第10話 レーン工業地帯攻略戦③
ルーヴァリア王国北部飛行場。緊張が、空気を張り詰めさせていた。
「燃料補給、急げ!」
「規定量の七割でいい、時間がない!」
「弾薬装填完了!」
整備兵たちが走り回る。
その中央で、レオン・アルヴィスタ中尉は無言で機体を見上げていた。
「レオン中尉、司令部です。」
通信兵が駆け寄る。
「レオン中尉、説明しろ。」
短く、鋭い声。
「はっ。工業地帯北側、帝国軍物資運搬拠点への強行着陸を提案します。」
「…正気か?」
「はっ。王国北部飛行場より離陸し、レーン工業地帯の地上部隊を援護、制圧したのち、帝国軍物資運搬拠点へ着陸、という計画です。成功すれば、そこで燃料を補給できるため、こちらへ帰還する必要が無くなります。その後、継続して帝国上空での航空支援が可能になります。」
「…言っていることは理解した。だが中尉。貴官がどれだけ無茶なことを言っているか、自覚しているか?」
「分かっています。」
沈黙。
「もし失敗すればどうする!」
「必ずやってみせます。」
レオンは力強く答える。
「いやしかしだな…。」
「今やらなければ前線は崩壊します。補給もままならない中、これしか方法はありません。許可を。」
再び沈黙。
「……ええい分かった。許可する。」
その一言で、すべてが決まった。
「だが覚えておけ。」
「はっ。」
「こんな無茶を通すのは最初で最後だ。首がいくつあっても足りん。」
「ありがとうございます。」
「必ず成功させろ!」
「はっ!」
通信が切れる。
「許可が出た。…行くぞガルド。」
「了解!」
ガルドが力強く答える。エンジン始動。轟音が空気を震わせる。
「発進!」
二機の戦闘機が、滑走路を駆け抜ける。空へ、そして、戦場へ。
「こちらレオンよりコントロール。まもなくレーン工業地帯に到達する。」
「了解。無事を祈る。」
「ガルド、燃料残量は。」
レオンはすかさず確認する。
「三割です。」
「そうか、規定量は入っていなかったからな。時間との戦いだ、ガルド。」
「…分かっています。」
「よし、行くぞ!」
「はい!」
レオンの機体が、速度を上げる。
前方に見えるのは――
レーン工業地帯。黒く立ち上る煙。燃え上がる炎。
「こちら301中隊! 持ちこたえられない!」
「弾薬が尽きる!」
「誰か、何とかしてくれ!」
無線が、悲鳴で満ちている。
「間に合え…。」
レオンは呟いた。
「ガルド!突入する!」
「はっ!」
乱戦状態の工業地帯上空から二機が急降下。
「援軍だ!来たぞォォ!!」
地上から歓声と驚愕が混じった声。
「空軍だ!」
その瞬間。
「撃て!!」
帝国軍の機関銃がレオンたちを狙い始める。弾丸が空を切る。
「届かん!」
「ガルド!まずはあれだ!」
「了解!」
レオンはそのまま、一直線に突っ込む。照準の先。それは、工業地帯中央の砲撃拠点。
「撃て!」
――ドドドドドッ!!
機銃掃射。弾丸が全てを貫く。爆発音が鳴り響く。
「砲撃止まったぞ!」
「機関銃も上を向いている!」
「今だ! 前進しろ!」
地上部隊が動き出す。
「よし、目標破壊。次は弾薬庫だ!」
「了解!」
ガルドが続く。
「ガルド、燃料は?」
「残り二割!」
「十分だ、行くぞ!」
二機は再び急降下する。
「撃て!!」
爆発。炎が上がる。
「敵が乱れている!」
「動きが鈍ったぞ!」
「押し返せ……!」
その時。
「隊長! 対空火器、集中してきます!」
「…当然だな。」
空が、敵にとって最大の脅威になったのだ。相手も対抗策は考えているだろう。
「だが――」
レオンは笑った。
「遅い。」
「ガルド!」
「はい!」
「敵主力部隊をやる。付いてこい。」
「了解!」
二機が高速で旋回する。地上部隊では認識できなかった敵部隊の全容が、空からならば簡単に把握できた。
「あの建物だけ人の出入りが多い…。隊長、地下への出入口かもしれません!」
「よし、潰せ!」
ドドドドドド!!!
建物が簡単に崩壊する。
「敵が逃げ場を失っている!」
「今だ!切り込め!」
地上部隊も空からの攻撃に合わせて突撃する。そこにあったのは一方的な戦い。帝国軍に為す術は残されていなかった。しかし――
「隊長!燃料が!もう持ちません!」
「何割だ!」
「一割切りました!」
ここにきて燃料不足。普通に飛ぶだけでも残り厳しい残量。急加速や急旋回を繰り返せばさらに厳しくなるのは当然だった。
「隊長…どうすれば…。」
戸惑うガルド。しかしレオンは冷静だった。
「ガルド、降りるぞ。」
「はっ?」
「運搬拠点だ。数分飛べれば十分だろう。」
「しかしまだ制圧し切っていません!」
「分かっている。だがこの混乱だ、戦場以外の拠点まで目が行き届かないだろう。」
「しかし…!」
「どちらにしろこのままだと俺も堕ちる。行くしかない。覚悟するんだガルド。」
二機はすばやく旋回。北へと進路を取った。
――物資運搬拠点上空。
「…あったな。」
「ありましたね、隊長。」
「思った通り、きっちり整備されている。これなら降りられるぞ。」
レオンが呟く。さらに視線のその先には、燃料タンク、輸送設備。前線の混乱で出払っているのか、人影は見当たらない。
「レオンよりコントロール。燃料が足りない。帝国運搬拠点に緊急着陸する。繰り返す。緊急着陸する。」
告げるや否やガルドに指示を飛ばす。
「よし。降りるぞ。」
「了解!」
「速度落とせ!」
「了解、減速!」
機体が揺れる。両翼がガタガタと音を立てる。地面がどんどん大きくなる。
「よし、そのまま行け!」
――ドンッ!!
着地。とともに激しい衝撃が走る。
「ぐっ……!」
が、機体は止まった。
「…成功だ。」
「やりました……!」
「よし。すぐに燃料を確保しろ!敵に気づかれれば終わりだ!急げ!」
「了解!」
二人はコックピットを降り、燃料タンクへ走る。その間にも、無線は鳴り続ける。
「押せ! 押し返せるぞ!」
「敵わずかに後退中!」
レオンはつぶやく。
「…よし、ここからだ。」
「隊長?」
「とどめを刺すぞ。」
担いできた燃料を注ぐ。
「もう一度飛ぶ。」
ガルドが息を呑む。
「今度は――」
レオンの目が鋭く光る。
「終わらせる。」
戦場は、動き出した。止まっていた戦線が、再び前へと進み始める。この流れを止めるわけにはいかない。再び、空へ。
「燃料、三割まで回復しました!」
「十分だ。行くぞ、ガルド。」
「了解!」
二機の戦闘機が、物資運搬拠点から再び飛び立つ。夕焼けに染まり始めた空を切り裂きながら、再び戦場へと向かう。
「隊長、前線の状況は――」
「敵は後退しつつある。 だが抵抗は継続中とのことだ。しぶとい連中が残っている。」
「…やはり地上部隊だけで押し切るには一撃足りない、か。」
レオンは短く呟く。
「ガルド、最後の目標を叩く。」
「最後の……?」
レオンの視線が一点に定まる。
「敵の指揮所だ。」
一瞬の沈黙。
「……そこを落とせば。」
「ああ。終わる。」
二機が高度を下げる。煙と炎の向こう――
工業地帯の中枢部。
「見えた」
周囲よりも厳重に防御された施設。通信アンテナ、集まる兵員、絶え間ない伝令。あれほど空にやられておきながら、いまだ帝国軍は空からの攻撃に無防備だった。隠す様子が全く無い。
「間違いない。あそこだ。」
「対空砲火、来ます!」
「構うな。どうせ当たらない! 一直線に行く!」
「了解!」
次の瞬間。
――ドドドドドッ!!
激しい機関銃の対空射撃。しかし、射程がまったく届いていない。
「いけるぞ!」
二機が真っ直ぐに突っ込む。
「距離、五百!」
「撃て!」
機銃が火を噴く。
――ガガガガガッ!!
弾丸が施設を貫く。外壁が崩れ、爆発が連鎖する。
「まだだ……!」
レオンはさらに踏み込む。
「これで終わりだ!」
最後の一撃。
――ドォォン!!
指揮所が、炎に包まれた。
数秒遅れて。地上の無線が変わる。
「……敵の動きが止まった」
「指揮系統が乱れている!?」
「今だ! 総攻撃!」
その瞬間。
「コントロールより全軍、制圧せよ!!」
王国軍が、一斉に動いた。
「潰せええええ!!」
「敵が崩れるぞ!」
「行け! 今しかない!」
帝国軍の防衛線が、瓦解していく。統制を失った部隊が、次々と後退。あるいは、投降する。
「中央区画、制圧!」
「工場内、制圧!」
「南側区画も確保!」
「残敵、掃討中!」
無線に流れる声が、確実に変わっていく。そして――
「こちら第一師団。全友軍に告ぐ。」
一瞬の間。
「……レーン工業地帯、制圧完了。繰り返す。レーン工業地帯、制圧完了。」
静かな報告だった。だが、その一言が持つ重みは計り知れなかった。
「コントロールより全部隊。残敵に留意しつつ工業地帯内にて待機せよ。工業地帯内にて待機。今日よりレーンは我が王国のものだ。」
ドッと歓声が上がる。その上空。
「…終わったな。」
レオンが、静かに言う。
「はい…。」
ガルドの声も、どこか力が抜けていた。眼下には、煙を上げる工業地帯。だがそこには、もはや戦いの音はない。レオンはゆっくりと息を吐いた。
「ギリギリだったな…。」
ほんの少しでも遅れていれば。ほんの少しでも判断を誤っていれば。この勝利はなかった。
「隊長。」
「なんだ?」
「……やりましたね。」
短い言葉。
「ああ。」
レオンは、コックピットから空を見上げた。
「俺たちで、勝った。」
夕焼けの空に、二機の影が伸びる。
それは、戦場を変えた者たちの軌跡だった。




