第45話:『結婚』という名の、古い呪縛
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第45話。母から投げかけられた「安心させてね」という一言。
二人の間では解決していたはずの問題が、再び大きな壁となって立ちはだかります。
母の退院は、初夏の陽気の中で行われた。
検査の結果、大きな病気はなかったものの、医師からは「独り暮らしは無理をさせないように」と念を押された。
「瀬尾さん、本当にありがとうね。志保は昔から仕事ばかりで、こんなに素敵な方がそばにいてくれるなんて思ってもみなかったわ」
病室の入り口で、母が瀬尾さんの手を握りしめて言った。瀬尾さんはいつものように「僕のほうが支えられていますから」と穏やかに微笑んだが、母の次の言葉に、私たちは一瞬、言葉を失った。
「志保、いい人がいるなら早く安心させてね。……形になるものがないと、お母さん、死んでも死にきれないわ」
形になるもの。
それが何を指しているか、その場の全員が理解していた。
東京への帰り道、瀬尾さんの車の助手席で、私は窓の外を流れる景色をぼんやりと眺めていた。
薬指には彼から贈られたシルバーのリングがある。私たちにとって、これで十分だったはずだ。籍を入れるとか、姓を変えるとか、そんな形式にこだわらなくても、愛し合っている自信はあった。
けれど、実家という磁場に触れた途端、その自信は「親不孝」という名の罪悪感に形を変えてしまう。
「……瀬尾さん」
「はい」
「さっきの母の言葉、気にしないで。あの世代の人にとっては、それが唯一のゴールだから」
「……本当に、それだけでいいですか?」
瀬尾さんが赤信号で車を止め、私を見た。その瞳は、いつもの包容力だけでなく、何かを覚悟したような鋭さを帯びていた。
「志保さんは、僕との関係を『形』にするのが怖いんですか? それとも、今の自由を失うのが怖いんですか?」
核心を突く問い。
三十八歳。自分のキャリアを守るために、私は「妻」という役割を避けていたのではないか。
古い呪縛。けれど、それは母の言葉だけではない。私自身の心の奥底にも、逃げ道としての「独身」が居座っていたことに気づかされた。
第45話、いかがでしたでしょうか。
親を安心させたい気持ちと、今の自由な関係を守りたい気持ち。
大人の恋愛における「結婚」の意味を、改めて問い直す回になりました。
二人が出す答えは……。
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