第8話 レーン工業地帯攻略戦①
ルーヴァリア王国軍は、止まらなかった。
「301より報告! 前方の敵陣地、抵抗弱し! このまま突破する!」
「303、側面を確保! 挟撃する!」
「307、補給拠点を制圧! 弾薬・食料ともに確保!」
無線に飛び交うのは、勝利の報告ばかりだった。かつて王国側へ押し込まれていた北部戦線は、今や帝国側に一気に押し上げられている。
「…順調すぎるな。」
空の上。
ガルドを率いるレオン・アルヴィスタ中尉が、ぽつりと呟いた。
「いいことじゃないですか、隊長。」
後方からガルドの声。
「敵は総崩れ。レーン工業地帯まであと少しですよ。」
「そうだな…。」
レオンは短く返す。
だが、その視線は地上ではなく、さらに先を見ていた。レーン工業地帯。
帝国にとって重要な生産拠点であり、防衛の要でもある。そこに王国軍が目前に迫っているにも関わらず、帝国側の抵抗はあまりにも脆かった。地上を前進している部隊には分からないだろうが、空から見るレオンには違和感があった。
「…敵が引きすぎている。」
「え?」
「防衛線が薄い。撤退にしても整いすぎていると思わないか。」
その言葉に、ガルドが少し黙る。
「…罠、ですか?」
「可能性はある。」
そのとき、無線が割り込んだ。
「こちら301よりコントロール! 工業地帯外縁に到達! 敵の抵抗は軽微!突入許可を!」
「了解。他部隊とともに突入せよ!」
「やっぱり押せますよ。」
ガルドが言う。
「……」
レオンは答えない。違和感が、消えなかった。時間を置かず、地上部隊は工業地帯へと侵入していく。
「突入成功! 市街区に侵入!」
「敵、散発的に抵抗するも統制なし!」
「よし、このまま制圧せよ。」
勝利は目前――
王国軍の誰もがそう信じていた。空から見下ろすレオンとガルドを除いては。
――そのとき。
ドーーーーーーーーン!
後方から地響きのような爆発音。
「なんだ。後ろからだぞ。」
すぐさま管制から焦った声が飛ぶ。
「こちらコントロール! レオン中尉、聞こえるか。 後方補給部隊がやられた。」
「何が起きている!?」
「燃料輸送車がやられた。補給線が伸びたところを叩かれた。」
レオンの目が細まる。
「やはり罠だったか…。」
「レオン、前線臨時滑走路もやられた。 繰り返す、滑走路が破損! 離着陸不能!敵の工作だ。復旧は見込めない。」
「なっ…!?」
ガルドが声を上げる。
「補給がやられた上に滑走路もだと!? ふざけるな! くそっ、やつら最初からこれが狙いか!」
レオンは即座に指示を飛ばす。
「ガルド、燃料残量を報告しろ。」
「残り半分を切っています。予定していた補給も無いとなると長くはもちません。」
「分かった。北部飛行場まで戻るとなるとギリギリだな。」
「……」
「隊長、どうしますか…。」
ガルドの声がわずかに硬い。
レオンが低く言う。
「燃料もない。一度降りる予定だった臨時飛行場も使えない。」
「つまり―」
「工業地帯への援護は無理だな。」
さらに悪いことは続くものだ。いや、帝国がそうすべく動いたというべきか。
「こちら301! 敵の抵抗が急に強まった! 複数の新手が接近中!」
「第三師団。建物内からの砲撃を受け、損害増加!」
「くそっ、さっきまでとは別物だ!」
帝国軍が、ここぞとばかりに動いた。工業地帯の内部。入り組んだ建造物、遮蔽物、地下施設。そこに潜んでいた兵力が、一斉に牙を剥く。
「進めない! 遮蔽物が多すぎる!」
「狙撃も受けている! 負傷者多数!」
「コントロール!航空支援はまだか!?」
その叫びに、管制も、レオンも、応えられない。
空にはいる。だが――
「…下がるぞ。」
レオンが言った。
「え?」
「これ以上は燃料が持たない。いま引き返さなければ、墜ちる。」
「ですが地上部隊は―!」
「わかっている!」
一瞬だけ、声が強くなる。
すぐに押し殺す。
「…だが、ここで我らが堕ちればすべてが終わる。」
沈黙。
「頼む…! 空から何とかしてくれ!」
無線の向こうの声が、切実に響く。
レオンは、操縦桿を強く握りしめた。
(今、行けばレーンは制圧できるかもしれない…)
(だが――)
数秒。
それが、永遠のように長く感じられる。
「コントロール、こちらレオン。燃料がもたない。帰還許可を。」
静かな声だった。
だが、重い声でもあった。
「隊長…。」
「こちらコントロール。致し方ない。許可する。北部飛行場までなんとしても無事に戻れ。」
「了解。」
「隊長…しかし…。」
「気持ちは分かるが命令だ、ガルド。ただちに帰還する。付いてこい。」
「…了解。」
二機が、ゆっくりと南に進路を変える。その下では、一斉攻撃を受ける王国軍が今にも崩壊しそうな状況に陥っていた。
「くそっ…押し返される!」
「持ちこたえろ! 空の増援が来るはずだ!」
戦線は、止まった。数週間にわたる王国軍の進撃は、いま初めて足を止めた。空を制していたはずの軍。その空を、使えなくなったことで。
レオンは振り返らなかった。振り返れば、戻ってしまうと分かっていたからだ。
「敵の作戦に完全に嵌められた。気づいていたのに…。」
なにもない空に、エンジン音だけが響いていた。




