自切③
半年前――。
泉は悲鳴をあげながら目を覚ました。
「泉ッ!」
顔を横に向けると、明が豆球の灯りのもと、眉間に皺を寄せて泉をみつめていた。
「ごめんなさい……」
「……ッたくびっくりさせるなよ」
明はカラダの向きを変え、泉に背を向けた。泉は申し訳ない気持ちで一杯になりながら、首元の汗を拭った。
嫌な夢だった。
泉は天井をぼんやりと眺めながら思い返す。
夢の中で泉は夜の公園を歩いていた。
突然、前方の桜の木の陰から男が現れ、泉に襲いかかってきた。
――助けて。
泉は懸命に逃げたが、男の足のほうが勝っていた。腕を掴まれると、足を掛けられ、抵抗する間もなく地面に転がされた。
――嫌ッ。
泉は必死に逃げようとしたが、男は馬乗りになり、泉の両手首を押さえた。泉は激しく首を振って抵抗したが、男の力になす術もなかった。
「死にたくなければ静かにしろ」
男はポケットから小型の刃物を取り出し、泉の首元に刃先を当てて脅かした。刃物のひんやりとした感触が泉の身を更に縮ませた。
――お願い、やめて。
懇願する泉を嘲笑うかのように男は口角を吊り上げて、刃物の背を首から顔に滑らせた。そしてポケットから布テープを取り出し、慣れた手つきで泉の口を塞ぐと、うつ伏せにし、後ろ手に両手首を布テープで固め、再び仰向けにした。
「少しの我慢だ」
男はそう言って、刃物を持つ手を泉のスカートの内側にゆっくりと忍ばせた。
泉は恐怖に身を震わせて全身を硬直させた。
その刹那、下腹部あたりに激しい痛みが走った。身を捩じらせると、カラダが急に軽くなったような気がした。
すると、男が意味不明の言葉を口走りながら泉から後退った。男の手から離れた刃物が泉の顔面に向かって落下する。泉は咄嗟に身を回転させ、かろうじてそれを避けた。
その時、泉は我が身の異変に気づいた。泉には腰から下の感覚がまるでなかった。恐る恐る下半身に目をやると、信じられないことに腰から下の部分がなくなっていた。
そして少し離れた場所で上半身を失った下半身が、それがひとつの個体であるかのように、激しく足をバタつかせていた。
――嫌ァ~~ッ!
泉はもう一度首元の汗を拭った。
時計を見る。
午前五時半。
いつもより三十分程早いが、泉はベッドを出て朝の準備に取り掛かった。
朝食の調理中、悪夢が頭から離れなかった。
豆腐を掌の上で切ると、指先に痛みが走った。
白い豆腐に向かって、赤い血が流れた。
泉は豆腐を三角コーナーに捨て、戸棚から薬箱を取り出しながら、包丁の怖さを改めて知った。




