第12話:雨の夜の雨宿り
お読みいただきありがとうございます。
第12話は、雨の夜の告白。
ヒーローの挫折と、ヒロインの肯定。
二人が「同じ痛みを知る者」として繋がる、大切なエピソードです。
店の軒先を叩く雨音が、次第に激しさを増していく。
まるで、外界から私たち二人だけを切り離そうとしているかのように。
「……六年前まで、僕はあの男性と同じ世界にいました」
瀬尾さんは、手元で手持ち無沙汰にティースプーンを転がしながら、ぽつりぽつりと語り始めた。
大手証券会社の、花形部署。三日三晩眠らずに数字を追いかけ、億単位の金を動かす毎日。
「自分が何のために戦っているのかも分からず、ただ、期待に応えることだけが僕の価値だと思っていました。でも、ある朝、身体が動かなくなったんです。……心が、完全に折れた音がしました」
その光景が、私には手に取るように分かった。
私も、何度もその瀬戸際に立ってきたからだ。昨夜、私のヒールが折れた時のように、心もまた、音を立てて壊れることがある。
「キャリアも、築き上げてきた信頼も、全て捨ててここへ逃げてきました。だから……さっきの先輩が言ったことは、ある意味正しいんです。僕は、負けた人間なんですよ」
自嘲気味に笑う彼の横顔を見て、私はたまらずカウンター越しに身を乗り出していた。
気づけば、彼の熱を求めて、その手をしっかりと握りしめていた。
「逃げたなんて、言わないで」
「志保さん……」
「あなたは、自分で自分の居場所を見つけただけ。……私には、今のあなたが、どんなエリートよりもずっと誇り高く見えるわ。だって、今のあなたの手は、誰かを傷つけるための数字じゃなくて、私を救うための温かさで満ちているもの」
瀬尾さんの瞳が、驚いたように大きく揺れた。
握った手から、彼の微かな震えが伝わってくる。
「……志保さんにそう言ってもらえるなら、僕は、あの日全てを捨てて良かったと、初めて思えます」
雨音は、もう怖くなかった。
私たちは、互いの欠けた部分を埋め合うように、深夜の静寂の中でただじっと、手を重ね続けていた。
第12話、いかがでしたでしょうか。
「逃げた」と自分を責めていた瀬尾を、志保が強い言葉で救い上げました。
38歳と34歳。遠回りした二人だからこそ通じ合える想いがあります。
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