第12話 航空指揮官
ルーヴァリア王国軍 北部戦線司令部。
「レオン・アルヴィスタ中尉ただいま参りました。」
静まり返った会議室に、声が響く。
「よく来た。中尉。」
レオンは並ぶ将官たちに向かって一礼する。その中央、上級大将が一枚の書類を手にしていた。
「さてレオン。朗報だ。貴官を呼んだのは他でもない。昇進おめでとう、レオン少佐。」
二階級特進。満場一致で決まった昇進だった。レオンは驚きつつ耳を傾ける。
「…では。」
上級大将が隣の将校に進行を促す。
「はい。ではレオン、貴官は此度のレーン工業地帯攻略戦において、突出した功績をあげた。それを我々は高く評価している。」
「私の首も飛ばずに済んだしな。」
そう言って笑うのは、出撃前に許可を出した司令官だった。
「補給線寸断による劣勢に陥った戦線を立て直し、航空戦力の機動運用により戦局を逆転。レーンの制圧に大きく貢献した。」
一瞬だけ、間が置かれる。
「その功により――」
紙が読み上げられる。
「本日付で、貴官を少佐に昇進させる。」
「はっ。」
短く、力強い返答。
上級大将が一歩近づき、辞令を手渡す。
「…よくやってくれた。」
小さく、だが確かな声だった。
「はっ。」
「しかも喜べ、少佐。我々は貴官が最も適任であると判断した。現存の航空戦力を貴官に預ける。レオン少佐を航空隊指揮官に任命する。」
「はっ!謹んでお受けします。」
レオンは驚きとともに答える。
「それから貴官の率いる航空部隊には部隊ナンバーが割り振られている。801番。王国軍初の800番台だ。割り当てた編成官は、空は無限だからだと言っておった。」
レオンは次々に進む展開に戸惑いながらも、これから担うの責任の重さを感じていた。
「今後はより大きな責任を負うことになる。」
「承知しております。」
「期待している、航空隊長。」
もうただのいち“中尉”ではない。
その言葉に、わずかな現実感が伴う。
「…はっ。」
敬礼。レオンは静かに退席した。廊下に出た瞬間。
「少佐殿、おめでとうございます!」
後ろから声が飛ぶ。
「聞いていたのか、ガルド。」
振り返ると、満面の笑みのガルド。
「いやぁ、ついにですよ! 隊長なら当然です!」
「…運が良かっただけだ。」
「またまた。」
軽口を叩きながらも、その目はどこか誇らしげだった。
「これで俺も“少佐直属の部下”ってわけですね」
「元からだろうが。」
「違いますよ。なんかこう…格が上がった感じです。」
「…そうか。」
レオンは小さく息を吐く。
「あまり実感はないな。」
「すぐ慣れますって。」
ガルドは笑う。
「さ、飛行場に戻りましょう。新しい隊員も、北部飛行場に配属になったと聞いていますし。エルナもきっと騒いでますよ。」
「…あいつか。」
少しだけ、表情が緩む。
――北部飛行場
「おい、あれレオンだろ。」
「二階級特進したって聞いたぞ。」
「マジかよ…。」
ざわめきが広がる。
「…レオン少佐!」
少し息を切らした声。振り向くと、工具箱を抱えた少女がこちらへ駆けてきていた。
「ご無事でよかった…!」
エルナ・クレイアだった。
「…エルナか。」
「はい……!」
「心配かけたな。」
駆け寄ってきたものの、そこで一度足を止める。
そして、少しだけ息を整えてから――
「ご昇進、おめでとうございます。レオン少佐。」
きちんとした口調で頭を下げた。
「…聞いていたのか。」
「はい。整備班でもすぐに噂になりました。」
顔を上げる。
その表情は笑っているが――
どこか、安堵が混じっていた。
「あの…」
一瞬、言葉に迷う。
「本当に、ご無事でよかったです。」
小さく、だがはっきりとした声。
「今回の戦い…かなり無理をされたと聞きましたので。」
「…いや、そんなことは。」
「いいえ!機体の状態を見れば分かります!」
ごまかそうとしたが、さすが整備兵。エルナは視線を機体へ向ける。
「かなり限界まで使っていますね…。」
ゆっくりと近づき、翼に手を触れる。
「でも…ちゃんと戻ってきてくださった。」
その言葉には、整備兵としてではない感情が滲んでいる…ような気がした。
「それが、一番です。」
「…そうだな。」
レオンは短く答える。
「はい!」
エルナは小さく頷くと、いつもの調子に戻る。
「ですが、このままでは次の出撃は難しいです。」
「修理できるか?」
「もちろんです。」
少しだけ胸を張る。
「レオン少佐の機体ですから。任せて下さい。」
「…頼もしいな。」
「ありがとうございます。」
軽く頭を下げると、工具箱を持ち直す。
「必ず、次も戦える状態に仕上げます。」
そして少しだけ、柔らかく続ける。
「ですので――」
「今度は、無茶は控えてください。」
ほんのわずかに、困ったように笑う。
「…できる範囲でな。」
「“できる範囲で”では困ります。」
即座に返す。
「整備する側の身にもなってください。」
だがその口調は、どこか安心した響きだった。
「…善処するよ。」
「はい。お願いします。」
エルナは一礼し、そのまま機体の下へ潜り込む。その背中を見ながら、ガルドが小声で言う。
「…いい整備兵ですね。隊長になついているみたいですし。」
「からかうなガルド。」
「からかってないですって。」
「だが…確かにそうかもな。」
レオンは短く答えた。
だがその視線は、わずかに柔らかくなっていた。




