第44話:三十八歳、娘としての顔
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第44話は、志保が突きつけられる「取捨選択」の現実です。
華やかな会食の裏で、志保の心は「何が一番大切か」という問いに激しく揺さぶられます。
病室に瀬尾さんを一人残し、私は漆塗りの重厚な料亭の門をくぐった。
病院で着替えたばかりの、シワひとつない紺のスーツ。それは「一ノ瀬統括部長」としての鎧だ。けれど、その下にある私の心は、まだ母の病室に置き去りにされたままだった。
「……さすが、一ノ瀬さん。こんな急な要請にも完璧に応えてくださるとは」
地元の有力者たちが並ぶ席で、私は模範的な回答を繰り返し、笑顔を絶やさなかった。
その会食の最中、隣り合わせた女性経営者が、酒杯を傾けながら私に問いかけてきた。
「一ノ瀬さん。あなたは有能だけど、いつまでそのペースで走るつもり? 私たちは、何かを得るために、必ず何かを捨ててきたわ。仕事と家庭、あるいは親……。どちらかを一〇〇%守ろうとすれば、もう一方は必ず零れ落ちる」
その言葉は、冷たい刃のように私の胸を裂いた。
今の私は、瀬尾さんの優しさに甘えて、母の看病を彼に押し付けてここにいる。それは「両立」ではなく、単なる「逃避」ではないのか。
「捨てなければならない時が、必ず来る。その時、あなたは後悔しない方を選べるかしら?」
会食が終わり、夜道をタクシーで病院へ戻る。
窓に映る自分の顔は、完璧なキャリアウーマンそのものだった。けれど、その瞳には、自分の人生の舵をどこへ切るべきか迷う、一人の怯えた娘の顔が混ざり合っていた。
病院のロビー。自動ドアが開くと、そこには長椅子で浅い眠りについている瀬尾さんの姿があった。
私のために、自分の店もプライベートも投げ打ってここにいてくれる彼。
私は彼を起こさないよう、その隣に静かに座った。
捨てたくない。仕事も、彼も、親との時間も。
けれど、三十八歳の私に突きつけられた現実は、その全てを抱えて走るには、あまりにも重すぎた。
第44話、いかがでしたでしょうか。
「何かを捨てなければならない時が来る」。大人の女性にとって、これほど残酷でリアルな言葉はありません。
全てを手にしたいと願う志保と、それを支える瀬尾。二人のバランスが、再び試されようとしています。
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