第7話 戦略会議
――ルーヴァリア王国軍 北部戦線司令部
「説明してもらおうか。」
低く抑えた声が、会議室に響いた。長机を囲む将官たちの視線が、一人に集中する。
ルネスタ軍曹。空軍基地および飛行場の警備責任者だ。まだ若いその姿は、この場では明らかに異質だった。
「昨夜、北部飛行場にて敵工作部隊の襲撃を受けました。」
ルネスタは、怒りを隠そうともしない上級将官たちの前で、事実を答えることしかできなかった。
「侵入を許し、格納庫の一部を破壊されました。」
「被害は?」
別の将官が食い気味に問う。
「戦闘機数機を損傷。ただし、修理可能な範囲です。現場の整備兵は1週間あれば直せると。」
「機密情報は?」
「持ち出されていません。」
短い沈黙。
「…それだけか?」
先ほどの声が、わずかに強まる。
「はい。」
「“はい”ではない。」
机を指で叩く音。
「敵は我が領内の基地に侵入したのだぞ?」
「警備の問題ではないのか?」
「いや、手引きした者がいるやもしれん。」
「内通者か?」
「馬鹿な、そんな――」
ざわめきが広がる。
「静まれ。」
一際低く、よく通る声が空気を断ち切った。上級大将。この司令部において一番上座に座る人物だ。
「レオン・アルヴィスタ中尉。」
「はっ」
居並ぶ将官達に階級では遠く及ばないものの、レオンは数少ない空軍隊員であることに加えて、昨夜の襲撃の目撃者であることから、この会議に出頭命令が出されていた。
「お前はどう見る?」
全ての視線が、レオンに集まる。
「…偶然ではないと考えます。」
レオンは迷わず言った。
「敵は正確に戦闘機を狙っていました。飛行ルートや軌道から場所を割り出し、襲撃したのでしょう。警備も手薄でした。あれでは奇襲でなくとも守りきれなかったやもしれません。」
「つまり警備の不手際だと?」
「断定はできません。しかし――」
一瞬、言葉を選ぶ。
「警戒体制の再構築は急務です。」
「その通りだ。」
誰かが小さく呟く。
「我々は攻め込むのに夢中になり、足元の守りを甘く見すぎていたのかもしれん。」
別の声が続く。
「では早急に中隊規模の警備兵を配置しろ。あれを取られては前線の勝利も水の泡だ。」
「はっ。」
上級大将が指示を飛ばす。
「しかし進軍は順調だ。」
別の将官が口を開く。
「帝国との戦線は予定以上の速度で前進している。」
「本日未明、第三師団がさらに二十キロ前進。補給拠点を抑えながら前進しています。」
副官が報告を読み上げる。
「かなり押し込んだな。帝国のレーン工業地帯はもう目と鼻の先だ。」
「あれを取れれば戦況はさらにこちらに傾く。」
「だが――」
わずかに間が空く。
「この“侵入”は、その勝利をも消してしまうほど大きな事態だ。帝国は空では戦えない。だから正面からやり合うのを避けたのだ。卑怯だが実に合理的だ。」
「レオン中尉。」
「はっ。」
「空軍として、どう対応する?」
「警戒飛行を導入してはいかがですか。」
即答だった。
「加えて、夜間の巡回と地上部隊との連携を密に。」
「できるのか?」
「はい。」
はっきりと言い切る。
「次は侵入される前に必ず叩きます。」
一瞬、空気が止まる。
「よく言った、中尉。」
「いいだろう。その任、任せる。」
「はっ。」
「それと――」
上級大将はレオンを直視し続ける。
「近々、レーン工業地帯を攻めることになる。レオン中尉、貴官には空から作戦に参加してもらうことになるだろう。よって、これ以上航空戦力に損害を出すわけにはいかん。これまで同様、期待している。」
「はっ。」
レオンは責任の重さからか無意識に拳を握っていた。
――ダッツ帝国軍 南方軍司令部
「…失敗か。」
各部隊の司令官が居並ぶ暗い部屋で、上座に座るヴァルツァー上級大将が呟く。
「申し訳ありません。」
黒装束の男が答える。
「飛行場への侵入および破壊には成功しました。しかし…。」
「戦闘機の鹵獲には至らず。」
短い沈黙。
「理由は?」
「操縦系統の差異です。我々の持つ機器類とは全く違う構造をしていました。訓練なしでは運用不可能です。」
「当然か。」
あっさりとした返答。感情はない。
「それでもある程度の目的は達している。」
「航空戦力の一部を破壊した。」
「加えて、王国軍のやつらに守りを意識させた。王国とてせっかくの戦闘機をみすみす破壊されるわけにはいかないだろう。守りに相当の兵力を割くはずだ。前線に全兵力を投入することはできないだろう。」
その言葉に、空気がわずかに変わる。
「王国軍は今、勝っている。だからこそ油断があり、我々はそこにつけ込んだわけだ。」
「戦争は正面だけではない。」
ヴァルツァーは静かに言う。
「正攻法で勝てないならば他に策を練るしかないのだ。我々は、勝てる場所で戦う。」
「次はどうしますか。」
わずかな間。
「同じことはしない。相手は警戒を強めているだろう。」
「では?」
「レーン工業地帯の手前までやつらをおびきだす。」
その一言に、全員が沈黙した。
「それはどういう…?」
「戦闘機は奪えない。ならば、飛べないようにしてしまえばいい。」
「つまり…?」
地図の一点が指で押さえられる。王国軍の進軍ルート。
「進ませろ。」
低く、確信に満ちた声。
「進めば進むほど、補給線は伸びる。」
「はい。それはそうですが。」
「王国領内には飛行場も燃料もある。だが我ら帝国にはどうだ?そんなものありはしない。なにしろ戦闘機が無いのだからな。」
そこでようやくまわりの将官も気がつく。
「いくら戦闘機が脅威と言えども、王国から国境を超え、燃料の補給も無しにレーン工業地帯まで飛ぶのは困難だろう。必ずどこかで補給のために陸へ降りるはずだ。そこを叩く。」
「次の作戦の詳細を詰める。各部隊長は残れ。」
「はっ。」
帝国はたしかに劣勢だった。だが、圧倒的に劣勢であるからこそ、戦局を覆しうる所に総力を結集できる。かつての王国がそうであったように。そしてその戦い方は、王国軍を確実に苦しめることになるだろう。




