屹立した性器を見せつけるようなポーズだ。


「…………ん?」


 なにか違うような…………?


 石像に違和感を覚えた瞬間、


「なんじゃ? 股間に違和感を覚えたか?」とアウルアラが話しかけてくる。「それは勃起じゃ。男なら誰でもなる生理現象じゃ。人生の大半は勃起に関係するもんじゃから、その感覚を大いに味わっておくんじゃぞ」


 どんな助言だよ。格言いってやったみたいな表情で見てくるんじゃねぇよ。


 百歩譲ってその助言を一理あるものだと認めていいが、女のアウルアラが言っても説得力ないだろう。


「女にも心のちんこはあるんじゃぞ…………?」


 何を言ってんだこいつは。……ああいや、ナニを言ってんだなこいつは。


「人間は脳の10%しか使ってないという話も、真の脳みそが下半身にある故に出てきた都市伝説じゃな」


 脳が下半身にあるのは魔王のお前だけだろ。 


 とはっきりとは言い切れないが、それでもアウルアラの思考が下半身に偏っているのは間違いない。


「失礼な。童はちゃんと乳首と脇と鎖骨にも意識を向け、しっかり自己開発しておるぞ」


 何をぷんすか憤ってるんだか。


 ともあれアウルアラがこんなんだから、僕はそれまで何を考えていたかすっかり忘れてしまった。


「とりあえず館を出るか」 


 そろそろゼンボル氏の苦悩の声も大人しくなってきたから、僕ことアウルアラの失礼な暴言に腹を立てて追いかけてくるかもしれない。


 面倒ごとを起こした側が言うのは間違っていると自覚はしているが、それでも言わせてもらうと、面倒ごとに巻き込まれるのはごめんだ。


 既にブーザマ、ジャントル殺害事件という面倒ごとに巻き込まれているのだから、マジで困る。


 館の使用人やら庭師などに捕まらないようそそくさと館を出て、さっさと空を飛んで、その場から離れる。



 ◆



 …………ふぅ、と空を飛びながら一息。


 なんとか見つからずに脱出できて、ほっと一安心。 


 ジャントルの過去について話を聞けはしたが、事件に繋がる情報かといえばそうではなさそうだ。とんだ無駄足だったと、頭を抱えてしまう。しかし、アウルアラが、


「いや、無駄足ではなかったぞ」と言う。「今回の調査でおおよその目処は付いた」


「マジか? 分かったのなら教えてくれる?」


「うんにゃ」アウルアラは首を横に振る。「今はまだ話せる段階ではない。ミステリーの探偵が勿体ぶるのと一緒じゃ」


「いやアレは証拠の無い状況で犯人を教えたら事態が悪化する可能性があるから教えられないだけで、今の僕に教えるのにそんな可能性はないでしょ?」


「それじゃ単に教えたくないだけ、と言っておこうか。そっちの方が面白そうじゃからな」


「……ぬぅ……まぁ、いいか」


 僕は渋々ながら了承する。


 不満はあれども、アウルアラがそう言うのなら仕方ない。彼女が僕を裏切らないだろう。いずれは裏切りそうな気もするが、現状はまだ大丈夫の筈だ。


 アウルアラが何を企んでいようと、僕と僕の身内に被害がなければ、僕はできるだけ彼女に協力しようと思っている。彼女もそれは解っている。信頼関係はそれなりでも、利害関係もそこそこあるから大丈夫。だから大丈夫だ。


「そういえば、今回のゼンボル氏との話で、よくもまぁ、彼の事を理解できたね」と僕は言う。


「そうじゃな。正直言うと、童は推理は苦手じゃが、直接対面すると相手の事は大概判る。色欲の魔王じゃから、相手の心の内に溶け込む術を心得ておるのじゃよ」


 って事は、僕ができるだけアウルアラに協力しようと思ってるのも、彼女の手の内という事だろうか。


「そうじゃな」とアウルアラ。「そしてお主は、それでも構わないかと思ってる事も童には判っておる。お主の価値観は大体把握できておるからな」


「そうなんだ。自分の思ってる事が筒抜けっていうのは気恥ずかしいな」


「基本、殻に閉じ籠るタイプじゃからな。心の奥底では、自分は絶対に正しいと思い込むタイプじゃ。己の過ちをなかなか認めきれないタイプじゃ」


「自己正当化の為に他人を否定する輩よりはマシだと思うけど」


「うむ。若干ブーメラン的な発言じゃが、まぁいいじゃろう」


 一息。


「それよりも、童が今これを言ったのは、童には言いたい事があるからじゃよ。というのも、今回の事件で、お主が敵じゃと思ってる男がいるじゃろ。黒コートではなく、お主をこの件の犯人として扱っておる奴の方じゃ。お主が心の中でお上様などと呼んでおる男じゃ」


「ああ、うん。あいつか。すっごい嫌そうな奴。あいつがどうしたの? もしかして実は良い奴だとか、そういう話?」


「違う。悪い奴じゃ。じゃからお主の感想は間違っておらん。じゃが、それだけでは足りんという話じゃ」


「というと?」


「あの男は、お主が思ってるよりも遥かに邪悪じゃ。心の奥底まで真っ黒じゃ。直接対面したら大概の事が判る童が、あいつはマジでクソじゃと思うておる」


「…………要は、警戒しろって事?」


「…………簡単に言えばそうなるかの。今のところただ悪いイメージを持っておっただけじゃったから、ここではっきりと言っておく必要があると感じたのじゃ。あの男が悪い奴であると、強調しておくべきと思ったのじゃ」


「ふうん。一応、心に留めておくよ」と僕は言った。そのイメージは誤りだ、というなら、僕も色々考えたが、そのイメージで間違いないと言われたら、そう答えるしかない。


「難儀な奴じゃのぅ。お主は己の過ちをなかなか素直に受け止め切れないが、己の意見を肯定されるのもなかなか素直に受け止め切れないんじゃな」


 そうかもしれない。


 それはおそらく、他人に否定されたくないから自分の意見を言わない、という性質に起因するだろう。だからいざ自分の意見が肯定されると戸惑ってしまう。我ながら面倒くさい奴だ。


 …………切り替えよう。


「それより、これからどうしようかな」と僕はアウルアラに言ってるのか、独り言を言ってるのか、自分でもよく分からない感じに呟く。


「このまま帰るのはもったいないし、折角じゃから少し観光してみてはどうじゃ?」


 幸いアウルアラは僕の呟きに応えてくれた。


「観光か……。うーん。差し迫った状況だとあんまりそういう気分にはなれないかな」


「なら、この街に知り合いはおるのか?」とアウルアラ。


「居るには居る…………かな。お偉いさんだけど」


「会ってみたらどうじゃ? このまま真っ直ぐ帰るのはもったいない。じゃが、観光して楽しむ気分ではない。それならその中間で、知り合いに顔を出すくらいはしてみてもいいんではないか?」


 どうだろう。


 アウルアラの言う通り、顔を出してもいいんじゃないか。


 いや、違うな。顔を出したいと思っているから、アウルアラにそう言わせているのか。彼女に背中を押してもらう為に、僕はあえて口に出したのか。


「…………そうだね。そうするよ」と僕は言った。


 きっとアウルアラがいなければ、僕は顔を出さず、観光もせず、ただ無為にこの街で時間を潰していただろう。行動力も決断力もない僕だ。間違いない。


「自覚できてなによりじゃ」とアウルアラが言う。


 さすが色欲の魔王。相手の心の内に溶け込む術を心得ている。


「敵わないな」と僕は笑い、そのままこの街の領主が居る建物へと舵を取った。



 ◆



 港町ナルテ。以前この街に来た時、僕は紆余曲折あって、海に古代魔法テラを放った。それによって街に混乱を招いたので、ナイルの紹介の下、この街の領主であるハーバー・ゲルト氏に謝罪に赴いた。


 日数的にはまだ大して経過してない筈だが、もう随分と昔の事のようだ。色々あったせいか。それとも五歳児だからジャネの法則が働いたのか。理由は分からないが、とにかく懐かしく感じてしまう。


 ハーバー氏の居る館の場所はうろ覚えだったが、建物自体が目立つ為、特に迷う事もなく辿り着いた。


 飛行魔法で領主館の庭の前まで飛んで、そこから徒歩で建物入り口に向かう。


 一応ここは個人宅ではないっぽいので、建物入り口まで飛んでいくのは拙いかなという判断だ。


 庭は、さっき行ったゼンボル氏宅の庭よりとどっこいどっこいの広さだったが、雰囲気は結構違った。あっちは来訪者の目を惹くような華やかさがあったが、こっちにはそういうのが一切なかった。


 厳格な雰囲気とまでは言わないが、少なくとも全裸の像はなかった。


「役所みたいじゃな」とアウルアラが感想を呟き、僕はまさにそれだと納得した。


 てくてく庭を進み、建物入り口の扉を開く。


 建物内に入ってすぐに受付があった。役所の様に入り組んでないので、どちらかというと病院に近い。


「こんにちは。ご用件は何でしょうか?」


 受付に居る女性が話しかけてきた。


 それで僕は自身の失敗を悟った。


「えっと、実は領主さんに面会希望なんですが……これって、予約とか必要なやつですかね?」


 受付の女性は少し困ったような笑みを浮かべて、


「そうですねぇ。ご予約を入れても面会できると決まった訳ではありませんし…………なので、突然来訪されて、すぐに会うのは少々難しいですね……」


「ですよねー」と僕は苦笑いしながら、受付の女性に同意する。


 女性は僕がクレーマー気質ではない事を察したか、少し安堵した様子を見せ、


「それでは如何なさいますか? 一応、面会希望のご予約を入れておきましょうか? 面会できるかどうかの可否、できた場合の予定日時は明日の朝にそこの掲示し、仮にキャンセルする場合はキャンセル料が発生するので、ご予約する場合は予めご了承してからお願いします」 


「うーん」と僕は唸る。明朝に情報が掲示されるという事は、面会自体は明日以降になるという事だし、ここはやはり予約しないでおこうと決め、その旨を受け付けの女性に話そうとした。


 と、丁度そのタイミングで、声を掛けられた。


「────あれ? アルカ君じゃないか」 


 声は建物内の奥の階段の方から聞こえてきた。


 見るとそこには見覚えのある壮年の男性がスタスタと階段を降りてくる所だった。


 見覚えのあるというか、僕が今、まさに面会希望をキャンセルしようと思ったこの街の領主さん、ハーバー氏だった。


「やあ久しぶりだね。元気にしてたかい? ここで会うという事は私に何か用でもあったのかな?」


「…………ああ、はい。そうですね。用というか、偶々この街に来たので、折角だから顔を出そうとかと思ったら予約が必要だと聞かされて少し戸惑ってたところです」 


 僕が素直に現状を説明すると、ハーバー氏は軽やかに笑って、


「ハハハ。なんだそうだったか。アルカ君なら別に予約なんていらないさ」そこで彼は受付の女性をチラリと見る。


 見られた女性はハッとした表情になり、「す、すいませんでしたっ!」と慌てて立ち上がって、頭を下げる。


「別に謝らなくていいさ」とハーバー氏。「知らなくて当然だからね。これは誰にも伝えてなかったんだから。もし次に彼が来た場合は手続きなんて通さず、そのまま通していいからね。私が館内に居る時ならいつでも」


「しょ、承知致しました!」


 女性は再び頭を下げる。


 どうやら大分恐れられてるようだ。だけど女性のその反応にハーバー氏は困ったような笑みを浮かべている。


「うーん。そこまで畏まらなくていいんだけどね」


 確かにそうだ。


 ハーバー氏が普段どういう態度で部下に接してるかは分からないが、一応は客人である僕の前でそういう風に畏まった態度でいるのはよろしくないだろう。パワハラ上司みたいな印象を外部に与えてしまうだけだ。


 そこまでの教育が行き届いてないのは彼女だけか。もしくはこの世界において、これくらいは普通なのか。今の僕にはよく判らない。


 ただまぁ、上半身だけ天井をすり抜け大股拡げて、「逆犬神家の一族ごっこ」などとほざいているアウルアラを見ているとどうでもよくなってくるので、気にしないでおく事にする。


「冗談じゃよ。二階を歩いておるおなごのスカートの中を覗いておっただけじゃ」


 さいですか。さすが、自分の具を見られる事に抵抗のない女は言う事が違う。


「とりあえず、私の部屋に行こうか」


 とハーバー氏が提案したので、僕は頷き、彼の後に続く。



 ◆



 前にも行った事のある部屋に案内された。


 あの時はナイルがいたが、今回はいない。だから何だという話だが、なんとなく気が引けてしまう。異世界チートのおかげでガラの悪いチンピラ相手にはそこそこ抵抗力ができたが、普通に偉い相手にはまだまだ適応できない。圧力を掛けられてる訳でもないのにビビってしまう。


「異世チー、ビビってる。ヘイヘイヘイ!」と何故かアウルアラがノリノリで歌い出したが、ハーバー氏の前なので無視。ってかさっきからテンションが変なのは一体なんなんだろうか。


「お茶でも飲むかい?」とハーバー氏が言うが、緊張のあまり僕は反射的に遠慮してしまう。


「そうかい? 喉が渇いたらいつでも遠慮なく言っておくれ」


 特に気にした様子もなくハーバー氏が笑って、高そうなゲーミングチェアみたいな椅子に座る。


「どうぞ、そこのソファーにでも座ってくれ」 


「す、すいません。それでは失礼して……」


 僕は会釈しながら、高そうなソファーに腰掛ける。思ったよりも硬い。が、安っぽい硬さではない。丁度いい硬さというか、寛ぐ為の硬さではない感じだ。まさにビジネス用。


「今回は何か用事があって来たんじゃないんだよね?」とハーバー氏が尋ねてくる。


「そうですね。街に来たついでにちょっと寄ってみようかなって思っただけです」


「この街に来たのは、何かの用事かな?」


「ま、まぁ、個人的事情と言いますか……」


 こちらの事情を説明するかどうか迷ったが、一旦保留する。僕は判断、決断が苦手だから、どうしても保留を選択してしまう傾向にある。率直に言えば優柔不断だ。


 僕が言い淀むのを見て、ハーバー氏は追及を控えてくれる。


 お偉いさんはこちらの心情を察するのが上手い。


 反応だけで事情まで察しそうな怖さがあるにはあるけれども。


「そ、そちらはどうでしょうか?」と僕は訊ねてみる。


「どう、とは?」 


「えっと…………そうですね…………」ヤバい。何にも頭が回らない。「ああ、そうだ。あの時捕まえた人攫いはどうでしたか? 名前は確か『タトゥー』でしたっけ?」


 何が『どうでしたか?』は自分でも意味も意図も不明な質問だったが、ハーバー氏の言い淀む反応は、質問の意味が理解できないというものではないと直感した。


「…………あぁ、実はね……」ハーバー氏は苦笑いを浮かべながら驚くべきことを口にする。「あの犯人達は全員殺されたんだ」


「殺された?」


 思わぬ答えに僕は硬直する。


「…………え? あ? はあっ?」


「どうやら知らなかったようだね」


 ハーバー氏がまたしても苦笑する。


「犯罪者の管理が出来てない事を皮肉る為に訊いたかと思ったよ」


「え? ああ、いや、そんな事する訳ないじゃないですか…………」


 驚き過ぎてちょっとまだ落ち着けない。混乱している。


「犯人は黒コートを着ていたか、と訊くのじゃ」 


 いきなりアウルアラが指示してきたので、僕は何も考えずにそのまま尋ねる。


「犯人は黒コートを着ていましたか?」


 ハーバー氏の目が大きく見開かれる。


「……どこでそれを?」 


 訊き返す彼の眼光は今までにないほど鋭く、僕は臆してしまい、


「えっと…………か、風の噂で…………」と、つい誤魔化してしまう。


 もしかすると誤魔化す必要はなかったかもしれない。だが、僕には正直に告白する勇気はなかった。


 そのまま俯き、黙っていると、


「ふうん……。まぁいいさ」とハーバー氏は言う。「もしも困った事があったらいつでも言ってくれ。相談に乗るよ」


 こちらが誤魔化しているのを察して尚、彼は追及せずにいてくれた。


「す、すいません……」


「ハハハ、別にいいさ」


 僕が謝ると、ハーバー氏は快活に笑って許してくれる。


「それじゃ、そろそろ私も仕事に戻らなくちゃいけないから、話を切り上げさせてもらうよ。すまないね。アルカ君」


 これ以上ここには居辛いので助かる提案だった。


 しかし追及されない代わりに、こちらも『タトゥー』がどんな風に殺されたかは聞けなかったのだけど。仕方ないか。黒コートが犯人なら、どうせ似たような状況だろう。


 僕は二度三度、頭を下げてから、部屋を出た。


 マホガニー製の扉を閉める瞬間、ハーバー氏の眼光が再び鋭くなったのが見え、僕は怖くなった。


 アウルアラも彼の眼光が鋭くなった事に気付いたようで、


「くくくっ。なかなか面白そうな奴じゃな」と笑みを浮かべていた。



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