第17話:初めての、恋人らしい朝
お読みいただきありがとうございます。
第17話は、二人の初めての朝。
「鉄の女」が「普通の女性」として、大好きな人の前で無防備になる瞬間です。
大人の恋ならではの、少し照れくさい空気感をお楽しみください。
カーテンの隙間から差し込む光が、重い瞼をゆっくりと押し上げた。
見慣れた自分の寝室の天井ではない。
微かに漂うコーヒーの残香と、清潔なリネンの匂い。
隣に、自分以外の誰かの確かな体温を感じて、昨夜の記憶が奔流のように押し寄せてきた。
(……私、本当に泊まっちゃったんだ)
三十八歳にして、この狼狽。
ルミエールの奥にある、瀬尾さんの生活感に溢れた小さな部屋。
「帰したくない」という彼のまっすぐな瞳に抗えず、私は初めて、自分の「完璧なスケジュール」を放り出した。
横を向くと、瀬尾さんがまだ穏やかな寝息を立てていた。
朝の光に照らされた彼は、店で見せる時よりもさらに若く、そして無防備に見えた。
そっと抜け出そうとした時、腰に回されていた腕に、ぐい、と力がこもる。
「……おはようございます、志保さん。どこ行くんですか」
「あ……起きてたの? その、仕事に行く準備を、と思って」
瀬尾さんは薄く目を開け、寝起きの少し掠れた声で笑った。
そのまま私を引き寄せ、胸の中に閉じ込める。
「まだ七時ですよ。……志保さん、寝癖がついてます。可愛い」
「ちょっ、見ないで! 最悪……メイクも落ちてるし」
慌てて顔を隠す私。
仕事の場では、いつだって完璧な一ノ瀬志保でいた。
隙のないメイク。整えられた髪。それが私の鎧だったのに。
けれど瀬尾さんは、私の抵抗を優しくいなすと、額に柔らかなキスを落とした。
「最悪なんて言わないでください。……僕がずっと見たかったのは、誰にも見せない、この無防備なあなたなんですから」
心臓が、朝の静寂の中でうるさく跳ねる。
台所から、タイマーでセットされていたコーヒーメーカーの音がコトコトと聞こえ始める。
独身を貫こうとしていた昨日までは、朝は孤独を確認するための時間だった。
けれど、隣で温かく笑う彼がいるだけで、こんなにも世界が柔らかく見えるなんて。
仕事へ行くためにヒールを履くまでの、あと数十分。
私は初めて、誰かの体温に甘える幸福な朝を噛み締めていた。
第17話、いかがでしたでしょうか。
寝癖を「可愛い」と言ってくれる年下の恋人……。
志保の鎧が、物理的にも精神的にも脱げていく様子に温かい応援をいただけると嬉しいです!
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