甦った記憶
診察を受ける前、もう一度体温を計ったけど
まだ四十度近い熱があった。
声もほとんど出せないし、唾が飲み込めないくらいノドが痛かった。
お医者さんは風邪だろうって言ってたけど、他の病気の可能性もあるから、念のために一晩入院して様子を見ようってことになっ
たんだ。
入院するのなんて生まれて初めてだった。
でも母さんが、ずっと側についててくれたから僕は安心だった。
お尻に注射してもらって、病室のベッドに横になると、看護師さんが点滴をしてくれた。
重病人になったみたいで、悲しかったけど、母さんが僕の手を握って、
「翔太、大丈夫よ。母さんずっとここにいるから、安心して眠りなさい」
って、笑顔で言ってくれたんだ。
僕は母さんの手を強く握り返して、声を出すのに苦労しながら、
「ありがとう」
って、言ったんだ。
母さんの手の温もりがありがたくて、無性に嬉しかった。
[やっぱり、母さんは最高だ!]
って、僕は思ったんだ。
◇◇
寝てる間に、僕は何度も何度も繰り返し長い夢を見た。
全部緒方コーチの車の中で見た夢に似てるんだけど、夢はどれも少しずつ違ってた。
夢の中で、僕は父さんとキャッチボールしてることもあった。
僕は黒のグローブをはめてる。
子供用だから軽い合成皮革のやつ。
父さんは大人用の茶色い革製のグローブをしてた。
ボールはバッティングの時と同じ、赤い縫い目のあるゴムボール。
「いいか翔太、右手を耳の後ろに持っていったら、スナップを効かせてビュッて投げるんだ。キャッチャーみたいにな。これが投げ方の基本なんだ」
父さんが投げる動作をして見せた。
僕は父さんの言った通り、見よう見真似で投げたんだ。
ボールはかなり速いスピードで、父さんのお腹の辺りに行った。
父さんが、グラブをサッと動かしてボールを受け止めた。
「おお、良いぞ、翔太! 四歳にしては
上出来だ!」
って、父さんが喜んでる。
僕も嬉しくて、またその場でピョンピョン飛び跳ねて喜んでる。
夢の中で、耀がバイオリンを弾いてることもあった。
耀はなぜか浴衣を着てた。
前に耀がみんなの前で弾いた曲。
僕はウットリして聴いている。
だけど、耀は演奏が終わると、僕の隣に座ってた聖司君を見て、ニッコリ笑ったんだ。
聖司君も嬉しそうに笑って耀に手を振った。
僕はそれが悔しくて、 体中がカッと熱くなった。冷や汗がダラダラ流れて来た。
ハッとして、一瞬目が覚めた。
母さんの顔がボンヤリと僕の目に映った。
「翔太、大丈夫よ」
って言って、母さんが僕の手を握った。
僕はまた安心して眠ったんだ。
夢はまた、お葬式のシーンになった。
和服を着た母さんが泣いてる。
祭壇の方を見ると、今度は遺影が三つ並んでるんだけど、どれも眩しくてよく見えない。
近づいて棺を覗くと、父さんに良く似た人が寝てるんだ。
僕は首を激しく振って、
「これは、父さんじゃない!」
って、泣き叫ぶんだ。
またハッとして、目が覚めた。
母さんが僕の手を強く握ってる。
僕は掠れ声を上げ、暫く激しく泣いたんだ。
「翔太、大丈夫よ、大丈夫よ!」
って、母さんが僕を抱きしめて言ったんだ。
母さんが僕の背中を優しく摩ってくれた。
落ち着くと、僕はまた母さんの胸の中で眠ったんだ。
夢の中で父さんが保育園に迎えに来た。
父さんの姿を見た途端、僕は嬉しくて、
その場でピョンピョン飛び跳ねて喜んでる。
「翔太君の父さん、カッコ良いね」
って、保育園の先生たちが言ってる。
父さんは僕を抱き上げて頬ずりした。
父さんのヒゲがチクチクして痛いけど、
僕は幸せな気持ちになった。
するとまた、場面が変わった。
耀がサッカーの青いユニフォームを着てる。
耀は僕を見てニッと笑い、
「翔太、スイカ食べて」
って、言ったんだ。
耀が何個も何個もスイカを持って来た。
僕はお腹がパンパンで、もう食べれない。
冷や汗をダラダラ流してる。
僕はまた、ハッとして目を覚ます。
ずっと、こんなことの繰り返しだった。
結局、僕は三十六時間くらい寝てたらしい。
目が覚めると、ボンヤリと母さんの顔が見えた。母さんが僕の手を握って笑ってる。
「翔太、目が覚めたのね?」
って、母さんが言ったんだ。
僕はボンヤリしながら、ゆっくり周りを見回して、
「うん」
って頷いたんだ。
窓の外が暗かったから、夜だと思った。
僕はいつの間にかオムツをしてた。
夜中の十二時くらいだって母さんが教えてくれた。
お医者さんが来て診察してくれた。
基本的には風邪と過労だけど、熱は普通の解熱剤があまり効かなかったから、ストレス性の熱も重なったんじゃないかって言ってた。
診察の後、お粥とヨーグルトを食べて、
オレンジジュースを飲んだ。
凄く美味しかった。
ノドの痛みはほとんどなくなってた。
だけど、僕は起きてから、ずっと悲しい気分が続いてたんだ。
ひどく憂鬱な気分だった。
僕は思い切って、母さんに訊いてみたんだ。
「母さん、父さんは死んじゃったの?」
って。
母さんは、ハッと息を呑んだような顔をして少し考えてた。
そして、
「翔太、あなた思い出したのね?」
って言ったんだ。
「夢の中に父さんが何度も出て来た。僕達は野球をやってるんだけど、いつも、お葬式の場面が出て来るんだ。夢を見ながら、これは現実なんじゃないかって思ってた」
母さんは、静かにフーッって息を吐いて、
また少し考えてた。
それから、こう言ったんだ。
「やっぱり、精神科のお医者さんが言ったとおりね。あなたの心の準備が出来たら、奇跡的に記憶が甦ることもあるって、仰ってたわ。子供の頃の怖い記憶はね、一生思い出さない人がほとんどらしいの。翔太、これから母さんの話をよく聞いて」
って。
そして母さんは、父さんの話をゆっくり始めたんだ。




