第4話:鉄の女の、わずかな隙間
お読みいただきありがとうございます。
会社での「鉄の女」としての顔と、自分の内面に芽生えた小さな変化。
大人だからこそ認めづらい「寂しさ」に、志保が直面する回です。
カツ、カツ、カツ。
予備の、少し履き慣らしたパンプスがオフィスの床を叩く。
いつも通りの音。いつも通りの、誰にも隙を見せない私。
「宇佐美君。このプラン、ターゲットのペルソナが甘いわ。やり直して」
「……はい。明日までに揃えます」
部下の宇佐美君が、苦々しげに企画書を引く。
三十代前半の彼は有能だが、私を「超えるべき壁」としてしか見ていない。彼だけじゃない。このフロアにいる全員が、私を感情のない仕事機械だと思っている。
それでいい。それが私の選んだ生き方だ。
そう自分に言い聞かせながら、デスクの引き出しにそっと手をかけた。
そこには、朝、紙袋に入れて忍ばせてきたベージュのスリッパが眠っている。
(……昨夜のことは、ただのトラブル。偶然の産物よ)
午後の会議中も、ふとした瞬間に指先に残るハーブティーの熱を思い出してしまう。
資料を見る目が滑り、意識が勝手に代々木上原の路地裏へと飛んでいく。
そんな時だった。
給湯室から漏れ聞こえてきた、後輩女子たちの話し声。
「一ノ瀬さん、今日もピリピリしてたねー」
「あの年で独身、しかもあんなにバリバリだと、プライベートとか想像できないよね。家でもああなのかな。怖いよね」
クスクスという笑い声。
普段なら「勝手に言わせておけばいい」と切り捨てられる言葉だ。
けれど今日に限っては、その言葉が冷たい針のように胸に刺さった。
私は、家でも「ああ」だ。
コンビニの袋を提げて、誰もいない部屋で、一人で明日の戦いに備えるだけの夜。
……違う。
昨夜は、違った。
仕事が終わったのは、二十一時を過ぎた頃だった。
疲労で重い足取りのまま、私は吸い寄せられるようにその場所へ向かった。
マンションの入口。その隣で、琥珀色の光を漏らしている小さな窓。
『Lumière』。
閉店時間は過ぎている。それでも、微かに漏れる光を見た瞬間、喉の奥が熱くなるのを感じた。
返さなきゃいけないスリッパがある。だから行く。
そんな言い訳を胸に、私は木製のドアをそっと押し開けた。
「……あ。一ノ瀬さん」
カウンターの中で、明日のための仕込みをしていた瀬尾さんが顔を上げた。
彼は驚いた様子も見せず、まるでそうなることが決まっていたかのように、穏やかに目を細めた。
「お疲れ様です。……お待ちしていましたよ」
その言葉が、凍てついていた私の心を、一瞬で溶かしていった。
第4話、いかがでしたでしょうか。
他人の何気ない一言が心に刺さる夜、誰かが「待っていてくれる」ことの心強さ。
そんな温かさを感じていただけたら嬉しいです。
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