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魔王の器  作者: 北崎世道
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火事

 領主であるハーバー・ゲルト氏の館を出た後は、そのまま潮風に包まれる港町ナルテからも出た。


 無機質な庭をダッシュで抜けて、そのまま飛行魔法で空へと飛び、家路へ着く。正直言って、逃げるような気分だった。途中でゲルル街に寄る事もせず、真っ直ぐに自宅へ帰ろうと決めていた。


 帰る最中、アウルアラが話しかけてきた。


「何をそんなに恐れているんじゃ?」


「分からない。でもなんか得体の知れない恐怖があったんだ」


「雰囲気に呑まれやすいのぅ」


 呆れるようにアウルアラが哂った。オバケを怖がる子供を見るような態度だ。


「別にあやつ自身は大した実力者ではないんじゃから、そんなに恐れる必要はないと思うぞ?」


「そうは言っても、怖かったんだから仕方ないじゃん」


「そういうものかのぅ」


 理解不能といった様子でアウルアラが肩を竦め、ふと上を見る。


「むっ?」と声を上げる。


 一体、何を見ているのだろう。領主の建物一階だったら、二階を歩いている女性のスカートの中を覗けたらしいが(逆犬神家の一族ごっことかぬかしてたやつ)、ここからだと雲しか見えない筈だ。まさか雲の上に美しきパンチラ光景がある訳もない。


 しかし僕はそれ以上何も言わず、訊かず、見ず考えずに空を飛び続ける。


 時刻は既に昼。太陽は真上に昇っているので、後は堕ちるだけだ。人生と一緒、というのは些か悲観的過ぎるか。


 そのまま会話もなく飛び続け、やがて自分が住む街が見えてきた。


 ────と同時に、何か奇妙なモノも見えてきた。


「…………なんだ、あれ? 煙……? 火事かな?」


 もくもくと黒煙が立ち上っていくのが見える。


 街の外からでも見えるのだから、そこそこ規模の大きい火事だというのが判る。しかも街に近付くにつれ、煙は一か所からではないのが判って来る。大きい煙と小さな煙の二か所だ。


 …………なんだか、嫌な予感がしてきた。


 いよいよ街の目の前まで近づくと、小さな煙の方は二つの煙が一つになってるのが判り、更にはそれが自分の家の方から上がっている事に気付く。


 この時点でもうナルテでの出来事は頭から吹っ飛んでいた。


 できるだけ早く帰宅する事しか考えられなく、呼吸が不規則に乱れ始めていた。


「落ち着くのじゃ」とアウルアラが窘める。「冷静になれ。慌ててもろくな事にならんぞ」


 そんな事を言われても落ち着ける筈もない。一刻でも早く状況を確認しないと、今、この時、このタイミングが誰かの命を救えるかどうかの分水嶺かもしれないのだ。


 僕は急いで家に帰り、自宅が赤く燃え盛っている光景を目の当たりにする。


「…………う、嘘だろ」


「うおおぉほっぉ、こいつはマジか……っ?」


 呆然とする僕の隣でアウルアラもやや興奮気味の驚きの声を上げる。


 巨大で真っ赤な炎が轟々と燃え盛り、大量の黒煙を巻き上げている。


 今朝まで自分が暮らしていた家が赤い炎に包まれる光景は、目の前にあっても現実のモノとは思えない。


 火炎の熱波が顔に当たり、皮膚が痛む。喉や眼球が渇く。


 周囲には野次馬達が家を囲むように集まり、騒いでいる。だが、肝心の消防団(この世界では別の呼び名かもしれない)は妙に少なく、現時点ではたったの三人しかいない。三人は地下水道に繋がったホース一本で消火活動をしている。女性の二の腕くらいの太さしかないホースをわざわざ三人で抱えての放水している。まるでおままごとだ。こんなんじゃ一生鎮火する事なんてできやしない。


「あ」


 と、僕は今更ながら家族を助け出す必要性に気付いた。


 目の前にある赤とオレンジの光景に思考が吹っ飛んでしまっていた。


 慌てて燃え盛る家の中へ駆け出そうとする。


「ちょっ、おい馬鹿! 何をしとるんじゃ! 止まれ!」 


 慌ててアウルアラが静止の声を掛けるが、止まる訳にはいかない。家の中に家族がいるかもしれないのだ。少しでもその可能性がある限り、僕は探しに行かなければならない。


 だが、その決意は肩を掴まれる感触によって阻まれた。


「ぐぁっ! 放せ!」


「落ち着きなさい。家には誰もいないわ」


 聞き覚えのある声に振り向くと、そこには久しぶりのマジュ師匠がいた。憮然とした表情で立っている。


「どうして────、」誰も家にいないと断言できるのか、と問おうとしたところ、


「探知魔法」と端的な答えが即座に返ってきた。


 僕は反射的に自分も探知魔法を使い、確かに家の中には誰もいない事を確認する。


「こういう時ほど冷静さを意識しないと駄目よ」とマジュ師匠は言う。


「母さん達は?」


「知らない。実をいうと私もたった今、来たところなの。あんたとほぼ同時」


「そう……」


 僕は周囲を見渡す。すると野次馬の中に呆然とする父の姿を発見する。


「父さん!」


 駆け出し、近寄ると、父は燃え盛る家を呆然と見つつも、僕の姿に気付き、泣きそうな笑顔を見せた。


「無事だったか……っ! よかった…………っ!」 


 父は僕を抱きしめ、母と妹が現在、病院に居る事を伝える。


「母さん達は無事だ。怪我もない。ただ、少し煙を吸った恐れがあるから大事を取って休ませてもらってるだけだ」


「そっか…………無事ならよかった」


 僕は涙ぐみながら、ほっと息を吐く。今なお、目の前では最悪の光景が拡がっているが、それでも最悪の状況ではなかった。


 煙。一酸化炭素。中毒。


 妹のナミヤはまだ一歳だから、少しの煙でも大事を取るのは正解だと思う。


「父さんはお前が帰って来るのを待ってたんだ」と父は言う。「…………家は残念だけど、家族が無事なら大丈夫さ」


「そうだね。家の一軒くらいなら僕がダンジョンで稼ぐから大丈夫だよ。思い出だってまた作り直せばいいさ」


「…………それはどっちかというと父さんの台詞じゃないか?」 


 父がちょっと引きながら言った。


 確かにそうかもしれない。五歳児が言う台詞じゃないよな、と自分でも思う。


「ご無事でしたか」とマジュ師匠が父に声を掛ける。


「マ、マジュさん……!」


 父が驚きの眼差しを師匠に向けるが、マジュ師匠はすぐに視線を逸らし、


「お二人は病院の方へ行ってください。私はもう一軒の火事の方を確認します」


「もう一軒……?」


 そういえば火事は二件、いや、小さな煙は二股に別れていたので三軒あった事を思い出す。


 小さな煙の方がここと、ここの近くのもう一軒だ。


 僕はその近くのもう一軒の方に目をやると、燃えているのが僕に馴染みのある建物である事に気付く。


「嘘だろ…………?」


 燃えているのは教会兼子寺院の建物だった。


 僕はすぐさま駆け出そうとするが、すぐに思いとどまり、探知魔法を発動させる。


 先程の反省を生かした行動だ。


「…………よかった、誰もいないか」


 探知魔法を使った結果、幸いな事に教会兼孤児院の方も、誰も取り残された人はいない事が判った。


 というかそっちの方の建物周りに、孤児院の子供達がいた。人数も全員揃っている事が判った。彼等の大半はわんわん泣いたり、叫んだりしていた。ナミヤと同年代の子も泣いていたが、状況が判らず、仲間につられて泣いているだけの様に見えた。中には泣いてない子もいた。その中にネアの姿もあった。彼女は泣いている仲間達を慰めようと、必死に動き回っていた。強い子だ。


 火事の規模は野次馬と同様、向こうの方が大きく、マジュ師匠が言い出すまで気付かなかったのが不思議なくらいだった。


「ごめん、父さん。僕もあっちの方を確認してくる」


「あ、ちょっ」 


 父の制止を振り切り、僕は孤児院の方に駆け寄る。


 家の前から孤児院まではかなり近いので十秒足らずで到着する。父ですら二十秒足らずだ。


「アルカ…………!」


 孤児院の子供達の傍に、ユウの姿があった。


「あんた、これは一体どういう事よ…………っ!」


 ユウは、僕の姿を見るなり、不可解な事を言い出した。彼女の言ってる意味が分からない。ただ、雰囲気的に彼女からはこちらを責める意思が感じられる。


「何? どういう事って……?」


 僕の問い返しに、ユウは答えようとしたが、その前に、


「待ってくれ!」


 という父の言葉に、ユウは口を開いたまま固まってしまった。


「言わないでくれ」


「…………何それ? どういう意味?」


 父からの懇願に、ユウは気勢を削がれて黙ってしまったが、代わりに僕が問い詰めた。


「…………」


 ユウが目を逸らし、黙る。


 父は必死な顔でユウを見つめていたが、僕からの視線に気づくと、気まずそうに目を逸らした。


「教えて」


 と僕は言う。


 父は首を横に振るが、ユウは誤魔化しきれないと悟ったか、すぐに白状した。


 それは信じられない情報だった。


「丁度、あたしが席を外してる時に憲兵達が来て、反逆者アルカは何処かって訊かれたらしいんだけど? 知らないって言ったら、反逆者の仲間扱いされてこれ」


 ユウは燃え盛る建物を指さし、息を吐く。


「あんた、一体何をしでかしたの?」


「何を…………って……」


 あまりにも予想外の言葉に面食らう。


 憲兵達というと、おそらくはジャントルとブーザマ殺害の件だろう。確かに、その件で犯人扱いされた抗議として少し暴れたところもある。


 だが、反逆者として扱われて、家と孤児院を焼くのはどう考えたって違うと思う。


「童の勘が当たったか……」とアウルアラが小さく呟いた。「お主がお上様と呼んでるあの男。腹の中が真っ黒だと思ってはいたが、まさかこんな事をしでかすとはな…………短絡的…………いや、それを強行するだけの権力を持ってるということじゃろうな」


「こ、これが僕のせいだっていうのか…………?」


 信じられないという想いで僕は赤とオレンジの炎に包まれた教会を見る。


 憲兵側に怒りを感じると同時に、家族と孤児院の子供達への申し訳なさ、家を焼かれた悲しみなどが膨れ上がって、身動きができなくなる。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


「────黙りなさい」


 と有無を言わせぬ口調の声が聞こえる。


 マジュ師匠が僕の傍を見て、告げる。


「…………えっと、そう。アルカに言ったの。いい、アルカ? 考えるのは後。ひとまず魔法で火を消しなさい」


 膝を付き、思考が止まりかける僕に、マジュ師匠は容赦なく告げる。


「で、でも……」


「火を消しなさい。火を消すことが今はなによりもの最優先。泣く事も迷う事も後でできる。だけど被害を最小限に止める為には今、火を消す為に動くしかない」


「…………わ、分かった」


 言われた通り、僕は思考と感情を止め、火を消す為に動き始める。


 風の魔法を放つ。


 最初は水魔法を使おうかと思ったが、放つ直前に変え、咄嗟に風魔法を選択した。風魔法で酸素を飛ばして、燃焼を止める作戦だ。


 効果はそれなりにあった。


 もしかしたら素直に水魔法を使った方が良かったかもしれないが、放水の衝撃で建物を壊しそうな気がしたので、風魔法での対処を選択したのだ。


 それなりとはいっても、これまで消防団が出してきた結果に比べたら圧倒的だった。


 周囲に熱と火の粉を巻き散らす巨大な炎は、みるみるうちに小さくなっていく。


 ただ、思ったよりも火が弱まるスピードが速くても、完全に消し去るまでには至らなかったのだ。


 消し去る前に風魔法を止めると、酸素が戻って、むしろ火が強まりかけた。


 なので風魔法を使いながら僕は水魔法を同時に発動し、消火活動を続けた。


 途中からマジュ師匠が水魔法での放水を手伝ってくれて、教会兼孤児院の方の建物は完全に鎮火した。


 次に僕は家の方に魔法を唱え、先程と同じように魔法で消火活動を行った。


 十分ほどで二つの建物は完全に鎮火する事ができた。


 火の勢いと、他のメンバーの消火能力を考えれば、これは驚くべき消火速度だ。だが、それでも結果は無残で、あれだけ轟々と燃えてしまえば、建物はもう跡形もなくなっていた。


 ほとんどが焼け落ちていて、炭と灰が建物の痕跡を辛うじて残していた。


 天井はなく、ところどころに燃え残った炭の柱が立っていた。


 触らずとも、風が吹く度にぽろぽろと崩れ落ちていく。


「あぁ……あぁ…………」


 声を出す。が、言葉にならない。


 僕は建物があった場所を、ふらふらと彷徨い歩くように回り、火が完全に消えている事を確認する。


 うん。火は完全に消えている。


 だが、もう取り返しがつかない。何もかもが燃えて、灰と化している。


 呆然と立ち尽くす。すると、マジュ師匠が声を掛けてくる。


「お疲れ様。あんたはひとまず病院に向かいなさい。既に彼も……あんたのお父さんも病院の方に向かわせてるわ。私はここに残って消防団の相手や、そこの孤児院の子供……? 関係者? 達と話をつけておくから」


 見ると、マジュ師匠の後ろにユウが複雑そうな顔で僕とマジュ師匠を見ている。


 声を掛けたいけど、掛けるのを憚れているような感じだ。


 僕は考える事も億劫だったので、マジュ師匠の言う通り、ひとまず病院に向かう事にした。


 いつまでもここに居ると、心が壊れてしまいそうだ。


 僕は逃げるようにこの場を去った。


 誰も僕を止めるような事はしなかった。



 ◆



 病院は想像以上に混雑し、混乱していた。


 どうやらもう一軒の大きな黒煙の方で起きた方の怪我人が多く、患者の中には火傷、一酸化中毒の人が混じっていた。とはいえ大半が火事が起きた際の混乱による二次災害での怪我人で、重傷者はほとんどいないようだった。


「…………」


 気のせいか、どことなく見覚えのある人達な気がする。


 嫌な予感はしたが、あまり深く考える余裕はないので、気にせず母と妹を探す。


 病院の受付は混乱によりほとんど機能してなさそうだったので、探知魔法で母と妹の魔力反応を探すようにする。


 こういう時の為…………という訳ではないが家族くらいの魔力の波長みたいなものをなんとなく覚えるようにしていたのだ。


 なので混乱中の病院内でも簡単に探し出す事ができ…………でき…………できなかった。


 どうやらまだ僕にはそういう技術は難しかったようだ。


 しかしながら、適当に探し回っていると、妹を見つける事ができた。


 子供、それも一歳児の怪我人はほとんどいなかったので、現状ではかなり目立っていたのだ。


 妹の傍には当然ながら母もいて、僕の接近にすぐ気づき、泣きながら駆け寄り、僕を抱きしめた。


「無事だったのね…………よかった…………」


「ごめんなさい」と僕は謝罪した。


「ど、どうして謝るの……?」母が尋ねる。その反応の中には隠しきれない狼狽の色が混じっている。


「孤児院のとこの女の子から少しだけ話を聞いた。僕が原因だったみたいって。本当にごめん」


 母が後ろにいる父に鋭い目を向けた。


「す、すまん……」申し訳なさそうに謝る父。


「父さんは頑張って隠そうとしてたよ」


 辛そうな父のフォローを入れつつ僕は、


「どうせいつかはバレるんだから、気にしないで。それよりも母さんとナミヤは大丈夫? 一応、父さんからは怪我はないとは聞いてるけど、念の為に確認させて。本当に大丈夫? なにかあったら遠慮なく言ってね。一応、それなりに強力な回復魔法を覚えてるから。千切れた腕の一本や二本生やすくらいならできるから、遠慮なく言って。コストも高くないし」


「大丈夫。怪我とかに関しては本当に大丈夫だから安心して」と母は答えた。「…………腕? ……コスト?」


「前にダンジョンで四肢失った時もあったんだから、今更でしょ」


 物騒な単語に困惑する母。それに僕は軽く笑いつつも平然と返す。


「え、えぇ。そうね。でも本当に大丈夫だから」


「そっか。それならよかった」


 念押しの確認に僕は安堵し、母から一歩距離を取る。


「ん、どうしたの?」


「ちょっと行くところがあるから。ごめんっ」


「え、あ、ちょっとっ!」


 僕が離れると、母が咄嗟に引き留めようとシャツを掴もうとする。だが、それを躱して僕は駆け足でその場から離れる。


 こんな時くらい出掛けなくても、と言われるかもしれないが、こんな時だからこそ僕は行かなければならない。


 サッカーのディフェンスみたいに立ち塞がる父も、人混みを利用し、さっとすり抜けて、僕は病院を出る。途中、悲鳴のような僕を呼び止める声が聞こえたが、今は無視するしかない。


 病院を出た後は、いつものように飛行魔法で空を飛んで、目的の場所へ向かう。


 まだまだ時間的には夕方前なのに、街の空は赤と黒が多い。僕の瞳に炎と黒煙がこびり付いているせいだろうか。どうにも青が見えない。青い空が。


 飛行中、アウルアラが何か言っているようだったが、僕の耳には届かなかった。鼓膜には響いても、意識の中までは届かないやつだ。なんか言ってるけど、まぁいいかと、遠いところで叫ばれてる感じ。


 だって頭の中はもうこれ以上ないくらいに真っ赤な炎で埋め尽くされてるから。


 もうホント、あんまり考える余裕はない。

 


 ◆



 飛行魔法で目的地であるお城の前に来た僕は、今回の事件を起こした張本人を探した。


 どうやら男も僕が探しに来るのを待っていたのか、判り易く開けた場所で、隣に憲兵隊の隊長さんを侍らせ、立っていた。


 偉い立場のお上様。名前は知らない。お上様と僕が勝手に呼んでるだけだ。


 少し距離を置いたところで着陸し、僕はお上様が何を言うのか反応を見る。


「待っていたよ」と彼は言った。悪びれた様子は一切ない。「短絡的なキミの事だから、正面から堂々と突撃してくるだろうと思っていた」嬉しそうに笑う。


「どうしてこんな事を?」と僕は問う。


「どうして?」


 僕の疑問に、彼は理解ができないと言った様子で、


「街の安全を脅かす反逆者を捕まえるのは、街の安全を護る憲兵隊としては当然の事だろう? 反逆者を匿う奴も一緒さ。キミは人の命を奪っておきながら、平然と罪を逃れようと脱獄し、あまつさえこの憲兵団内で暴れて甚大な被害をもたらした。これを反逆者と呼ばずして、何と呼ぶ? 犯罪者か」


「冤罪だ。僕はやってない」


「やったかどうかは私が決める」


 僕の当然の主張に、男は当たり前のように告げる。


「キミは人が犯罪者になる理由を知らなかったのかい? 悪い事をしたらなるだけじゃないんだよ。偉い人に選ばれたら犯罪者になるんだ。そしてその決定に逆らった者もだ」


「独裁者だな」


「独りではないけどね。神に選ばれた者が少ない事は認めるよ」


「お前が神に選ばれたとでも?」


「ああ、そうさ。私が、動かない神の代わりに動く神の代行者、トウサイ・ゴヒョウだ」


「よく解ったよ。トウサイさん。要するにお前をぶっ殺せばいいって訳だな」


「これだから野蛮な反逆者は…………」やれやれと言った様子でお上様ことトウサイ・ゴヒョウは隣に構えさせている憲兵隊長に指示を出す。


「やれ」


 たったそれだけの言葉で憲兵隊長のジルさんが険しい顔をしながら、一歩前に踏み出す。ズシンと重みのある一歩。その険しい顔と背中には、まるで生き死にが掛かった場面であるかのような重い覚悟が滲み出ている。


「…………邪魔をするなら僕はやるよ? おっさんに恨みがなくても、今回の事はガチで頭にキてるから、本気で」


「ああ」と憲兵隊長は答えた。


「そっか」と僕は言い、構える。


 と、その直後に僕は駆け出した。


 石畳がひび割れる程の鋭い踏み込みで接近し、ジルの前で大きく振りかぶる。


 何のフェイントもなしに放った僕の拳は、野球投手のような円を描く軌跡で放たれ、隊長の顔面横をスレスレのところで通過する。


 躱された。


 だが問題ない。隊長程度の攻撃力ならたとえカウンターパンチを決められたとしても、大してダメージは入らない筈だ。


 しかし、こちらの死角から放たれた拳は僕の予想を遥かに超えていた。


 頭蓋骨が砕かれたかのような衝撃が右のこめかみに奔り、そしてそのまま地面に叩きつけられる。


「…………がァっ!」


 一瞬にして意識がトンだ。


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