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魔王の器  作者: 北崎世道
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鉄格子越しの拷問

 ────ドコに行く気じゃっ?

 ────お主が今やるべき事は他にあるじゃろっ!



 ◆



 仰向けのまま水中から水面へと浮上していく感覚があった。それが意識の覚醒だと気付くのに、小さじ一杯分の時間が必要だった。


 そのままゆっくり重い瞼を開くと、薄暗くてカビの生えた天井があった。見覚えのある光景だ。けれどすぐには思い出せない。確かに見覚えがあるのに。それもそこそこ最近見た事のある天井だ。


 身体を起こすとすぐに気付く。ここが牢獄である事に。そうだ。ここは檻の中。最初に捕まった時に連れて来られた場所だ。


 よく見ると其処とはまた微妙な差異があったが、大まかなところはほとんど一緒だ。違うのは堅牢さ。檻のグレード。見るからに頑丈そうで、いくら異世界チートな僕でも壊せそうにないぐらいの立派な鉄格子が付いている。丸太くらい太いのがみっちりと。


 壁や天井もたぶん違う。触った感じは一緒だが、おそらくそれは表面だけ。叩くと、表層の奥にやたらめったら硬そうなのが詰まってそうな感じだ。っていうか、頑張って穴を開けようとした痕跡が部屋の端っこに残ってる。便所みたいな床の表面削ったら、中身が鉄だったから諦めましたみたいな痕跡。焼け焦げた痕みたいだ。


 異世界チートの僕なら開けられない事もなかったかもしれないが、今は無理だ。


 何故だか妙に力が出ない。


 確かに空腹だが、ここまで力が入らないのは何故だろう。


 頭部が濡れたか、齧られたか。それとも汚れたか。


「薬を打たれたからじゃよ。汚れとるのは最初からじゃ」と呆れた様子でアウルアラが言う。


「おはよう。無様じゃな」 


 起きて早々、辛辣な一言。なにやら今日のアウルアラは機嫌が悪い。


「覚えとるか? お主は負けたんじゃよ。あの憲兵隊の隊長に」


「…………」


 言われて思い出す。そういえば僕は家を焼かれて頭に来て、原因のお上様ことトウサイ・ゴヒョウをぶっ殺そうと思ったところで、奴を護ってる憲兵隊長に返り討ちにあったのだ。


 それも一発KO。


 …………少し油断し過ぎていたようだ。


 いや、ちょっと違うか。過信していたのだ。異世界チートの力を。


 このところはザコのチンピラばかりを相手にしていたから、ガチで強い相手との戦い方を忘れていたのだ。


 前に勝った事があったからといって、次も簡単に勝てるとは限らない筈なのに。


 しかも前の勝利は相性のおかげでもあったし。それに今になって思うと、あの憲兵隊長が始めから子供の僕相手に本気で戦える筈もない、気がする。たぶんあの人はそういうタイプかなって思う。


 油断も負けた原因の一つだが、あの人の実力を見誤っていたのもある。


 今回負けた事でなんとなく判ったが、おそらくあの人と僕はどっこいどっこい、経験量の差でおそらくあっちに分があるだろうってぐらいには強い。


 殴られた時の衝撃が今もまだ頭に残ってるから、これはマジだ。下手すると経験量の差がなくても、あっちの方が強いかもしれない。


 というか骨は────、


「怪我は童が治したからな」とアウルアラが言う。


 あぁ、だからか。と僕は納得する。


 比喩抜きに頭蓋骨が砕けたと思ったから、変だと思った。


「脳も潰れかけとったが、なんとか何の後遺症も残さずに済んだわい」


 …………前言撤回。強いかも、じゃなくて間違いなく僕より強い。


 それプラス経験量で、更なる実力差が出てきてしまう。


 何てことだ。それだと彼は本当に勝ち目がない相手である。


「そうとも限らんがな」とアウルアラがそっぽを向いたまま言う。「戦い方次第。お主はまだその才能を活かしきれておらん」


 …………そうなのかな?


「カカカッ。自信をなくしておるのぅ。まぁ、あんだけ派手にやられたら、高く高く伸び上がった鼻もへし折れてしまうか。特にここ最近はザコばかり相手にしておったから、猶更じゃな」


 確かに僕は戦いそのものが好きという訳ではなく、ザコ相手にイキリ散らかす方が好きな小者なので、いざ本当に強い相手を前にしたら、そりゃあ天狗の鼻も簡単に折れてしまう。


 実際、こうして負けてしまって、僕は再び檻の中に入れられてしまった。


 しかも今度はかなり厳重な場所に。


 見張りこそいないが、そのぶん檻が頑丈なのでイーブン。むしろ見張りがいないからこそ、小細工やらなんやらが効かなくて、隙が無いともいえる。


 ちょっと今回は独力で脱出するのは難しそうだ。


 しかしどうしよう。


「勝手に出てきたからなぁ。ちょっとの間とはいえ、いつまでも姿を見せないと両親が心配してしまう」


「ちょっとではないぞ」僕が独り言を呟くと、アウルアラが口を挟んでくる。「お主が気絶してから既にまる一日が経過しとるぞ」


 …………マジか。


 ちょっとそいつは想像以上だ。


 しかし言われてみれば、お腹の空き具合は相当で、まる一日寝ていたと言われた方がしっくりくる。薬を盛られずとも、力が入らなかったんじゃないだろうか。


 それならさっさと脱出しないとな。…………ねぇ、アウルアラ。ちょっとお願いがあるん


「断る」


 だけど…………って、言い切る前に断られた!


 心の中での台詞なのになんたる返答の速さ。


 アウルアラがため息を吐く。


「あのなぁお主。一応言っておくが、童は結構怒っておるのじゃぞ? こちらの静止も聞かずに勝手に突っ走りおって。あの時のお主には嫌な奴を叩きのめす事よりも優先すべき事が山のようにあったじゃろうが」


 ぬぬぬ……。


 アウルアラに正論を吐かれた。泣きそう。


「じゃから、反省を促す為にも今回は助けてやらん。少しは痛い目をみて学習せい」


 でもそれだと…………。


「くどいっ。文句を言いたければ、昨日のお主自身に言うのじゃな。はっきり言っておくが、童はお主の家族や大切な人がどうなろうと、知った事ではない。お主との良好な関係を築く為に手伝ったり助けたりはするが、本来はそいつが生きようと死のうと、童にはどうだっていい事なんじゃ。今回の事を安易に許すと、今後お主との関係にも支障が出てしまう。故に今回は助けてやらん」


「むぅ」


 アウルアラの言ってる事は解からんでもないので、反論できない。


 確かに彼女の言う通り、今回悪いのは僕だ。


 現状はかなり差し迫ったものなので、できればアウルアラの手を借りたいところではあるが、それだと彼女の信用を失ってしまうので、それはできない。仮に今、家族の誰かが生命の危機に瀕していようともだ。(もし本当に危機に瀕していると知ったなら、たとえ彼女の信用を失ったとしても協力を頼むかもしれないが)。


 なので僕は会話を打ち切り、一人で脱出する為、この場であれこれ試行錯誤してみる。


 が、残念ながらどうにもならない。


 そもそも何故か魔法が使えないのだから話にならない。


「薬のせいじゃろう」とアウルアラは言った。「筋弛緩剤に似た薬じゃ。毒ではないが身体を弱らせる程度の効果がある。軽度の腰痛にもな」


 なら筋弛緩剤でもよくね?


「おそらく魔力を抑える薬じゃったらおそらくお主には効果なかったじゃろう。じゃが、魔力関係なしにお主の身体を弱らせる薬じゃったら効果は絶大じゃ。なんたってお主は五歳じゃからな。魔力は絶大じゃが、身体はただの五歳児とそう変わらん。量も大人用に調整されておるから、普通より効果が重いじゃろう」


 成程。そのせいでさっきから身体が重たいのか。


「おまけに一度脳が潰れたしのぅ。魔法で回復したとはいえ、少し弱っておるのは確かじゃ。そこに薬の効果も合わさって、今のお主は一切魔法が使えん状態になっておる。一時的じゃがな。薬を再度盛られん限り明日には回復しとるじゃろうから、そこは安心してよい。あくまで薬を再度盛られんかったらな」


 薬を盛られ次第じゃ、魔法が使えない状態が続く可能性はあるって事か。


 


 小一時間、鉄格子を引っ張ったり捩じったりしようとしたが、駄目だった。ビクともしない。


 薬のせいもあって、頭がぼんやりする。下水道内みたいに薄暗いのに視界が明滅するし、クラクラもする。


 そんなこんなしてたら、不意に男が牢屋がある部屋に入ってきた。


 ビクともしないぶっとい鉄格子の前で、お上様ことトウサイ・ゴヒョウが意地の悪そうな笑みを浮かべて立っていた。


「おはよう。やっとでお目覚めだね」


 嬉々とした表情でそう言う彼の手には食べ物がある。お皿の上に盛り付けられた半液状の得体の知れないスープもどき。ドロッとした白色。食べ物かさえも怪しい。


「実はキミに食事を用意してきたんだ」


 トウサイ・ゴヒョウはそう言って、鉄格子越しにお皿を渡そうとするが、ガッと皿の両端が当たって、入らない。


 斜めにすれば当然入るが、底の浅い皿なので斜めにしたら中身が零れてしまう。


 こういう時の為に、檻の入り口らしきところにはそれ専用の受け取り口があるのだが、彼はそれを使おうとしない。


 どうするのかと思ったら、トウサイは何の躊躇いもなく、皿を斜めにした。


 当然、中身が零れる。素早く入れたので、零れた中身はぎりぎり檻の中だ。


「おいおい何してんだよ」と僕は呆れながらツッコむが、トウサイの表情から、彼の意図が『そういう事』であると察した。


「舐めろ」


 とトウサイが言った。


「這い蹲って、綺麗に舐め取れ」


 嬉々とした笑み。人間の悪意というのはここまで悍ましいものなのか。


 しかしなんだ。よくもまぁ、野郎相手にそういう嗜虐趣味を発揮できるものだと感心したくもなる。男を這い蹲らせてそんなに楽しいのか。嫌な奴をボコボコにするだけで満足していた僕とはレベルが違う。下種の極みだ。


「ふざけんな。誰が舐めるか」と僕が言うと、


「良いのかい? そんな反抗的な態度だと、キミの大事な家族がどうなると思う?」


「やってみろ。したらどんな手を使ってもお前をぶち殺してやる」


「そんな口を聞いていいのかな?」


 トウサイは嬉しそうに指を鳴らし、部屋の入り口の方を見る。そこから四肢拘束に猿轡の状態で父と母が車椅子で押されて来た。


 二人とも泣いている。


「…………お前、マジでクソ野郎だな」


「ククク。負け犬には妥当の扱いだろう」


 僕は膝を付き、床に零れたスープもどきを舐める。


 衛生的に問題ありそうな床を舐めるのは精神的に強い抵抗があるが、現状、素直に従うしかない。床の上をかさかさと虫が走っても、口の中に入らないよう注意するだけで、後は我慢だ。


「あははっ、本当に舐めてやがる。きったないなぁっ!」


 実に楽しそうに煽るトウサイ。生粋のサディストだ。


 僕の行為を見て、両親が猿轡越しに悲痛な叫びをあげている。


「大丈夫だから心配しないで」と僕は笑顔で両親に声を掛ける。


「あはは、どうだい? 美味しいかい? よくもまぁそんな汚い床を舐められるね。そんなに美味しいなら私が更に味付けしてやろう」


 そう言ってトウサイが股間を出して、鉄格子越しに小便を放つ。


 僕の頭に奴の小便が掛かる。


「おら、顔をあげろよ。口を開けて、小便を飲み込むんだ」


 僕が俯いたままでいると、


「二人がどうなってもいいのかっ!」


 トウサイが激昂する。僕は言われた通り顔を上げ、口を開く。


「キャキャキャキャキャっ」


 口内に拡がるアンモニア臭に僕は思わずむせ、吐き出してしまう。


「おいおいふざけるなよ。折角、高貴な私の小便を施してやったというのに。勿体ないだろう?」


 トウサイが両親を押してきた部下に目をやる。トウサイの視線の合図で彼の部下が両親の指の爪を一枚ずつ剥がす。


 父が猿轡越しに悲鳴をあげる。母は歯を食いしばり、絶叫しなかった。


「て、てめぇ…………っ!」


 僕は怒りのあまり鉄格子にしがみ付く。それを見て、トウサイは涎を垂らしそうな笑みを浮かべる。


「おいおい命令を聞かなかったのはキミだろう? 謝罪の証として、服を脱いで土下座をしたまえ。


 僕は言われた通り服を脱ぎ、裸で土下座する。


「舐めろ」


 格子の隙間から足を出された。革靴だ。


 僕は言われた通り、革靴を舐める。


「キャ────ッ! キャッキャッキャッキャッ!」


 猿みたいな笑い声と同時に、顔を蹴られ、頭を踏みつけにされる。


「ああ、しまった。そういえばここに来る途中で犬のクソを踏んだんだったな」


 ガジガジと僕の後頭部に靴底が擦り付けられる。


 汚物への嫌悪感もそうだが、すぐ傍から聞こえる両親の悲痛な声の方が僕には辛かった。


 それからもトウサイは鉄格子越しに僕をなぶり続けた。



 ◆



 小一時間ほど続けた後、ようやく満足して人心地着いたトウサイは、


「それじゃまた明日ね。私も忙しい身だから」と言って、この場を後にした。


 両親も一緒に連れられて行った。


 僕は独り、取り残された。


 こちらの反逆を恐れてか、鉄格子越しにしか接してこなかったから、肉体的な拷問はなかったが、あまりにも悪逆な精神的拷問のせいで、僕は憔悴しきっていた。


 服も奪われ、裸でその場で座り込んでいた。


「お疲れ様」とアウルアラが声を掛けてくる。「見るに堪えなかったのぅ」


「…………」


 僕は答えなかった。口を開けば、何故助けてくれなかった、と咎めてしまいそうだったからだ。


 アウルアラがそういう奴である事を、僕は知っている。


 しかし、だからといって、それで感情が抑えきれる訳ではない。


 なので今は黙る他ない。


「…………責めないんじゃな」とアウルアラは言った。「ちょいと身体を貸せ」


 僕はアウルアラに身体を貸した。


 彼女は、今の僕の体調では本来使えない水魔法を使って、身体を洗った。


 口の中も洗浄し、裸でびしょ濡れではあるが、ある程度、綺麗な状態に戻してくれた。


 勿論、石鹸などはないので全て水洗いでできる範囲でだ。


 それでも綺麗になったのは素直に感謝したい。ただ、


「…………寒い」


 身体を返してもらった僕は自身の両腕を抱え、震えた。


 水魔法で出した水は冷たい。冬の洗顔ほどの冷たさではないが、全裸の状態では歯がカチカチなるくらいには冷たい。風邪をひきそうだ。


「そこの布団で身体を拭くとよいじゃろう。それとも火魔法を使って、その布団で焚火でもするか?」


 アウルアラの選択肢に、僕は少しだけ考え、拭くだけを選択する。


 現状で布団を燃やす行為は、トウサイが僕を責める口実となりやすい。両親を人質に捕らえられてる以上、そういう口実を作るのは得策ではない。


 まぁ、どんな些細な事でも僕を責める理由にはなりそうだからこれは無駄といえば無駄かもしれないが、一応念の為だ。


 身体を拭き終えると、いくらか寒さは和らいだ。


 布団が汚かったので、身体はまた汚れてしまったが、拷問直後に比べたら雲泥の差だ。


 あいつゲイなんかな。


「童が見た感じじゃ違うの」アウルアラが僕の心の中の独り言を否定した。「ただの独りよがりなサディストじゃ。言い換えるならタチの悪いいじめっ子じゃ。他人が苦しむところなら、男でも女でも構わんだけじゃな。両刀という訳でもないから、性的要素は関係ないんじゃろう」


 僕には判断がつかないが、性要素の塊であるアウルアラが言うのならそうなのだろう。


「それよりもじゃ。どうやらまた来訪者のようじゃぞ」


 また拷問だろうか。情報を聞きだす為の尋問ではなく、ただいじめてくるだけだから、余程の暇人なんだろう。


 しかしアウルアラは否定する。


「いや、どうもさっきのとは毛色が違う。なんかコソコソしておるぞ」


「!」


 僕は身構えた。


 現状、僕は魔力を使えないので身構えたところでどうとなる訳でもないが、それでも一応身構えた。


 すると確かに、聞こえてきた。素人に毛が生えたレベルの僕でも足音が近づいてくるのが判る。


 いくらここが虫の足音も聞こえるくらい静かだといえ、部屋の外から足音が聞こえてくるのは、あまり足音を消すのが上手ではない人らしい。堂々と歩いているならともかく、アウルアラ曰くコソコソしているらしいのだから、かなり下手くそといってもいい。


 少しして部屋の扉が開かれた。


 来訪者は男だった。見覚えがあるようなないような。微妙な顔だった。


 男は言った。


「どうも。時間がないので率直に言います。ここから脱出したいなら、我々に協力してください。返事は十秒以内。イエスかノーでお願いします」


 十秒以内。────さて、どうする?



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