第30話:牙を剥くビジネスの戦場
お読みいただきありがとうございます。
第30話。物語は再びビジネスの最前線へ。
私生活で全てを失いかけた志保が、崖っぷちで「プロ」として立ち上がります。
瀬尾さんと別れてから三日。
私は、ただ息をしているだけの機械のようにオフィスへ通っていた。
仕事、家、不眠。その繰り返し。心に空いた穴からは、絶えず冷たい風が吹き抜けていた。
そんな静寂を切り裂いたのは、フロア中に響き渡った部長の怒鳴り声だった。
「どういうことだ宇佐美! 先方の法務から、契約書の重大な不備を指摘されているぞ! このままじゃ、うちは数億の損害賠償を請求される!」
見れば、いつも冷静な宇佐美君が、青白を通り越して土気色の顔で立ち尽くしていた。
彼が私の担当を強引に奪い、手柄を焦って進めたプロジェクト。その根幹に、取り返しのつかないミスが潜んでいたのだ。
「……す、すぐに修正させます……。担当者に確認を……」
「今さら遅い! 先方は完全に怒り心頭だ。もうお前とは話さないと言っている!」
部長の視線が、死んだ魚のような目で画面を見つめていた私に突き刺さった。
「一ノ瀬!……頼めるのは、お前しかいない。今すぐクライアントへ飛んでくれ。お前のこれまでの信頼関係だけが、唯一の希望だ」
周囲の部下たちが、期待と不安の入り混じった目で私を見る。
本来なら、ざまあみろと笑えばいい。けれど、私の中に湧き上がったのは、そんな卑俗な感情ではなかった。
(……仕事まで、失うわけにはいかない)
瀬尾さんを失い、自信を失い、それでも私の手元に残っているのは、血を吐く思いで積み上げてきたこの「仕事」という牙だけだ。
私はゆっくりと立ち上がり、乱れた髪を一本のゴムできつく結び直した。
「……部長。タクシーを手配してください。資料の全データを私の端末に飛ばして。道中で全て叩き込みます」
声が、戻ってきた。
宇佐美君の横を通り過ぎる際、私は彼を一瞥だにしなかった。
ボロボロの心に無理やり「鉄の女」の鎧を着せ、私は再び、硝煙の立ち込める戦場へと足を踏み出した。
第30話、いかがでしたでしょうか。
ついに宇佐美くんのボロが出ました。
どん底の状態から仕事で立ち上がる志保の姿に、スカッとしていただければ幸いです!
ここから志保の逆襲が始まります。応援してくださる方は、ぜひ評価やブックマークをお願いいたします!




