第11話 帝国軍総司令部
ダッツ帝国帝都 帝国軍中央総司令部。
重厚な扉が、静かに閉じられた。室内にいるのは、帝国軍の中枢を担う将校たち。そして――南方軍司令官。誰一人、口を開かない。ただ一つ、明確な事実だけがそこにあった。レーン工業地帯の喪失。
「…報告を。」
低く、感情を排した声。中央総司令官、ダルツ元帥だった。
「はっ。」
南方軍司令官が一歩前に出る。
「われら南方軍は、レーン工業地帯手前で王国軍の補給線を断つことに成功し、戦線の優位を確立しました。」
「うむ、それで?」
「しかし最終的に王国軍は、我が軍の防衛線を突破。レーン工業地帯を占領しました。」
簡潔な報告。
だが、その重さは誰もが理解している。
「原因は?」
短い問い。視線は厳しい。
「航空戦力です。」
迷いのない回答。
「我々の想定を超える運用をされました。」
「具体的に。」
「王国軍は補給を断たれた状況下で、強行的に航空戦力を前線奥深くへ投入。」
一瞬、室内の空気が変わる。
「前線後方の物資拠点を利用し、燃料補給を実施。その後、継続的な航空支援を可能としました。」
「…あり得ん話ではないな。」
ダルツ元帥がたくわえたひげに手をやりながらつぶやく。
「だが、想定外だったというわけだ。」
「はい。」
短い沈黙。南方軍司令官はダルツ元帥の言葉に完全に委縮していた。
「続けろ。」
「…はっ。空からの襲撃により、我が軍の砲撃拠点および補給集積所、そして地下施設が破壊されました。」
「さらに――」
「指揮所を空爆により喪失。」
わずかに、空気が沈む。
「それにより、各部隊の統制が崩壊。戦線を維持できず、後退を余儀なくされました。」
沈黙。誰も、すぐには口を開かなかった。
「…つまり」
ダルツ元帥がゆっくりと口を開く。
「我々は“勝っていた戦い”を落とした、ということか」
「…はっ。」
否定できる者はいない。
「興味深いな。」
その言葉に、数名の将官がわずかに顔を上げる。
「敵は、我々の作戦を理解した上で、その上をいった。」
静かな分析。
「補給を断ち、空を封じ、地形で潰す。完璧な構図だと思っていたわけだ。」
「だが――」
一拍。
「たった“一点”で崩された。」
その一点。
それが何か、全員が理解している。
「王国の航空戦力がこれほどとは。今までが嘘のようではないか。」
「はい。」
「航空指揮官は特定できているのか?」
「レオン中尉という者だと…。」
その名が、初めてこの場に響いた。
「ほう…。」
中央総司令官がわずかに興味を示す。
「中尉か…若いな。」
「はい。ですが諜報員から、今回の一連の判断は、すべてこの人物によるものとの情報が。」
「…面白い。」
その一言に、空気が変わる。
「だが、いつまでも空からやられるわけにはいくまい。今回の敗北だが…」
誰かが息を呑む。
「問題は、“何を学ぶか”だ」
冷たい声だった。
「今回の戦いで分かったことがある。王国軍は航空戦力がすべてだ。あまりにも空に依存しすぎている。それが恐ろしく強力なのは事実だが…。」
将官たちが頷く。
「そして、その運用は柔軟だということも分かった。優秀な指揮官の為せる技だろう。従来の想定では対処できん。で、あるならば…」
一瞬の間。
「想定を変えることだ。」
静かに、だが確信を持って言う。
「現状の武器、作戦だけでは不十分だ。」
「空を自由に使わせるな。」
その言葉の意味を、誰もが理解するまでに数秒かかった。
「…どういう意味でしょうか。」
「飛ばせない状況を作るのではない。」
「飛べば“死ぬ”状況を作るのだ。」
室内が、凍る。
「対空戦力の編成を行う。航空機が接近した時点で撃ち落とせる体制を構築しろ。装備も新たな開発が必要だ。軍工廠に通達を出せ。予算は青天井だと。」
「さらに――」
「その中尉、レオンと言ったか。」
「はい。」
「優先目標とする。」
はっきりと言い切った。
「見つけ次第、確実に排除しろ。空を飛んでいなければ、ただの人間だ。」
「はっ。」
「戦争は、優れた個を潰せば流れが変わる。」
静かな断言。
「今回の敗北は、学びだと思え。貴官の責任は不問とする。だが、これ以上の戦線の後退は避けねばならん。分かるな?」
南方軍司令官たちは、何も言えなかった。責められたわけではない。だが、それ以上に重いものを突きつけられた。
「では解散。」
会議は終わった。
だが――
戦争は何一つ終わっていなかった。むしろ、この敗北によって、次が始まったのだ。そしてその矛先は、空を制した一人の男へと向けられる。レオン・アルヴィスタ。その名は、今や敵の中枢に刻まれた。戦いは、さらに激しさを増していくこととなる。




