第13話 空を支える者
王国軍北部飛行場の朝は早い。いや、ここでは“終わりがない”と言った方が正しい。
「レンチ、もう一本お願いします!」
「はい!」
金属音が鳴り響く中、エルナ・クレイアは機体の下に潜り込んでいた。
「燃料、まだ漏れてますか?」
「微量ですが確認できます!」
「…やっぱり。」
小さく呟く。
「昨日の負荷が大きすぎましたね…。」
手を止めず、淡々と作業を続ける。整備しているのはA-3型戦闘機。レオンの機体だ。それは今、飛行場で最も優先度の高い修理対象だった。
「エルナ、そっちはまだか?」
別の整備兵が声をかける。
「もう少しで一次整備は終わります。」
「無理するなよ。他にも回さなきゃならん。」
「いえ、この機体は私が最後まで見ます。」
「…そうか。」
整備兵は何か察した様子でそれ以上は何も言わなかった。誰もが知っている。あの戦いで何が起きたのか。そして、この機体がどのように酷使されたのか。エルナは手を止めない。
「こんな飛ばし方…。」
いつも触っていれば分かる。限界を超えた機動。無理を押し通すような飛行。
「堕ちていても不思議じゃない…。」
工具を握る手に、わずかに力が入る。
「…だからこそ。」
小さく呟く。
「ちゃんと直さないと。次も戦えるように。」
――
昼。作業は一段落していた。
「ふぅ…。」
エルナはようやく機体の下から出てくる。額にはうっすらと汗。
「エルナ、お疲れ。」
同僚の整備兵が水筒を差し出す。
「ありがとうございます。」
一口、飲む。
「…まだ終わりませんね。」
「当たり前だろ。あれだけ飛んだんだ。」
「はい。」
小さく頷く。
「…でも、少しだけ安心しました。」
「ん?」
「ちゃんと、今回も帰ってきてくれたって。」
ぽつりと零す。整備兵が少し黙る。
「…エルナ、お前。」
「はい?」
「前に言ってたな。戻ってこない人の話。」
少しだけ、空気が変わる。
「…はい。」
エルナは、視線を落とした。
「兄が、軍にいました。」
静かな声。
「同じように…戦いに出て…。」
「……」
「でも、戻ってきませんでした。」
それ以上の説明は、必要なかった。
「だから私は、整備兵になりました。」
ゆっくりと顔を上げる。
「一人でもたくさんの人が帰ってこられるように。私にできることがしたいと思ったんです。」
真っ直ぐな目だった。
「…そうか。」
同僚はそれだけ言った。
「すみません、変な話を。」
「いや。」
短く首を振る。
「いい話だ。」
「…ありがとうございます。」
そのとき。
「エルナ。」
聞き慣れた声。振り向くと――
「…レオン少佐!」
そこに、レオンが立っていた。
「機体の様子はどうだ?」
「はい。一次整備は完了しています。」
すぐに仕事の顔に戻る。
「細部の調整は残っていますが、明日までには飛行可能な状態に仕上げてみせます。」
「そうか。頼もしいな。」
短く頷く。
「ありがとうございます。」
にこやかなやり取り。
だが――
「レオン少佐…昨日も言った通り、無茶は控えていただけますか。」
少しだけ、声が硬くなる。
「この機体も…」
一瞬だけ言葉を止める。
「整備する側も、限界がありますので。」
「ああ…分かった。」
レオンは静かに答える。
「善処する。」
「“善処”では困ります。」
少しだけ強い口調。
「次に戻ってこられなかったら、整備も何もありませんから。」
その言葉に、ほんの一瞬だけ間が空く。
「…そうだな。」
レオンは小さく頷いた。それは、戦場では見せない表情だった。
「すまないが約束はできない。」
「…はい。」
「だが――」
一拍。
「次も戻る。エルナ、また直してくれ。」
静かな言葉。エルナは少しだけ目を見開く。
「…はい。」
そして、小さく微笑んだ。
「それで、十分です。」
風が吹く。遠くで、別の機体のエンジン音が響く。戦争は終わる気配を見せない。今日も戦う兵士たちがいる。そして、その下で。彼らを支えている者たちがいる。エルナは再び機体へと向き直る。
「次も、必ず帰ってきてください…。」
静かにささやき、再び工具を手に取る。次もレオンが無事帰ってこられるように。




