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自切⑤
犯行当日。
深夜。
宿。
泉の目は冴えていた。
温泉に浸かり、適度な疲労を得て熟睡する夫を横目に、バッグから密かに購入した包丁を取り出した。
――夫にとって私は、自らの命を投げ出してまで守るべき価値ある存在ではなかった。逃げ出さなければ……。
泉は闇の中、包丁をじッと見つめ、心を肉体から切り離した。
取調室――。
「帰り道、交通量の少ない場所で、気分が悪くなったと言って車を止めてもらいました。林に分け入っていく私を、夫は心配そうに追ってきました」
「そんな明さんの姿をご覧になっても気持ちは揺れなかったのですか?」
「私はもう、夫を愛した心を切り離していましたから……。夫のどのような態度も、言葉も受け入れることはなかったでしょう」
「躊躇なく殺害したと?」
「生きるために……」
泉は力強く答えた。
「後悔はしてませんか?」
大羽刑事に見据えられた泉は、口元に笑みを浮かべてみせた。
「刑事さん、ご存知でしょ。自切したカナヘビの尻尾は再生するンですよ。もっとも、以前と全く同じ姿というわけにはいかないようですが……」
「あなたの心も同様に再生したと?」
「私の心に夫などもう存在していません。私は新しい一歩を踏み出したのです。少々苦難のスタートではありますけどね」
泉はそう言って足を高く組んだ。
『自切』<了>




