第13話:三十八歳、初めて知る「甘え」
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第13話、ついに志保が「鉄の女」の看板を完全に下ろします。
38歳と34歳。理性と本能がぶつかり合う、夜のカウンター越しの一幕です。
雨が上がり、しっとりと濡れた夜風が店内に流れ込む。
重ねた手は離れず、むしろその指先は、互いの肌の感触を確かめるように深く絡み合っていた。
「……志保さん。そんなに潤んだ目で見られたら、僕はもう、店主の顔をしていられなくなります」
瀬尾さんの声が、これまで聞いたことがないほど熱を帯びて、鼓膜を震わせる。
いつもなら「冗談はやめて」と笑って流せただろう。けれど今の私は、彼に握られた手から伝わる鼓動に、身体の芯が痺れるような感覚を覚えていた。
三十八歳。酸いも甘いも噛み分けてきたつもりだった。
男に寄りかかるなんて弱者のすることだと、自分を律して生きてきた。
なのに、どうして。
彼の前だと、私は驚くほど簡単に「ただの女」に引き戻されてしまう。
「……しないで」
「え?」
「店主の顔なんて、しないで。今の私には、瀬尾涼介という一人の男の人しか見えていないから」
心臓が痛い。こんなに熱くて、苦しくて、それでいて心地よい痛みを知ったのは、人生で初めてかもしれない。
私は、自分でも無意識のうちに、カウンター越しに彼の方へと身体を預けていた。
瀬尾さんは一瞬だけ息を呑み、次の瞬間には、私の頬を両手で包み込んでいた。
ひんやりとした指先と、反比例するような熱い視線。
「……志保さん。あなたは本当に、ずるい人だ」
吐息が触れ合うほどの距離。
私はゆっくりと目を閉じた。
三十八年間、頑なに守り続けてきた私の「城」が、彼という優しい侵略者の前に、今、音もなく開城しようとしていた。
甘えたい。この人の腕の中で、仕事も、年齢も、プライドも、全部忘れてしまいたい。
初めて自覚した剥き出しの欲求が、夜の静寂の中で、熱く、激しく疼いていた。
第13話、いかがでしたでしょうか。
ついに一線を越えそうな、ヒリヒリとした空気感……。
大人の恋は、一度加速すると止まらないのが魅力ですね。
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