父さんと母さんと僕
「父さんは野球が上手かったのよ。球が凄く速くてね、高校の野球部のエースだったの。父さんは私達の憧れだったわ」
って、母さんが遠くを見るように、目を細めながら言ったんだ。
父さんの野球部は、父さんが高三の夏、
県大会で準優勝したんだって。
決勝戦で、相手のピッチャーが三人も交代し
たのに、父さんは一人で、延長十七回まで投げたんだ。
でも最後にヒットを打たれて、一点差で負けたんだ。その試合に勝てば、甲子園に行けたのに。
父さんは大学でも野球で活躍して、プロから
スカウトされるくらい凄かったらしいんだ。
だけど、大学三年の時にヒジを壊して、
野球は諦めたんだって。
父さんと母さんは、同じ高校の同級生でね、
母さんは父さんの大ファンで、野球の応援によく行ったんだって。
たけど母さんは恥ずかしくて、高校の時は父さんと一度も口をきけなかったらしいんだ。
「父さんは地元のスターだったから、私なんかとても近づけなかったの。同じクラスになったことも無かったしね。たまに学校の廊下ですれ違う時なんか、私、緊張して目も合わせられなかったわ。父さんは背が高くてハンサムだった。肌の色が浅黒くて、ツヤツヤしてた。足が長くて、スタイルが良いの。父さんはいつも輝いて見えたわ。こんな、地味な容姿の私とは絶対に釣り合わないって、 私、ずっと思ってた。父さんは勉強も出来て成績はいつもトップクラスだったのよ」
母さんは眩しそうな目をして言ったんだ。
母さんは高校を卒業するとね、僕が入院したこの私立の総合病院に就職して、医療事務の仕事をしてたんだ。
そしたら、父さんが野球でヒジを痛めた時、
母さんが勤めてるこの病院に、よく来たんだって。
二人は高校の時は一度も話した事がなかったけど、顔見知りだったから母さんの方から思い切って父さんにアタックしたんだって。
そしたらね、実は父さんも母さんのことが、ずっと好きだったんだって。
「ある日、父さんが病院の窓口に来た時ね、私、自分の連絡先を書いた短い手紙を渡したの。ファンレターみたいな簡単な内容の手紙よ。私、緊張で手が震えてたわ。父さんは優しくニッコリ微笑んで、手紙を受け取ってくれたの。そしたら次の日、父さんから電話がかかってきたのよ」
母さんは少し顔を赤くして言ったんだ。
それで二人は付き合い始めてね、二十五歳の時に結婚して二十七歳で僕が生まれたんだ。
僕が生まれた時、父さんは大喜びしたんだって。しかも男の子だったから、
「『偉いぞ、陽子、良くやった。これで俺も息子に野球が教えられるぞ!』って、父さんは大喜びだったわ」
母さんが嬉しそうに笑いながら言ったんだ。
「あなたが生まれるとね、父さんはあなたを溺愛したの。『翔太、翔太!』って、いつも口癖のようにあなたの名前を呼んでたわ。家に帰るとあなたの側からずっと離れないの。私、父さんこそ、本当の育メンだと思うわ。オムツもよく替えてくれたし、仕事が早く終わる時は、保育園に必ず迎えに行ってくれたの。だから、私は子育てが楽だった。あなたが夜泣きしても、次の日仕事なのに、父さんが寝ないであなたをあやしてくれたのよ」
母さんは懐かしそうに笑って言ったんだ。
僕が四歳になると、父さんは休みの度に僕を小学校のグラウンドに連れて行って、野球を教えてたんだって。
[夢に出て来た光景は、現実だったんだ]
って思うと、僕は凄く嬉しかった。
僕に最初に野球を教えてくれたのは、
やっぱり父さんだったんだ!
父さんは、大学を二十二歳で卒業するとね、
自動車を作る会社に就職したんだ。世界でも有名な大手自動車メーカーなんだよ。
そして就職して三年後に母さんと結婚して、その二年後に僕が生まれたんだ。
だけどその四年後に、会社の工場で事故が起きて、父さんはその事故に巻き込まれて死んじゃったんだ。
だから父さんは、三十一歳で亡くなったことになる。




