第43話:突然の電話、故郷の匂い
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第43話。母の入院先でも休まらない、バリキャリの宿命。
「ついでに仕事をしてくれ」という会社の要請に、志保の心は揺れます。
母の寝顔を確認し、ようやく病院のベンチで人心地ついていた時だった。
私のスマートフォンが、無機質な電子音を立てて震える。この番号は、直属の役員からだ。
「……はい、一ノ瀬です」
『一ノ瀬君、お母様の件は聞いた。災難だったな。……ところで、君は今、静岡の実家だろう?』
労いの言葉もそこそこに、本題が切り出される。嫌な予感が背筋を走った。
『ちょうどいい。明日、静岡の有力地銀と地元メーカーの合同会食がある。担当の部長が急病でね。統括部長である君が顔を出してくれれば、話が早いんだが』
それはお願いではなく、事実上の命令だった。
母のそばにいたい。けれど、今の私には「代わり」がいない。昇進して手に入れた地位は、私から「個人的な理由で足を止める自由」を奪っていた。
「……承知しました。詳細をメールしてください。調整します」
電話を切り、私は深く、深く溜息をついた。
故郷の、潮の香りが混じった生温かい風。懐かしい匂いの中にいるはずなのに、私の頭の中は一瞬でビジネスの戦略図に塗り替えられていく。
「志保さん? ……仕事ですか」
いつの間にか戻ってきていた瀬尾さんが、私の顔を見て、全てを察したように眉を下げた。
「ごめんなさい。明日、地元で会食が入ってしまったの。……お母さんのこと、任せきりにしてしまうわ」
「いいんですよ。志保さんが、志保さんであるために戦っているのは分かっていますから。……ただ、少しは自分を許してあげてください。あなたは十分、娘としても頑張っています」
瀬尾さんの言葉は、今の私には救いであると同時に、鋭い棘のようにも感じられた。
私は、娘としても、部長としても、そして彼の恋人としても、百点満点を取ろうとして、結局どこにも辿り着けていないのではないか。
故郷の匂いに包まれながら、私はスマートフォンを握りしめ、自分を縛り付ける目に見えない鎖の重さを、改めて噛み締めていた。
第43話、いかがでしたでしょうか。
大人の恋愛は、二人だけの時間だけでは完結しません。
親の介護、仕事の責任。それらが雪崩のように押し寄せる中で、
二人がどう支え合っていくのか。
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