第29話:信じることの、難しさと痛み
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第29話。ついに志保が、自分から瀬尾との関係を断ち切ろうとします。
仕事での挫折が、彼女から「愛される自信」さえも奪い去ってしまいました。
「……触らないで」
私は最後の手に力を振り絞り、肩に置かれた宇佐美君の手を撥ねのけた。
彼は驚いたように目を見開いたが、私は構わず、雨の中を走り出した。どこへ行く当てもない。ただ、この歪な支配から逃げ出したかった。
「志保さん!」
背後から、宇佐美君ではない、聞き違えるはずのない声が響いた。
ルミエールのドアを勢いよく開けて飛び出してきた瀬尾さんが、土砂降りの歩道で私を捕まえた。
「離して……! 見ないで、今の私を……!」
「離しません! あんな男と何を話していたんですか。……どうして、そんなに震えて……」
瀬尾さんは、ずぶ濡れの私の身体を、折れそうなほど強く抱きしめた。
その温かさが、今の私にはあまりにも眩しすぎて、喉の奥が裂けるほど痛かった。
仕事も守れず、部下に侮られ、最愛の人に酷い言葉を投げつけ、挙句の果てに逃げ出す三十八歳。
信じてほしいと願う反面、こんな自分を信じられるわけがないという絶望が、私の口を最悪の形で開かせた。
「……もう、終わりにしましょう」
「……え?」
「瀬尾さんの言う通りよ。私は自分を傷つけることしかできない。……あなたを愛する資格なんて、もう私には残っていないの」
雨の音にかき消されそうな、小さな、けれど決定的な拒絶。
私を抱きしめていた瀬尾さんの腕から、力が抜けていくのがわかった。
「……それが、志保さんの出した答えなんですね」
彼の声は、怒っているわけでも、責めているわけでもなかった。
ただ、深い、深い悲しみに沈んでいた。
私は彼の顔を見ることができず、ただ土砂降りの雨の中、自分からその温もりを振り切って歩き出した。
信じることは、こんなにも難しい。
そして、信じてもらえない痛みよりも、自分を信じられない痛みの方が、ずっと私を深く切り刻んでいた。
第29話、いかがでしたでしょうか。
ついに「さよなら」を口にしてしまった志保。
雨の中、背中合わせになる二人の姿に胸が痛みます。
物語はここから、仕事での大逆転、そして二人の再起へと向かいます。
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