第4話 空の脅威
ルーヴァリア王国北部戦線。数日前までダッツ帝国軍が保持していた前線陣地には、今や王国軍の旗が掲げられていた。それも一つや二つではない。風にはためくそれを、レオン・アルヴィスタ少尉は上空から見下ろしていた。
「…本当に押し返しているのか。」
思わず呟く。つい数週間前まで、王国軍は後退を続けていた。押され、削られ、いずれは飲み込まれるはずだった。だが今は違う。戦線は確実に北へ北へと動いている。その理由を、レオンは知っていた。
「コントロール、こちらレオン。前線の移動を確認。敵部隊は後退中。」
「了解。予定通りだ。」
短い返答。だがその裏には、確信があった。空。それを手にしたことで、戦争は変わったのだ。レオンは機体を傾け、後退する帝国軍の補給部隊を探る。それらしき所をいくつか飛行するとすぐに見つかった。街道を北へ向かう長い列。荷車、兵士、馬。上空から見れば、それは無防備な一本の線に過ぎない。
「…見つけた。」
機首を下げ、風が唸りをあげ、機体が震える。だが、もう迷いはない。降下して照準を合わせ、引き金を引く。
ダダダダダダダダ——!
弾丸が隊列を引き裂く。荷車が崩れ、馬が倒れ、人が散る。補給部隊は一瞬で混乱に陥った。悲鳴が上がるが、レオンには届かない。
「コントロール、敵補給部隊へ攻撃開始。敵補給線を断ち切る。」
「了解、そのまま叩け。」
指示を受けるや否やすぐさま旋回し、再突入。同じことの繰り返しだ。だが、それだけで十分だった。補給が止まれば、前線は崩れる。それが戦争の現実だった。弾薬のない銃で誰も戦争などしたくはない。腹が減っては戦ができぬとは真理なのだ。
一方、その頃——
ダッツ帝国軍、前線後方。森の奥深くに設営された臨時司令所では、緊張が張り詰めていた。
「……本当に来るのか。」
低く呟いたのは、特殊任務部隊の指揮官、クラウス少佐だった。
「来るでしょう。」
隣の士官が答える。
「連中は毎日、同じ時間に同じルートで攻撃を行っています。」
「…つまり、習慣だ。」
クラウスは地図を見下ろす。赤い線で示された飛行経路。
「空を飛ぶとはいえ、人間だ。癖が出る。」
「ですが——」
士官は言葉を選ぶ。
「本当に捕らえられるのでしょうか。あの“飛ぶ兵器”を。」
短い沈黙のあと、クラウスはゆっくりと答えた。
「捕らえなければ、この戦争は終わる。」
それがすべてだった。
「配置につけ。」
命令が下り、森の中に潜んでいた部隊が一斉に動き出す。対空用に即席で改造された大砲。そして観測手に狙撃兵。すべては一つの目標のためである。
——空から来る“それ”を落とし、手に入れる。
そして。その時は来た。低く唸る音がする。空を裂く振動が来る。
「来たぞ……!」
誰かが呟く。全員が空を見上げる。青空の中に、黒い影。一直線に飛び、やがて降下に入る。
「今だ!」
大砲が火を噴く。大きな音が鳴り響く。空へ向かう弾。
だが——
遅い。高度が違う。速度が違う。影は、そのすべてを置き去りにするように通過した。全く当たる気配がない。そして。機銃が火を噴く。
ダダダダダダダ——!
地面が裂ける。兵士が倒れる。配置は崩壊した。
「くそっ……!」
クラウスは歯を食いしばる。読んでいたはずだった。準備もした。だがそれでもあの空には届かない。
「…待て。」
その時、彼は気づいた。飛行機が上昇しようとしている。攻撃を終え、離脱する際の動きだ。そして、その進路が低くなる。一瞬のその隙を彼は見逃さなかった。
「今だ…撃て!」
狙撃兵が引き金を引く。乾いた音。弾丸が空へ伸びる。次の瞬間。機体が、わずかに揺れた…気がした。カンッという音がしてレオンは眉をひそめた。
「…今のは?」
機体に異常はない。だが、何かがかすった感触があった。初めてだった。“撃たれた”のは。
「コントロール、こちらレオン。敵の反撃を確認。」
短い沈黙。
「…損傷は?」
「不明。飛行に支障なし。かすっただけかと。」
「了解。戦線を離脱、帰還せよ。」
「了解。ただちに帰還する。」
答えるとすぐに機体を引き上げる。だが、レオンの意識は先ほどの一瞬に向いていた。届かないはずの攻撃。
だが——
かすった。
「…対策し始めたか。」
地上を見下ろすとそこには、まだ混乱が広がっていた。 だが、その中にわずかな変化があった。抵抗された。反撃されたのだ。それは、ほんの小さなものだった。だが確実に戦争は、次の段階へ進もうとしていた。そしてその日。ルーヴァリア王国軍はさらに大きく前線を押し上げ、北上した。ここ数週間で数十キロは前進したのではないか。地図の上で、少しずつ広がるルーヴァリアの支配地域。だがその前進は、これまでとは意味が違っていた。陸対陸の力勝負ではない。空を制した者が、地を制する。その現実が、少しずつ大陸を書き換えていくことになる。




