第9話 レーン工業地帯攻略戦②
レーン工業地帯――
王国軍にとってそこは、都市ではなかった。まるで巨大な機械のように入り組んだ構造。煙突が林立し、鉄骨が絡み合い、無数の配管と搬送レールが空を覆う。視界は遮られ、音は反響し、距離感すら狂う。そして今、その内部に王国軍は取り残されていた。
「301中隊、前進しろ! 止まるな!」
「無理です! 正面通路に機関銃を確認! 頭を上げられません!」
「側面から回り込め!」
「側面路地、封鎖されています! 瓦礫と鉄骨で通れません!」
乾いた銃声が、壁に反響して何倍にも膨れ上がる。敵の位置が、音だけでは特定できない。
「…くそっ、どこだ…!」
若い兵士が物陰に身を伏せながら敵の位置を探ろうと動く。その瞬間。
――パァン!
「ぐあっ!」
肩口を撃ち抜かれ、兵士が倒れる。
「狙撃だ! 上だ、上を見ろ!」
「見えません! 煙で――!」
煙突から吐き出される黒煙が、視界をさらに悪化させる。敵はそれを利用していた。
「303中隊、屋上を制圧しろ!」
「梯子が撃たれて登れません!」
弾丸が金属に当たり、甲高い音を響かせる。火花が散る。
「くそっ…正面は無理だ! 爆薬を使え!」
「爆薬残りわずかです! 次で最後です!」
「やれ!」
――ドンッ!!
壁が吹き飛び、粉塵が舞い上がる。
「突入――!」
その瞬間。
「伏せろォ!!」
工場内部から一斉射撃。突入した兵士たちが、次々と倒れる。
「待ち伏せだ! 引け、引けぇ!」
悲鳴混じりの撤退。だが、通路は狭い。逃げ場がない。
「担架! 担架を――!」
「通れません! 通路が詰まっています!」
無線が割り込む。
「こちら304中隊! 中央区画で敵増援と接触!」
「想定と数が違う!どこから湧いてくるんだ!」
その“答え”は、地下にあった。工業地帯には、資材搬送用の地下通路が張り巡らされている。帝国軍はそこを使い、自在に兵力を移動させていた。そんなことを王国軍は事前に想定していなかった。
「…地下かもしれません!」
「なんだと!?」
「上から撃って、下から回り込んでくる!」
「くそったれが…!」
再び爆発。
「後ろだ! 後ろから来たぞ!」
振り返った瞬間、至近距離で銃口が向けられる。
「撃てぇぇ!!」
銃声。叫び。肉が裂ける音。まさに死地と呼べる戦場。王国軍は完全に分断され、なんとか各部隊が統制を保っているのは奇跡に近かった。
――その頃、少し後方。
「コントロールより各隊へ! 出すぎるな! 戦線を維持しろ!」
「維持できません! すでに分断されています!」
「303中隊、応答しろ! ……くそ、通信が切れた!」
通信もまた、混乱していた。建物の構造が電波を遮り、指揮系統が断たれていく。
「…これはまずいな。」
臨時管制室で、各隊からの悲鳴を聞いた師団長が低く言う。
「完全に押されています。」
副官が応じる。
「航空支援さえあれば…。」
沈黙。
「…無理だ。」
管制室の誰もが分かっていた。戦闘機は燃料が無ければ、ただの飾りだ。今回の攻略作戦は、空からの援護前提で組まれている。それが受けられなくなった時点で失敗なのだ。そもそも王国陸軍と帝国陸軍では力の差は歴然だ。いかに王国が空の力で前進してきたかということを、嫌というほど理解させられる。
――再び前線。
「弾薬もうありません! 補給は!」
「補給部隊がやられてるのだ! 来るわけないだろう!」
「医療班は!?」
「負傷者が多すぎて手が回らない!」
倒れた兵士が、かすれた声で言う。
「……水を……」
だが誰も動けない。動けば撃たれる。
「くそっ…。」
「こちらコントロール。各部隊、工業地帯手前まで撤退は可能か?」
「301中隊。無理だ。狙撃にマークされている。動けば撃ち抜かれる。」
「こちら302中隊。敵部隊の動きが読めない。」
「304中隊!敵2個中隊規模と交戦中!離脱できません!」
各隊がそう答えるや否や。
――ドドドドドッ!!
重機関銃の連射。
「伏せろォ!!」
鉄板が撃ち抜かれ、破片が飛び散る。
「コントロール!頼む!増援を!陸でも空でもなんでもいい…!」
「補給線の再構築を試みている。すまないがそれまで持ちこたえろ。」
押せない。引けない。王国軍は、完全に打つ手を失っていた。そして、その情報は王国北部飛行場へ帰還していたレオンのもとに届く。
「…以上が現在の戦況です。」
通信兵が報告を終える。
レオンは、無言で聞いていた。
「突入部隊は各所で足止め。損害増加。撤退もかなわず。」
「補給は途絶。通信も不安定。」
「このままでは…。」
「…崩れるか。」
レオンが静かに言う。ガルドが横で歯を食いしばる。
「隊長…なんとかなりませんか。」
レオンは答えない。地図を見つめる。敵は完璧に準備していた。補給を断ち、空を封じ、地形でを利用する。そのすべてが、噛み合っている。王国にもう勝ち目はない…。だが。
「……まだ終わっていない。」
「え?」
「ここを使えば…あるいは。」
レオンの指が、地図の一点を叩く。工業地帯北側。そこは、帝国が工業地帯から各都市への流通のために作った物資運搬拠点だった。
「ここなら降りられるかもしれない。補給用の燃料もあるだろう。」
「しかし!その拠点は前線のさらに奥です!たとえ降りられたとしても、帝国軍が黙って見ているはずが…。」
ガルドが言う。しかしレオンは確信に満ちた顔で続ける。
「いや、違う。燃料が尽きるまでに帝国軍を叩く。一気に工業地帯を制圧し、降りられる状況を作るんだ。」
レオンは顔を上げた。
「時間がない。地上部隊が完全にやられる前に行かなければ。自分たちだけで工業地帯の制圧はできない。通信兵、司令部に繋いでくれ。」
「隊長、本気ですか…。」
「もちろんだ。俺達ならできる。そうだろ、ガルド。」
「隊長…!」
「空を、取り戻す。燃料の充填を急ぐぞ。」
静かだが力強い声。それは決意だった。
苦しむ前線。
だがその裏で――
反撃の準備が、始まろうとしていた。




